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39:武器商人の死闘

 本部の『医務室』――

 無人の室内でハルトキは目を覚ました。

 すぐには起き上がれず、硬直している四肢に感覚を行き渡らせてから、ゆっくりと上半身を起こす。

 鼻から深く空気を吸い、口から吐き出す。

 それから、ここがどこなのかを理解すると、笑いがこみ上げた。


 とても清々しい気分だった。

 自分と仲間の命の危機―― それが記憶に残っている最後の場面。

 だがこうして助かっているところを見ると、自分のふんばりは立派なものだったと賞賛できる。


 ――誰もいない医務室を見回すと、ベッドのとなりの小テーブルの上に湯呑みを一つ見つけた。その下に敷かれた紙切れには、『ファイト一発!』と太く書かれた文字。

「エンドーか」

 言葉の意味は理解不能だが、彼の心づかいであろう冷めた茶を、ハルトキはありがたく飲み干した。

「(……みんなはどうしたんだろう?)」

 気絶している仲間を独りベッドに残しておくほど、『シラタチ』の連中は冷たくないはずだ。今ここに誰もいない理由は、トイレ中か、そうでなければよほど忙しいのだろう。

 そう思ったが、ドアを開けても深い沈黙しか入り込んでこないことに気付き、

「(何かあったのかな?)」

 と、少し不安になった。



 ――心配ではあったが、ハルトキには何もわからない。

 テラスに出て涼んでいると、少しして奥にある階段からエンドーが現れた。

 どことなく曇った彼の表情を見て、ハルトキは声をかけるのをためらう。

 様子を見ていると、エンドーは何のつもりか短剣を抜いて、それを振り回しながら踊り始めた。

 盆踊りの一種だろう。

「楽しそうだね」

 歩み寄って声をかけると、エンドーは一瞬振り向いて、また踊り出す。

「おはようヨッくん。今、SAAPは忙しくてな、『VBT』が使えないんで、自主トレしてんだ。やっぱこれからは“体術”も極めておかないと」

「へぇー、体術……。斬新な動きだね……。ところで、ボクはどのくらい寝てたのかな?」

「ここへ運ばれて、ほんの一時間ほどだ」

「そう。……ところでどうしちゃったの、いつになく静かじゃない?」

「ああ……」

 エンドーは盆踊り―― ではなく、体術トレーニングを中断して、ため息をつく。

[吉野さん、現在の状況をお伝えします]

「……ん?」


 ――案内人とエンドーによる説明で、ハルトキの清々しかった気持ちは吹っ飛んでしまった。


「モンスターか……」

 ハルトキもため息。

本部ここにまで侵入してくるなんてね……。警備のほうは大丈夫なの?」

「ああ、正門は完全に封鎖して、外に見張りを配置してる。まあ、大丈夫だろう」

「そう……。でも悪かったね、ボクがもう少し早く目を覚ましてれば、犠牲を出すこともなかったかもしれない」

 エンドーはポンッとハルトキの胸を拳でたたく。

「まったくその通りだよ。彼も心配してたぞ、なかなかお前が目を覚まさないからよ」

「大林さん?」

「彼はいつも一人だけで戦ってる。だから教えてやれ、吉野春時は強いんだってことを」

「…………」


 ――頼れる仲間だということを。


 そうしたいと、ハルトキは思う。

 しかし果たして自分は、エンドーが言うように強い男なのか、わからない。自分が、背を預けられるのにふさわしい力を持っているのかどうか。

 ――それでも、少しは背を預けてもらいたい。次に共に戦うときには……。


「……で、大林さんはどこ?」

「え? 医務室にいなかったのか?」

「…………」

 すると案内人が、

[そういえば大林さん、テレポート装置で出かけましたよ。……たしか、『ソレィアド』へ]

