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35:小さな悪魔達

 港町を東へ抜け、海沿いの道を四人は走る。

 青島と赤瀬は先頭を走る大林の話をしっかりと耳に入れていた。急ぎながらの説明であったが、それで青島と赤瀬にも緊迫感は伝わっていた。

「ニュートリア・ベネッヘ……、窪井の組織か。ボス、そのさらわれた知り合いとは何者で?」

「……説明しづらいのだが、窪井とのごたごたに巻き込んでしまってな」

「またやつと何か?」

「……ああ、ちょっとした小競り合いだ」

 その一言で青島は納得したが、赤瀬は疑問を持ったようだった。後ろでじっと大林を観察するように目を細めている。

 ハルトキはちらと赤瀬へ振り返った。先ほど彼がつぶやいた言葉が、ずっと頭に残っていた。


 ――『あいつの代わりのつもりか?』


 無二の親友だった窪井に裏切られた大林の、その心の穴を埋めるための―― 自分は窪井の代わりなのかと、ハルトキは言いようのない孤独感に苛まれていた。


 ――だから何だ。


 今、大林の心は大きく揺らいでいる。人工島での戦い以来、ずっと。“黒猫”騒動、ネーベル山での一件から後の大林は、まさに崩壊寸前。戦いのために自ら命を投げ出してもおかしくはない。それがわかっているから、ハルトキはそんな彼を守りたかった。少なくともハルトキ自身は彼を兄のように思っているから。



 落石現場に着くと、四人は息を整えてトンネルを見上げた。

 石や土で塞がっていた道は、あらかた整備されていたが、崖の横穴はそのまま残っていた。

「厄介な場所っすね」

 額の汗を拭い、サングラスを持ち上げる青島。黒くぽっかりと開いた横穴の内部構造は、外からではどうやっても窺い知ることはできない。

 中の様子が探れず、敵の意図が読めないとなれば、計画など立てようがない。対決する相手は内部構造に詳しく、人質という切り札まで持っている。そんな状況で戦わなければならないのは、行動範囲が極端に制限されてしまうトンネル内。不利を越えて勝ち目など皆無と言える。


「……どうしやす? ボス」

「…………」

 全員が大林に注目している。選択は大林に任されるが、彼にも一番利口な案など見い出せない。

 ――だが、その必要もなかった。そのときトンネルの中から聞こえてきたミチルの悲鳴で、全員が駆け出していた。

 大林は宿の部屋から持ち出していたランプに火を灯し、トンネルの奥に目を凝らす。

「……どうだ、ハルには何か見えるか?」

 『暗視』を発動していたハルトキはすぐに答える。

「奥は坂になってます。トラップのような物は見当たりません」

「そうか。よし、行くぞ」

 四人は一列になって、前後に注意を配りながら坂になっているトンネルを進む。坂はらせん状で、上へ上へと四人を導いている。

「すんごく危険な気配がするんだけど……」

「敵がこの場所を選んだのには、何か理由があるはずだ。十中八九、オレ達にとって危険な何かだろう。……それより、ミチルさんが心配だ」


 ――悲鳴が大きく響いた。


「ミチルさん!」

 坂を登りきったそこは、少し広くて明るい空間。パチパチと火を燃やす四つの松明の中央に、ミチルはいた。

 柱に体を縛られて身動きのできないミチル。そんな状態でも大林の登場に目をキラキラと輝かせた。

「大林さぁ〜ん! やっぱり助けに来てくださったのですねぇ〜! ミチルは……、ミチルは感動で胸いっぱいです!」

 大林は首をひねって、ハルトキも同じようにして、二人は顔を見合わせた。

「……元気そうだな」

「そうですねぇ」

 と、ミチルの後ろ―― 闇の中から三人の少年が現れた。

「ようやくご登場か、大林」

 少年の一人、ゴトーが前に進み出る。

「大林さ〜ん、こいつらヒドイんですよぉ〜。私が抵抗できないのをいいことに、あんなことやこんなことや――」

「してねぇよ! どちらかと言えばオレ達のほうがヒドイ目に遭わされたわ!」

 ツッキーも「うんうん」と深くうなずく。

 大林は迷ったような顔をして、リートに話しかけた。

「おい、そこにいる二匹のしゃべるモンスターは何だ?」

「オレ達のことかっ!!!?」

「ああ、こいつらかい? ペットじゃないよ。ボクの美しい顔を、より際立たせるためのサイドアイテムさ」

「オレ達も人なんですけどーーー!!!」

 叫んでふらつくゴトー。

「やべぇ……、貧血だ……」

 どう見てもまともに戦える容態でない三人。これならすぐにでもミチルを救出できそうなものだが、大林は動かない。そんな状態にも関わらず彼らが大林達を呼び出したのは、勝利を確信しているからだろう。不用意に動くのは危険だ。

