43:キノコ狩りへ
今月は忙しく、更新がかなり遅れてしまったこと、お詫びいたします。
(あきらめませんよー)
時間は戻り、その日の早朝――
マハエは宗萱に起こされ、寝癖でぼさぼさの頭をかきかき、部屋から出る。
眠っているハルトキとエンドーをちらりと見てからドアを閉め、宗萱に顔を向ける。
「…………何?」
「おはようございます、真栄さん。よく眠れましたか?」
「…………ああ、よく眠れたよ。……できればあと五時間はほしいけど」
ぼそぼそと口を動かし、あくびをする。
「もう日の出の時刻ですよ。さっそくですが、任務です」
口を大きく開いたまま、マハエはフリーズする。
「…………にんむ?」
――早朝からの任務とは、通常以上に乗り気のしない話だ。――と言っても、マハエに拒否権はないのだが。
文句を言いながらも、従うほかはない。
顔を洗って宿の外へ出ると、SAAPがバックパック(異様なほどパンパンに膨れている)を持って立っていた。そしてそれを差し出し、一言。
「お気をつけて」
「おきをつけて?」
何やら嫌な気配を感じつつも、それを受け取り、いざ出発。
――の前にマハエは中身を確認してみる。
開くと、実にさまざまな物がムダな隙間なく詰め込まれていた。
――ロープ、鉤爪ロープ、火付け道具、ランタン、油、非常食、救急箱、虫除けスプレー、……など。
「…………」
マハエは静かにバッグを閉じ、恐る恐る質問する。
「アナコンダ退治ですか……?」
「それくらい楽な任務だといいのですけどね」
さらりと言う。
じつに清々しく命を危険を感じるマハエの、
「急に腹痛が……」
を、無視して、宗萱はさくさくと出発していく。
いまさらだが、「こいつ何者だ?」という疑問を持ち出すマハエであった。
「……ていうか、オレが荷物持ちですか」
重たいバッグを背負って、半ば引きずられるようにマハエも出発した。
――港町を西へ出て、海沿いに進んでいく。
「どこへ向かっているのでしょうか?」
とても危険な仕事だということ以外、何も把握できていないマハエ。もっとも、バッグの中身からして、街へ繰り出そう!的な企画だとは思えない。
質問を変える。
「どこの“ジャングル”へ向かっているのでしょうか?」
宗萱は微笑む。
「ジャングルだなんて、まさか。それほど危険な場所だと思ったのですか?」
「ああ、すごく危険な場所だと思いましたよ」
なぁんだ。とマハエも微笑む。
宗萱の何でもない言葉を過大視しすぎていたようだ、と胸をなでおろす。
「ジャングルではないですよ。我々が向かっているのは、“ものすごく危険な”ただの森です」
「…………」
二人は微笑んでいた。
――もう何も訊かないことにしよう。と、マハエは心に誓った。
「ただの森だもんな」
「ただの森ですよ」
ものすごく危険なマツタケを探しに行くと思えば少しは気が楽にはなる。
問題はそのマツタケが人食いキノコか猛毒キノコか、という点。つまりこの任務というのが、モンスターに関連することか、窪井の得体の知れないウィルスや化学薬品に関連するものなのか。
冗談はさておき、と宗萱は真面目に説明を始める。
「軍からシラタチ本部に要請があったのです。最近、この先の『ゾンマ』という町で、行方不明者が続出していて、その捜索を任せたいと。どうやら付近にある森へ入ったきり戻ってこないそうで、その捜索に当たった住民も、次々と」
「それで、モンスター絡みの可能性があるから、『シラタチ』にその任務が回ってきたと」
「あくまで可能性ですが、やはりそう考えたほうが納得はいくでしょう」
「……そうだな」
血生臭い任務になることは覚悟しなければならないらしい。
行方不明者が何人居ようと、マハエは自分や仲間の命の心配だけで精一杯だった。
「頼りにしていますよ、真栄さん」
宗萱が笑いかける。心からの笑みだ。
「おう、任せとけ!」
……としか言いようがなかった。
それから五分ほど歩き、マハエは目の前に現れた建造物を見上げて「うはぁ〜」と思わず息を吐く。
崖のような高い高い石垣の上に、高い高い塔のような建物。石垣を登る長い階段の先には朱塗りの大きな門があり、その片方は開け放たれている。
「何ですか、ここは?」
「ここは『グロス・トーア寺院』と言って、このフーレンツでもっとも大きなお寺です」
「寺って、何を信仰してんの、この世界の人々は?」
「もちろん、創造神『ペオーラ』ですよ」
「ああー」
「もともと、守民軍自体が宗教の本山のようなものですので、この寺院も軍の管理下にあります。ですが、一般開放されているので、誰でも自由に出入することができるのです」