「ソレィアド?」






 クリング・レックは旅する武器商人である。

 十七歳のとき単身で旅を始め、そのうち武器商で生計を立てるようになった。

 二十四歳現在では、その業界で少しは名の知れた商人となり、商売柄、野蛮な人物や組織などと幾度となく関わってきた。当然、その中で命の危険にさらされることも。


 ――しかし今現在ほどのピンチにさらされたことはなかった。


 レックは頬を垂れる濃い汗をごまかすよう、恐怖を強気に変えた瞳で目の前の“そいつ”を見つめていた。

 クマと対峙したときと同じように、瞬きを抑えて目をそらさず……。

 “そいつ”はケモノでも化け物でもない。だが同じくレックを見返す“そいつ”の瞳は、そのどちらよりも恐ろしい黒く濃い影を潜ませている。


 ――衝突する“二人”の視線。


 だがどちらが劣勢かは、明らかで。それでもレックはその“人物”に対して強気な心構えを崩さない。


「何の用だ? 窪井」


 青髪の男はその言葉に対して、眉をほんの少し吊り上げただけで、挑発的な視線を放ち続けている。

 男―― 窪井の背後には彼の手下が五人。

 ――数は問題ではない。レックが恐れているのは、その誰もが、“客”としてここを訪れたのではないことがわかったから。

「まあ、そう警戒するなよレック。リラックスしていろ、判断を誤ることになるぞ」

「何だと?」

「オレ達はこれから、デカイ戦いをおっぱじめる。その準備に、あんたの力が必要だ。あんたには、いろいろ世話んなったからな。できるだけ話し合いで収めたいと思っている」

 レックの眉がピクリと動く。

「話し合い、だと?」

「単刀直入に言う。……あんたの商品をすべて、オレ達に引き渡してもらう」

「ハッ! 笑わせるな。オレの商品を引き渡す? 条件次第だ。オレにどんなメリットがあるのか、言ってもらおう」

 窪井はその言葉を逆に笑い飛ばす。

「あんたのメリットは―― あんたの命だ」

 その眼が冷酷に光った。

 レックは気付かれないよう、そっと腰に手を持っていく。

「……なめんなよ。――この若造が!」


 ――ビュヒュッ! とナイフが窪井の腕へ飛ぶ。


 だがそれは、軽く身を動かした窪井のローブをわずかに切り裂いただけだった。

 同時にレックは背後に立てかけられていた二本の剣を取り、素早く向き直って片方を窪井に突きつける。

「……残念。そいつは誤った判断だ、レック」

「黙れ。手下をぞろぞろと引き連れて来りゃ、オレに勝てるとでも思ったのか?」

「…………」

 窪井は片手を挙げて後ろの仲間に指示を出す。

 『決して手を出すな』と。

「悪いな。武器の回収を手伝わせるために連れてきたのだが、邪魔だと言うのならオレとあんた、二人だけで話し合おう」

「話し合いもクソもねぇだろ。あいつら連れて、とっとと家へ帰れ」

 またにらみ合いが続く。どちらも一歩も引かない構えだが、レックの本能はそうではなかった。

 例え一対一で“勝負”をしても、こいつに勝つことはできない。

 ――降伏しろ! という本能の叫びを、レックは無視し続ける。

「……どうやら、武器の回収の他に仕事が増えそうだ。あんたの墓穴を掘るのに、一人では肩が凝る」

「窪井よ、お前どうしちまった?」

「どうもしていない。これが、今のオレの生き方だ!」

 窪井は身を屈めて地面を蹴り、レックの懐へ飛び込む。

 レックも同時に反応して後ろへ地面を蹴る。そして放たれた窪井の拳を片方の剣の側面で受け止め、もう片方を振り下ろす。


 ――急所ではなく、利き腕の肩の筋肉へ。


 だが間一髪のところで窪井の手刀に弾かれた。それでもレックは攻撃の流れを崩さない。急所を避けて、手や足の筋肉、筋を、治癒可能な程度に損傷させようとする。

「甘いな。こっちは殺す気で相手してんだ。あんたもオレを殺す気でかかってこないと、死ぬぞ」

「そいつはオレが決める!」

 レックの剣の先が、窪井の腹部をわずかに傷つけた。続いて腕と肩―― それでも、ぎりぎりかする程度で、窪井は少しもひるまない。

「たしかにあんたは強いが、手加減しながらでは、オレに勝つことはできない。言ってるだろ、こっちは殺す気なんだよ!」

 レックの頬に強烈な蹴りの一撃。

 ――声もなく吹っ飛び、地面を転がった。

「時間の無駄だな。悪いがゆっくり戦っているヒマはないんで」

 レックに歩み寄る窪井。

 レックは立ち上がって、剣をヌンチャクのように振り回し、構えなおした。


「よぉくわかった……。今から本気で行く」


 ――目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。

 窪井は“商品”の中から百五十センチほどの槍を手に取ると、大きく振りかぶって、レックの頭部目がけて投げつけた。

 ――瞬間、レックは目を見開き、自ら槍へ向かって疾走すると、左の剣で槍を切り弾き、間合いを詰めて右の剣で窪井の左腕を切り落とす!


「…………」


 ――土の上に赤い血が滴った。

 だが、それは一滴二滴。

 レックは自分の目を疑った。


 ――剣が止まっている。


 彼の技ならば、窪井の腕は完全に切り落とされていただろう。


 ――切り落とせていたはずだった。


 通常ならば。


 振られた剣の刀身は、窪井の手中にあった。素手で剣の振りを止めたのだ。

 いや、それでも十分に加速された刃なら、指の筋肉と骨でも切断し、腕に達する。


「…………」


 レックは瞬きをして見た。

「窪井……」

 ――通常ではない。

 窪井の左腕の筋肉は化け物のように発達し、右よりもひと回り大きな手が、残撃を完全に封じていた。

 わずかな傷口から少しだけ血が流れ出ている程度の、軽傷。

「何なんだよ……? お前は……?」

 柄を手放し、よろよろとレックは後退する。

 窪井は剣を投げ捨てて言う。


「もうオレは、あんたの知っているオレではない」


 ――レックは湧き上がる恐怖を噛み潰し、一本残った剣を両手で構えた。



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