02:またこの世界の朝
――どの世界でも、力がすべてを支配するものだ。頂点に立ち、すべてを見下ろす者が必要なのだ
――誰の手も届かぬほどの高みに存在するたった一人がな
――オレの力でセルヴォどもを改造できなくとも、方法はある。
――お前ら、これが何かわかるか?
――ミサイルだよ
――オレが開発したウィルスに感染したセルヴォどもは、思考操作によって、みなオレの忠実なしもべとなる
――忠実な、しもべとなる
――しもべとなる
――オワッテイナイ――
[おはようございます。起きてくださーい!]
「…………」
「…………」
「…………」
熟睡。
[朝ですよー! おーきーてーくーだーさーいー!]
「…………」
「…………」
「…………」
熟睡。
案内人は、やれやれとため息をついて、小さくつぶやくように言った。
[……カレー]
「……!」
三人の鼻がヒクッと動く。
[……ハンバーグ]
「……!!」
[……クリームシチュー、オムライス、エビフライ]
「……!!!」
[ラーメン、ギョーザ、チャーハンに、たこ焼き、お好み焼き、デザートはコッヒーゼリ〜]
三人の目がバッと開いた。
「――メシ!!!」
そして音の速さで部屋のテーブルに着席した。
[おはようございます]
案内人が改めて言う。
「朝メシは?」
[この宿で朝食は出ません]
あいさつそっちのけのエンドーに、案内人が冷たく即答する。
[起きたばかりで申し訳ありませんが、今回の任務の詳細を説明させていただきます]
椅子から立ち上がる三人。
[昨日も言ったとおり、今回のあなた達の任務は、窪井の捜索と発見、そしてウィルスによる被害拡大の完全阻止です]
部屋から出て行く三人。
[そこで、まずはある場所へ行ってもらいたく―― ちょっと、まだ話は―― どこへ行くんですかー!?]
「話は朝メシ食ってからなー」
マハエがひらひらと後ろに手を振る。
[…………]
案内人はそれで黙った。再び戦いを強いられたにも関わらず、三人とも案外元気だったことにホッとしていた。
「食った食った〜」
宿から少し歩いた場所にある、この港町唯一の食堂。三人は楊枝をくわえて、満足そうに腹をさすりながら出てきた。
「さすがは港町だ。海鮮料理は最高だな。なあ、エンドー」
「ああ、あのエビフライ定食は絶品だった。マハエの焼き魚定食もうまそうだったな」
「キミ達、よく朝から定食なんて腹に入るね」
「――て、ヨッくん、お茶漬けって……」
朝食を終えた三人に、案内人が咳払いをしてしゃべりだす。
[ようやく本題に入れますね。今回のあなた達の任務は――]
「何度も言わなくてもわかってるって。そんで、どこへ行けばいいんだ?」
[理解力があって助かります、エンドーさん。そうですね、町の東側まで散歩をしましょう]
「散歩って―― いや、お前の言うことだから、何か意味があるんだろうな」
マハエがうなずいて、三人は並んで歩き出す。
港町は、海に沿った道の両側に、家や店などの建物が並んでいる、長細い形の町だ。
案内人いわく、人口は百二十人程度。人間世界と比べると、一つの町としてはかなり少ないが、これが普通だという。
規模は小さいながらも、活気あふれる町。
「窪井は何のために、あのウィルスを放ったのかな?」
メインストリートを東へ進みながら、ハルトキが疑問を口にする。
「デンテールは復讐のためにウィルスをつくった。でも窪井は――」
「まあ、あの“キモイ筋肉男”が、あのウィルスがどういう物かを知らずに放った、なんてことはないだろ」
マハエが言った。
「デンテールと関わってしまったばかりに、ただの悪党が、いっきに極悪人に昇進したわけだ」
エンドーが「ハッ」と笑った。
[笑い事ではないですよ。デンテールのせいであなた達は、まだ戦いの連鎖から抜け出せないのですよ]