そう言うと、宗萱は階段を登り始める。
「え、寺行くの? 無事に帰還できるようにお祈りでも? あ、オレ拝んでおこう。ペオーラさんには世話になってる、と思うし」
後に続くマハエ。
「わたしも始めて訪れますが、ここはとても眺めが良いそうです」
「だろうね。お年寄りにはきつい道のりだ。この階段を、野球部や陸上部がうさぎ跳びで往復するんだろう」
「真栄さんもウォーミングアップにどうですか?」
「いや。絶対に転げ落ちる」
――急な階段をやっとこさ、と登り、門をくぐると、想像以上に広い敷地が目に入る。
下から見ていた高い建物と、その横にも巨大な建物が。高いほうはどうやら入場禁止らしく、扉は厳重に鎖で封鎖されている。巨大な建物は人々が出入しており、そちらが主要らしい。
「大聖堂です。瓦屋根で一見和風ですが、内部は教会と似ているようです」
「へぇ。なんか、ややこしい」
「この寺院が建てられたのは、およそ二百年前。『永遠の生命』による助言のもとに軍が建築した、と記述にあります」
「永遠の生命? それも宗教の一部か」
「さて、行きますよ」
大聖堂の横を素通りして、反対側にもう一つある出入口へと足を進める宗萱。
「え、何しに来たん?」
マハエはわけがわからぬまま、マイペースな宗萱の後を追う。
「わたしたちは任務で来たのですよ。寄り道をしている場合ではありません」
「……それじゃ、何のためにここまで登って? 下に迂回する道があったじゃないですか」
「言ったでしょう、ここは眺めが良いと。――あれを見てください」
あごで示し、マハエの視線を導く。
この寺院からあと十分ほど歩く距離の場所に、小さな町が見える。宗萱が示すのはその町に隣接した広い森。そこが行方不明者の続出する現場らしい。
「……これは想像以上に困難な任務になるかもしれませんね……」
宗萱がつぶやいた。
マハエには理解できなかったが、宗萱が何を見てそう言ったのかはわかった。
森の奥のほう―― 季節は夏で木々には緑の葉が茂っているが、まるで“その部分”だけ、時間が混乱しているかのように、枯れ果てた木々の群れが円形に広がっていた。
「UFOの着陸跡?」
「現時点では何も断定できませんが、とりあえず様子はわかりました。あちらで軍の方が待っているはずです」
――とうとう宇宙人まで絡んできやがったか。と、さらに気が重くなるマハエであった。
「……そういえば前にエンドーもそんなこと言っていたな。大正解かもな」
「何か言いましたか?」
「……オレの魔力でレーザー銃に対抗できるかな?」
「……?」
『ゾンマ』の町を通り、目的の森へ到着すると、そこで独り待っていた軍人とおぼしき鎧姿の人物が二人に頭を下げた。
「軍の者です。あなたはシラタチの方ですね」
二人も頭を下げる。
「どのような状況ですか?」
宗萱が訊く。
「はい。こちらに報告されている行方不明者は九人。いずれも『ゾンマ』の人々です」
「軍の方も中へ?」
「いえ、すべてシラタチに任せるよう、上から指示が出ているので」
「ということは、内部の状況はいっさい分からない状態ということですね」
『毒蛇注意!』という看板が立てられている入り口から、暗い森の中を覗き込む。
――何かが妙だ。と、マハエも宗萱も感じた。
青々と元気な木々が茂っていて、寺から眺めたような枯れ木群は見取れないが、まるで森全体が死んでいるような、とても異様な雰囲気が漂っている。
「この森はキノコや山菜が豊富で、人が通るようかなり奥まで道が続いています。なので迷うことはないと思いますが」
「わかりました。あなたも我々と同行を?」
「い、いえ、わたしはここで見張りを。調査はすべてあなた方に任せるように言われていますので」
「そうですか」
「で、では、お気をつけて」
不安げな顔の軍人に見送られながら、二人は森へ踏み込む。マハエのテンションは、ガクッとマイナスへ下がった。
「何なんだよ、人任せにしてー」
戦いに属しているはずの軍人、彼の頼りない態度に対してマハエのブーイングはもっともだ。
「無理もありませんよ。先のモンスター騒動で、彼らの仲間にも死人が出ているのですから」
「にしても、非協力的すぎじゃないの」
マハエは「はぁ」とため息をつく。
と言ったところでどうしようもない。二人だけでこの任務を片付けるしかないのだ。
「二人だけで、か……。宗萱さん、オレがはぐれないように十分注意してね?」
マハエは宗萱の服のすそを掴む。
すでに気付いている―― 巨大な何かに“呑み込まれていく”感覚が、じわりじわりと濃くなっていくのだった。