 何より大林は、彼らの周りにいくつか設置されている、円筒形の箱のような物が気になっていた。


 ――おそらくは何かのトラップだろう。


 だが、青島が真っ先に前へ出た。

「もういい。てめぇらがモンスターだろうが妖怪だろうが関係ねぇ」

「いや、だから人だって……」

「か弱い女の子をいじめたことに、変わりねぇんだからよぉ! ちくしょーっ! 動けない女の子にあんなことやこんなことやそんなことまで……」

「だから何もやってねぇーーー!!! ――ってあぁ……、血が足りん……」

 倒れそうになるゴトーをツッキーが支える。

「ボス! こんなやつら、オレ一人で十分っす!」

「待て青島! 何を企んでるのかわからないぞ!」

「ふふふ、かしこいな大林。だが、お前らがどう足掻こうと、オレ達に勝つことは叶わない!」

 自信満々に言い放ち、ゴトーはニヤリと笑った。

 胸を張り、ビシッ! と親指を自分に向ける。


「ニュートリア・ベネッヘ、第九班! 班長、後藤伸彦ゴトウノブヒコ!」


「同じく第九班ー、沢谷新月サワタニシンゲツ


「と、美形ナンバーワン、南川リートでお送りいたします」


 それぞれがポーズをとって声を張り上げる。


「泣く子もあ然! オレ達ゃ無敵の、リトル・デヴィルズ!!!」


 ――シュパァ〜ン! シュパパパパ〜ン!


 その瞬間、円筒形の箱がいっせいに破裂―― 色とりどりの花火をドハデに噴き上げ、小さな空間はまばゆい光でいっぱいになった。

 光を背景にした三つの影は、「決まったぜ」と、満足そうに輝いている。


「…………」


 大林は帰りたくなった。


「茶番に付き合う気はない。さっさとミチルさんを返してもらう」

「まぁ……、大林さんったらっ」

「ふふふふふ。やってみたまえ」

 ゴトーがポケットから小さなスイッチを取り出し、ポチッと押すと、大林達の後ろで爆音が響く。

「なんだ!?」

 大林達が上ってきた道が天井から崩れ、完全に埋まってしまった。

 全員がそちらに気をとられた間に、ゴトー達三人は姿を消し、縛られたミチルだけが残っていた。

「どこ行った?」

 大林や幹部は三人を探すが、もうこの場にはいない。ハルトキだけは暗視で隅々まで見渡せるおかげで、奥の壁にある小さな亀裂を発見できた。彼らはそこへ逃げ込んだに違いない。

「大丈夫か、ミチルさん」

「大林さぁ〜ん、ミチル、恐かったぁ〜」

 縄を解かれたミチルは真っ先に大林に抱き付こうとし、失敗。

「何で避けるんですか〜?」

「……体が勝手に」

 ミチルがぷーと頬をふくらませる。

「それよりボス、何か変ですよ」

「ああ、あいつらがこのまま逃げるなんてことはあり得ない」

「大林さん」

 壁の亀裂をハルトキが示す。

「ああ。青島、赤瀬はミチルさんとここにいてくれ。ハル、行くぞ」

「待ってください大林さん。……何か聞こえます」

 壁に近づいていたハルトキは、亀裂の向こうからうなるように聞こえる低い振動音に気付いた。

 音は少しずつ、大きく、鮮明に聞こえてくる。


「ハル!」


 危険を感じた大林がハルトキの腕を引く。

 ――直後、壁がぶち破られるように吹っ飛び、ハルトキの正面一メートルのところに、巨大で尖った金属の先端が突き出した。

「なんだこりゃ!?」

 ハルトキや、全員が反射的に飛び退いた。

 固い石の壁を一瞬で砕いたのは、凶暴そうな二本のドリルだった。そしてそれを備えた“マシン”の全体がのっそりと現れる。

 ちょうどトンネルと同じほどの大きさ。紫色のボディはキャタピラ移動式、銀色のドリルから上部には、このマシンの操縦席らしい空間がフロントガラス越しに見える。――そこでニヤニヤと笑っているゴトー達三人の姿も。

 外部スピーカーがゴトーの声を発する。


『覚悟しろぉ! 大林と愉快な仲間達ぃ! この“光石エネルギー電池”を動力にした、秘密兵器“ホッキョクグマ1・9号”のえじきにしてやる!』


 威嚇するようにドリルがうなった。

「おお、ホッキョクグマのかけらも見当たらないのに……、見事に“ホッキョクグマ”と言い放った」

「感心してる場合っすか、アニキ! 何なんすかあの怪物は!?」

「それは後だ! 早く逃げないとミンチにされるぞ!」

「そんな事言ったってボス……! 逃げ場なんて……」

 たしかに、出口へ通じるトンネルは塞がってしまい、もどることができない。青島がメイス、赤瀬がダガーを構えているが、小さな武器でこのマシンを破壊することは不可能だろう。

 ハルトキも短剣を抜いたが、攻撃には適さない彼の魔力では、同じことだ。

「大林! こっちだ!」

 赤瀬が呼ぶ。

 後ろの壁に小さな孔があった。もともと別にトンネルが掘ってあったのだろう。おそらく爆破の衝撃でそれをさえぎっていた壁が崩れかけていたのだ。赤瀬の一蹴りで壁は崩壊し、ミチルを含めた五人はそのトンネルへ駆け込んだ。

 ゴトー達三人は、『ホッキョクグマ1・9号』の操縦席から、腕を組んでその様子を眺め、変わらずニヤニヤ笑いを浮べていた。


『ふふふ。逃げろ逃げろ。地獄の果てまで』



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