「案内人、それは違うよ。ボク達がすべきことはデンテールの尻拭いじゃない。“制作者の尻拭い”だよ」
[それは……]
案内人は少し悲しそうに、
[あまり、制作者を責めないでください。これはけっして、あの人が望んだことではないんです]
「……わかってる。だから、オレ達が代わりに尻を拭ってやるんだろ」
マハエの言葉に、案内人は「はい」と返した。「ありがとう」の意味を込めて。
いつの間にか、周囲に家屋が少なくなっていた。
[あそこです。あの赤い屋根の小屋に入ってください]
案内人が示した建物は、マハエとハルトキには見覚えのあるものだった。
「城へのテレポート装置? 城へ行けってのか?」
マハエが訊く。
[はい。城は爆破されずに残っていたので、デンテール亡き今は、打ってつけの拠点です]
「拠点って、誰の? オレ達?」
[ええ、“我々の”拠点です]
マハエの質問に、案内人は意味ありげな言葉を返した。
それ以上の質問はなしに、三人は素直に指示に従った。
一人ずつ光の空間を移動し、直前とは全く別の場所へ降り立つ。
空気と気温もがらりと変わり、薄暗かった小屋から明るい室内へ。そこはマハエとハルトキには、見覚えのある場所。
「やっぱこれには慣れないな……」
マハエが頭を押さえて壁にもたれる。
「デンテールの城……。大林さんと一緒に脱出するときに来た場所だよね?」
ハルトキが確かめるように言う。
そこはたしかに、城の屋上テラスから続いていた建物の中にある、グラソンが教えた『装置の部屋』だ。だが、以前とはどことなく雰囲気が違う。
「おかしいな。なんだか人の気配がするんだけど?」
ハルトキが案内人に尋ねるように言う。
[詳しいことは後ほど、です]
「後ほどねぇ……。まどろっこしいのは好きじゃねぇんだけどな」
やれやれと言いながら、エンドーがドアを開けた。
以前は無駄に壁で隔てられていて、装置以外はまるで空っぽだったが、今は命を得たように明るくなっていた。天井にいくつかある電灯の効果はもちろん、壁際に置かれた広葉樹が、さらにそれをきわだたせている。
三人が感心した顔をしていると、一人の人物が歩み寄ってきた。
「お待ちしてました。こちらへどうぞ」
その人物の出で立ちを見た三人はぎょっとした。
真っ白で派手な模様をした鎧を着て、腰には片手剣、頭には、鎧と同じで真っ白な三角型の兜をかぶっている。そのせいで目は陰になっていて、一見―― いや、完全に怪しい外見だ。左手のグローブの甲に埋め込んである青い宝石がキラリと光る。
マハエよりも高い身長とその声から、男だということがわかる。
目を点にする三人。だが、男は事務的に、彼らを奥へと先導する。
「案内人……、いったい彼は……」
マハエが目を点にしたまま尋ねる。
[驚きましたか? 彼は新型のSAAP。前回のSAAPを、この世界の情報を組み込んで改良した、『高性能人工セルヴォ』です]
「驚いたよ、いろんな意味で。今回は“死神”じゃないんだな」
[さすがに、あのデザインで町をうろつかれれば、大騒ぎになりますよ。今回はSAAPも表の世界を堂々と行動しますからね。まわりに溶け込むデザインにしたぞ、と制作者が自慢げに話してました]
エンドーが指で耳をほじって、
「まわりに溶け込む―― 何だって?」
[……あまり細かい部分を突っ込むのはやめてください]
「いやいや、細かいか? ぜってー目立つよ! 一緒に歩きたくねーって!」
「まあまあ、エンドーちゃん。突っ込んでたら先続かないから、そのへんで」
マハエが笑顔で止めた。
不満げに頬を膨らませて、まだ何か言いたそうにしているエンドーの横で、ハルトキがひとり冷静に質問する。
「ところで、SAAPはわかったけど、いったい何なの? ここは」
[はい。ここは対モンスター組織―― 我々の本部です]
そして一息置く。
[ようこそ、『白剣』本部へ]
案内人は楽しそうに言った。