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36:音無しの世界

『そぉ〜れ、ミンチになぁ〜れ』

 ミチルを救出し、トンネルの中をひたすら逃げる五人。その後を『ホッキョクグマ1・9号』がドリルを高速回転させて追う。


「1・9号って、0・1はどこ行ったのかな!?」

「アニキ! 今はそんな些細な疑問はどうだっていいでしょう!?」

「気になるでしょ! 何があったの0・1に!」


 『ホッキョクグマ1・9号』のスピードは、逃げる五人の足よりもいくらか遅く、少しずつ引き離していく。だが足を止めれば、たちまちドリルのえじきとなる。

 大林は走りながらも手を考えていた。

 先に出口があるとは限らない。このトンネルも敵の計画の一部だとすれば、その可能性はまずないだろう。その場合は、自分を犠牲にしてでも、この場の全員を救わなければならない。その覚悟はあった。


 ――それが、人工島で窪井を逃がしてしまった自分の責任だと、そう思っている。ミチルが巻き込まれてしまったのも、青島と赤瀬を新たに巻き込んでしまったのも、ハルトキ達が、生まれ育った世界を離れ、命をかけて戦っているのも、すべて自分の責任だと。それは過去にさかのぼっても同じだった。自分なら、窪井を止めることができた。いつか敵対することになるとわかっていて、彼を止められなかったのは、単に自分が弱かったから……。


 ――マシンのうなりが近づいてきた。スピードを速めたのか、逃げる側に疲れが見えてきたのか。どちらにしても状況は悪化している。

 だがそのとき、まっすぐ続くトンネルの先の先に、小さな光が見えた。

「出口よ!」

 ミチルが歓喜の声をあげる。

 光は少しずつ広がり、外の世界が見えた。

「止まれ!」

 先頭を走っていた青島が急ブレーキをかけて叫んだ。

「くそっ……!」

 全身に風がきつく、きびしく吹きつける。

 足を止めざるを得なかった。

 そこはたしかに出口だが……、足場がない。三十メートルほど下のほうに、木々の頭が密集している。

 ――ここは内側に反った崖の中ほどで、上にも下にも左右にも逃げ場などない。

 スピーカーからゴトー達の笑い声を発しながら、『ホッキョクグマ1・9号』が追いついた。二メートルの間を開けて、ドリルを回転させたまま停止する。


『選ばせてやろう。ドリルで形も残らないミンチとなるか、飛び降りて針葉樹の串刺しになるか』

 リートにマイクが渡る。

『オレとしては飛び降りてほしいね。ばらばらになっちゃったら、回収が大変だし。吐くし』

 

