38:発生
『シラタチ』内部は混乱していた。
突如港町付近に多数のモンスターが出現した、という情報が入ったのは、十分前。すぐにSAAPの“イエロー部隊”が対処に向かったが、あまりにも突然のことで、組織全体は大きく動揺していた。
どれほどの動揺ぶりかと言うと、普段事務的で真面目なSAAPが廊下を走るほど。
普段クールなグラソンが険しい顔で右往左往するほど。
普段能天気なエンドーがいつもの九割り増しに、の〜んびりと茶を飲んでいるほど(つまり、いつもと何ら変わりないエンドーの姿がそう見えるほどに周囲があたふたしている)。
「現時点での被害状況は!?」
「不明です! イエロー部隊からの連絡は今のところまだ……」
「ちっ! なぜよりにもよって、こんなタイミングで……!」
せめて宗萱が他の任務で外出していなければ、ここまで混乱することはなかっただろう。
シラタチのSAAP三部隊、『レッド』、『イエロー』、『ブルー』のうち、レッド部隊は窪井の手に落ち、イエロー部隊はモンスターの討伐へ。本部に残っているのはブルー部隊のわずか七名。プラス、グラソンとエンドー。
「案内人、大林と春時は無事か?」
[確認してきます!]
――と、ちょうどテレポート装置の小部屋から、何者かがドアを蹴り開けて出てきた。
息が詰まるのではないかというほどに呼吸を乱し、顔面から汗粒を滴らせた大林。朱色のオールバックは崩れて長い前髪が顔にかかっている。そこから覗く眼には、険悪な影が。
彼の背には、意識のないハルトキが乗っかっている。
「大林!」
グラソンが駆け寄り、その背からハルトキを降ろす。
「ハルは力を使いすぎたようだ。ずっと、目を覚まさない……」
「お前は無事か?」
「ああ……、帰り道、モンスターに追われた……。くそっ、どうなってんだ?」
大林は壁に寄りかかって床に尻をつく。
「とにかく、お前は休んでいろ。オレはこれから各地へ飛んで、様子を見てくる。フーレンツの他でもモンスターの被害が認められた場合、今の『シラタチ』の勢力だけでは制圧が追いつかない」
大林とハルトキのひどくボロボロな帰還に面食らってか、グラソンは冷静を取り戻したようで、天井へ一つ息を吐いて頭をクールにする。
「おーい、ヨッくんは帰ってきた?」
「おう京助、お前もここに残ってろ。本部の警備に当たれ」
湯呑みを片手に休憩室から出てきたエンドーと、そこにいたSAAPに二人を任せて、グラソンはテレポート装置へ。
――グラソンを見送り、エンドーは倒れたハルトキに目を向ける。
「とりあえず……」
そしてその目をSAAPへ。
「お茶、おかわり」
大林はしばらく動くことができなかったが、休憩室で水を一杯飲んだおかげで少しはマシになった。
全身に酸素が行き渡ると身体は楽になり、もうろうとしていた頭もよみがえる。
――平原で突然モンスターに襲われ、大林は夏の強い日差しの下、ハルトキを担いで全力疾走。どうにか港町まで逃げ延びてきたのだ。
――青島は無事だろうか。赤瀬は、ミチルは、モンスターに襲われたりしていないだろうか。
そう考えたが、彼らならうまく逃げるだろうと、あまり心配はしないことにした。二人とも幹部だけあって、強い。とくに赤瀬は状況判断に優れているし、勘も頭もいい。
それよりも心配なのは――
大林は立ち上がった。
今、ハルトキは医務室のベッドの上。目覚めない彼の傍らにはエンドーがついている。
大林は思う。
――もしもこのまま目覚めないということがあれば……。
――すべては自分の責任……。
「(ダメだな……)」
自らの頬を叩く。
いつも自分を責めてしまう。
そうやって自分を追いつめてしまう。
いつからか、そうすることが自身への慰撫となっていた。
――追いつめ、追いつめられ。それを『戦う』という選択へのきっかけにしたいのかもしれない。
休憩室を出て医務室へ足を運ぶと、ドアの前でエンドーとすれ違う。
「ヨッくんなら大丈夫だ。すぐに目を覚ます」
「……そうか」
「ああ見えて、かなりタフなやつだから」
エンドーは一つ笑みをつくると、「警備言ってきまーす」と去って行った。
大林は踵を返す。
指示通り警備の任務につくエンドー。グラソンのほうも各地方への見回り中。――みんな自分のやるべきことをやっている。
自分はどうだろう? と大林は考える。
「(オレがやっていることといえば、人の心配をして自分を責めているだけだ)」
体力は回復した。
――今自分にできることは……。
外ではモンスターがうろついている。人命救助くらいはできるのではないか。グラソンのように各地方の見回りでも――
そのとき、はっと頭に浮かんだ。
一人の人物のことが。
「レック……」
武器商人のレック。町の外で商売をする彼は特に、モンスターに狙われやすいだろう。
といっても、彼も相当強い。武器を持たせれば右に出る者はいないほど。