 ――まさに絶体絶命。いくら冷静に知恵をしぼったところで何も出てきやしない。

 ミンチか串刺しか。助かる見込みがあるとすれば、確率はほぼゼロだが、三十メートル下の林へ飛び降りる選択。

「……まさかここまで追い込まれるとはな……」

 一度叩きのめした相手だからと、大林は甘く見すぎていた自分を恥じた。

 大林はハルトキを、ミチルを、青島を、赤瀬を守るようにマシンの前に立ちはだかった。


 ツッキーが申し訳なさそうに言う。

『すんませんー、一応オレ達も命かかってますんでー。本当は殺しとか嫌なんだよ。でも生きたままあんた達を運ぶのはムリなんで……』

『謝ってどうすんだ、ツッキー! ときには残酷な心も必要なの! ……そりゃぁ、オレだってできればこんなこと……』

『あーもうメンドクセー、落ちちゃえー』

『あっ! こらリート! 勝手にアクセル踏むな――』

 キャタピラが急回転し、ドリルがいっきに五人へ迫った。

「うわあぁっ!! くっそぉー!!」

「きゃああぁぁ!!!」

 青島、ミチルは悲鳴を上げ、赤瀬は目を閉じた。

 大林は目を見開いていたが、やはり彼にはどうすることもできない。けっきょく、自分は弱いのだと思い知った。


「くそっ……」


 動くことすらできず、素直に負けを認めて目を閉じるしかなかった。――まぶたが下りてしまう直前に、誰かが視界に飛び込んできたように見えた。


 ――キィィィン……。


 耳鳴り。大林は最初、そう思った。

 だがその高音の振動は、空気を伝わり、微かに肌に響いていた。


 ――数秒経ったが、痛みはない。ゆっくりと大林は目を開けた。


「…………」


 大林の前には少年が立っていた。彼を、その後ろのみんなを守るように。


 ――そして、マシンは再び停止していた。


『あれ? 動かない。どうしたのかな?』

 焦ったようなリートの声。

 少年―― ハルトキはマシンを鋭くにらみ、微動だにしない。体中のすべての神経を集中させて、この巨体を“縛っていた”。

「ハル……」

「アニキ……?」

 何が起こったのかを理解したのは大林だけで、青島達は目を見張り、この状況を把握できないでいる。

「アニキ、何をしたんで……?」

「…………」

 誰の声もハルトキには届いていない。

 機械という人の何十倍もの力を縛るには、膨大な魔力を消費する。持っているすべてが、ペットボトルをひっくり返したように消えていき、気が遠くなりそうだった。それでも、今何かできるのは自分だけだからと、ハルトキは必死に意識を保っていた。

 だが限界は超えている。放出する魔力が糸のように細くなり、切れた。マシンを縛っていた“魔力の鎖”も解け、ハルトキの意識も消える寸前――。そのときミチルや青島の悲鳴が聞こえ、はっと目を開いた。


 後ろに倒れながらハルトキが目にしたのは、足元の土が体重に耐え切れずに崩れ、落下していくミチルと青島と赤瀬の姿。そしてそれを助けようと、とっさに手を伸ばした大林も、引かれて共に落下した。


「(助けなきゃ……!)」


 ハルトキは身体が動くよう念じたが、倒れていく自分を感じながらも、視界から消えていく仲間達へ一言の叫びすら上げることもできない。


 ――みんな死んだ。自分ももう、死ぬ。

 悲しみよりもショックのほうが大きく、背中を土の上に打ちつけた痛み、息が詰まる苦しみにさえ、かけらの感情も湧かなかった。


 ――天井から剥がれた小石が、ハルトキの顔面へまっすぐに落ちてくる。


 彼の体はバウンドして再び舞い上がり――。そのとき彼は自分の中に異変を感じた。


 以前、デンテールとの最終決戦で追いつめられたときと、同じ感じだった。危機に直面した命を守ろうとするような、魔力のざわめき。魔力が外から流れ込み、内にある器を満たす感覚――。あのときはそのおかげでデンテールの“黒竜”を破壊することができたのだが、今回はどうでもよかった。“兄”や仲間を失い、自分だけ助かりたいとは思わなかった。

 だからハルトキは、すべてをあきらめて目を閉じた。

 まぶたの裏に、マハエとエンドーの顔が―― 怒りをあらわにした二人の顔が浮かび、ハルトキは自問する。

 ――二人はここであきらめてしまった自分を許さないだろう。誰よりも長く共に過ごした二人を、ここで裏切ってしまってよいのか、と。


 もう一度土の上に倒れると、その衝撃のせいか、魔力が勝手にあふれ出し、鋭く高い音を発した。


 ――急に体が軽く、ふわふわと浮いている気がした。全身に、指の一本一本、ツメの先まで魔力が満ち、まるで魔力と一体化したような。――それは初めての感覚だった。


 マシンのエンジンやドリルの騒音、周りにある一切の音が消え去り、ふと目を開けたハルトキは、顔面から四十センチのところで止まっている小石を見た。


 ――いや、止まってはいない。ゆっくりと、落下してきている。


 何をいまさら『動体視』など使っているのだろうか、とおかしくなったが、なぜか身体は楽で、いつも『動体視』発動中は自分の動きもスローになり、とても窮屈なのだが、“これ”は違った。

 身体がいつもどおりに動く。それどころか、いつもよりもとても軽い。

 ハルトキは試しに腕を伸ばし、小石を掴んでみた。


「…………」


 小石は手の中にとどまったが、手から離れた瞬間、またゆっくりと落ちていく。

 ハルトキは立ち上がったが、自分が発しているはずの音や、声さえも聞こえない。

 『ホッキョクグマ1・9号』もゆっくりと、ほぼ止まっているに等しいスピードで前進してくる。高速で回転しているはずのドリルでさえ、手を置いてなでられるほどに遅い。

 歩いてみても音のない、完全な無音世界。何秒か前まで自分が存在していた世界とは、とても思えなかった。


「(ここはどこ? ボクがいた世界? ボクがさっきまでいた……)」


 ――大きな希望がハルトキの頭に湧き上がった。急いで大林達が落ちた場所まで行って、そこから見下ろすと、案の定、十メートルほど下をゆっくりと落下中の、四人の姿があった。

 ほっと笑顔をこぼし、ハルトキは短剣を抜いて魔力を込めた。短剣は、柄の周りでとぐろを巻く鎖、『縛連鎖』に変形する。

 鉤付きの銀色の鎖を『ホッキョクグマ1・9号』のドリルに巻き付け、ハルトキは柄をもったまま反った崖を“駆け下りた”。

 足が崖肌を蹴ると、土や石の破片がスローで飛び散る。ハルトキはすぐに四人に追いつき、思い切り壁を蹴って跳び、落下中の大きな石を足場にしてまたジャンプ。四人まとめて鎖で縛った。

「よかった……」

 ――キィン。と小さな音が鳴ると、空間のスローが解けて四人の悲鳴がもどった。重力に正しく、高速で落下し始めたが、鎖のおかげで空中で停止する。

「…………!!?」

 吊られた拍子に四人は悲鳴を止め、言葉を失った状態で目を見開いていた。

 死を確信した。それなのに生きていた。いつの間にか鎖が身体に巻き付いて。

「……ハル……」

 大林は突然目の前に現れたハルトキに声をかける。ハルトキは『縛連鎖』の柄をしっかりと握って、喜びと安堵の表情。だがその内には苦しみも見て取れる。――魔力が限界でもなお、仲間を救うべく底から力を絞り出しているのだ。


 ――大林には確かに聞こえていた。落下中、空気を貫くように迫ってくる鋭く高い音を。その一瞬後には、宙吊りになって助かっていた。

 ハルトキが何かの力を使ったのは間違いないと大林は思うが、すでに理解可能領域を超えていた。それでも、また彼に命を救ってもらったことには、心から感謝した。


『おい、全員落ちたのか?』

 ゴトーの声が降ってくる。――そのとき、ガクンと、鎖が数十センチ下がった。

『何だ? 何かに引っ張られて――、おいおい、急いで後退させろ! オレ達まで落っこちるぞ!!』

『そんなこと言ったって、パワーが……。あっ、光石電池がきれかかってるー』

『こんなときにーー!!?』

 ドリルに巻き付けていた鎖に引っ張られ、五人分の体重で『ホッキョクグマ1・9号』の巨体が少しづつ前進している。

「マズイぞ……!」

 大林は視線を下げた。地上までまだ二十メートル以上あり、飛び降りるわけにもいかない。

「くっ……!」

 ハルトキは余った力のすべてを放出して鎖を伸ばした。


 地上まで十五メートル、十メートル、五メートル――


 頭上では、すでにマシンの半分がトンネルから突き出し、今にも落ちてくるところだ。

「このままじゃ下敷きだぞ!! ハル――」

 大林はハルトキを見て、息を詰まらせた。ハルトキの意識がない。

「おいハル……? ハル!」

 魔力の鎖が薄くなって消えた。

「キャアァッ!!」

 さいわい、地上まで五メートル。大林は空中でハルトキを担いでそのまま着地した。

『うわあぁああぁあぁわわわわわ……!!!』

 すぐにその場から退避した直後に、ドシンッ!!! と地を響かせてマシンが頭から地面にめり込んだ。

 光石エネルギー電池が割れ、エネルギーが過剰に膨張する。


 ――ドグオォンッ!!!


 炎が拡散し、空に真っ黒なケムリを吹き上げた。

 マシンは原型を失い、沈黙。大林達が身を隠した木の根元に、空から降った巨大なドリルが突き刺さった。



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