だが彼は独りだ。大群に襲われでもすればひとたまりもないだろう。
大林は友人を無事を確認すべく、今でも彼が滞在しているであろう『ソレィアド地方』へ向かうのだった。
本部の一階へ降りる昇降機の上で、エンドーは案内人に話しかける。
「それにしても、突然こんなにもモンスターが現れるなんてなぁ。どう思うよ?」
[一度に大量のモンスターが出現する、というのは、前回と同じなのです。どうも自然発生とは考えがたいことでして]
「自然発生じゃないってのはわかってる。前のモンスターはデンテールが放っていたんだろ? すると今回の件には間違いなく窪井が関わってるんじゃ?」
タイミング的にもそうだ。ウィルス培養の時間稼ぎに窪井がモンスターを放った。そう考えるのは理にかなっているが……。
[エンドーさん、それは違います。グラソンさんの話では、前回のモンスター発生の件にデンテールは関わっていないらしいのです。彼はそれを利用しただけで]
案内人は否定する。
「んなわけねぇだろ? だって実際、モンスターはこの城に――」
――エンドーの言葉は、前触れなしに城中に響き渡った爆音と、それにともなって足元を揺さぶる振動にさえぎられた。
「何が起こったんだ?」という疑問を発する前に、エンドーは一階へ到着しかけていた昇降機から飛び降り、足を曲げて衝撃を流すと、そのまま床を蹴って爆音の発生源であろうロビーへ走った。
――本部の正面入り口からモンスターが侵入してくる。
二足歩行トカゲが七体と、灰色体色のドラゴンが五体。
エンドーがフロントに到着した頃にはすでにSAAPとモンスターが衝突していた。すぐにエンドーも『発破鋼』を構えてそれに加わる。
雑魚はSAAPに任せてドラゴンへ。
「うりゃあっ!!」
鋭い爪を発破鋼で弾いて、掌に溜めた魔力を掌底で叩きつけ、爆発させる。
そして間髪入れずに発破鋼の大振りを繰り出す。その接触時にさらに大きな爆発を起こしてドラゴンを吹っ飛ばした。
[さすが!]
――瞬殺。
『VBT』の成果は伊達ではない。
倒れたドラゴンはまだ生きているが、動けないのならそれで十分。すぐにエンドーは次のドラゴンに攻撃をしかける。
モンスターの半数以上が本部の奥へと進攻していく。やつらが上階の中枢へ攻め入ることはないだろうが、追っていくSAAPの何人かでも犠牲になる事態は避けたい。
――加勢しなくてはならないが、まずはこの場のモンスターを一掃するのが先だ。
ロビーのモンスターをすべて片付けたエンドーだが、魔力の消費によって、床に肩膝をついてしばらく動けなかった。体力的にもまだまだ足らないというのもあるが。
それでも何とか立ち上がろうとするエンドーを二人のSAAPが両側から支える。
「無理をなさらないで」
「大丈夫だ、まだまだいける」
戦いで傷ついた身体を魔力が治癒していく。
[便利な身体です]
「ある意味、モンスターよりも化け物かもな……」
[心強い化け物ですよ]
――モンスターを探して暗い廊下を進んでいたエンドーと二人のSAAPは、とある場所で足を止めた。
そこは以前、グラソンと侵入者が闘っていた、あの十字廊下。そこに数体のドラゴンとトカゲが倒れている。動く影はなく、SAAPがすべてしとめたのだろうとエンドーは安堵した。だが動く影がないのは味方も同じだった。
壁にもたれて動かないSAAPに、生気は感じられない。
「……相打ちか?」
追っていったSAAPの数を思い出し、一人足りないことに気付く。
そして見回すともう一つ気付いた。グラソンが「地下室だ」と言っていた大きくて重厚そうな扉―― その扉の錠前が破壊されていて、軽く開いていることにも。
戦いの際に破壊されたのだろう。ともかくモンスターの侵入を考えて、中を調べてみる必要がある。
エンドーはトカゲやSAAPの亡骸をまたぎながら扉に近づく―― すると、ギギ……と扉が微かに動いた。
――中に何かがいる。
すぐに発破鋼を構えたエンドーだが、間を置いて中から出てきたSAAPの姿に警戒を解いた。
一人でも生き残っていたことに、とりあえず一安心。
「なぜそんな所に?」
「地下室へモンスターが入り込んでいたもので。それよりも、この地下に何か置いてありませんでした?」
「何かって、何も知らないけど?」
「そうですか……。あ、いえ、地下室には、何も置かれていない妙な石の台座があるだけでしたので」
「そうか。まあもともとここはデンテールの城だったわけだから、妙な物の一つや二つあって当然だ」
――妙な物には触れないほうがいい。もともと頑丈に施錠されていた扉だ。何かが封印されていた可能性もある。
しっかり閉ざしておくよう、そのSAAPに言っておく。
それからエンドーはため息をついた。
扉の一枚が破られた程度の被害ならば何てことはないが、数えて三人のSAAPが犠牲になった。十分に、被害は大きかったと言える。
「これ以上、何事もなければいいんだけどな」