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34:幹部の二人

 宿の廊下で、ハルトキは眠い目をこすりながら、大林に差し出された手紙を見た。

「何ですか、これ?」

「オレと“ハルに”宛てられた手紙だ」

「ボクと大林さん限定? 誰からだろ?」

 筆で書かれた達筆な文字だ。ハルトキは小声を出して文章を読む。


「“暑中見舞申し上げます。激しい暑さの続く毎日ですが、元気でお過ごしでしょうか。”――って、こんな礼儀正しいお友達をつくった覚えはないんだけど……」


 さらに先を読んだハルトキは頬を引きつらせた。


『この野郎ぅ!! 大林ぃ!!!(とそのお供)。オレ達は数日前、お前らにボコられたニュートリア・ベネッヘの三人組だぁ!!! 忘れたとは言わせねぇ!!!』


 突然、文字は殴り書きに。

「フェイクか……。ていうか、ボクがカッコ扱いなのが何よりムカツク」

 青筋を浮かせながらも、ハルトキは読み進める。


『オレ達は名誉挽回しなければならない。というわけで、ここからが本題だ。いいか、よく読め大林!』


 その下の十分な余白の後に、ひときわ大きな文字で、


『お前の女はあずかった!!!』


「…………」


『返してほしければ、この前のトンネルまで来い! 秘密兵器を用意して待っている! 早く来ないと、この女をヒドイ目に遭わす!!』


 しばらく無言で何度か文章を読み返し、ハルトキは一言、

「大林さん、彼女いたんですか」

 大林は首を横に振る。

「そこだ。オレは彼女をつくった覚えがない。突然『お前の女はあずかった』なんて言われても心当たりなんて――」

 二人は「あ。」と、同時に顔を見合す。

「もしも誰かを勘違いしているとしたら……」

「最近、オレと一緒にいた女と言えば……」

 答えは一致した。

 ――早く来ないとヒドイ目に遭わす。それは脅しなどではないだろう。

 そのとき、ハルトキは手紙の一番下にあるシミに気付いた。

「大林さん、これ……」

「……まさかこれは――」

 大林はハルトキの手から手紙を取ると、頬に汗を伝わせた。


「血だ」


 点々と紙に染み付いている赤いシミ。それは事の重大さを物語っていた。

「あいつら……!」

 グシャリと、大林は手紙を握りつぶした。






 そのころ、指定のトンネルの中では、女の悲鳴が絶えずこだましていた。

「きゃー! 助けてぇ! いやぁ〜!」

 トンネルの奥。四つの松明が灯った少し広くなっている場所で、ミチルは打ち込まれた柱に縛られていた。

 彼女の前にはニュートリア・ベネッヘの三人組、ゴトー、リート、ツッキーの姿。

「あんた達! こんなか弱いオトメを縛り付けて、いったい何が目的よ!?」

 三人はふるふると震えている。

 ゴトーは怒りで震える拳を顔の前でさらに固めた。

「何が“か弱い”だぁ? こんのやろぉ〜……、思いっきり抵抗しやがってえぇぇ!!!」

 コブだらけ、アザだらけの顔で叫ぶゴトー。その拍子に両方の鼻の穴から詰め物が飛び出し、大量の血が吹き出た。

 ツッキーも同じくヒドイ顔で、痛みと悔しさで震えて涙を流していた。

 リートは手で腹を押さえた。それは反撃を食らったせいではない。

「くくくくっ……! ば、化け物か!! くははは、あはははははっ……!!」

 震えて笑っていた。

 出血さえなければ、ゴトーはリートの顔に“傷の一つも”つくってやっただろう。――なぜか無傷な彼の顔に。

「なぜお前は無傷なんだ? ……いや、それよりいつまで笑ってるつもりだお前。いい加減に昇天しろ」

「あはははははは、喋った! オレに話しかけた! あーはははははっ!!」

「どこがツボなんだ!!? ずっとオレが喋ってるとこにウケてたのか」

 こいつの相手をするのは馬と話をするよりもバカらしいと、ようやく気付いたゴトーは、鼻の穴に紙を詰めなおし、咳払い一つしてミチルに目を向ける。

「なめ回すように見ないでくださる?」

「目を向けただけだろ。大人しくしてろ、お前は大林をおびき寄せるための大事なエサだからな、逃げられてはかなわん」

「え!? 大林さんが!?」

 途端に目を輝かせるミチル。

「大林さんが来るの!? 私を! 救いに!?」

「……なに興奮してんだ? ――大林は来るはずだ。さっきリートに手紙を届けさせたからな」

「あははははは! オレの、オレの名前を喋ったー! あはあはははは!!」

「……届けた、はず……。届けたよね? おい、ちゃんと届けたよなお前!!?」

「あはははははは……!!」

 ツッキーはというと、いつの間にか、松明の明かりも届かない隅っこで、うずくまって沈んでいた。

「なぁ、ゴトー……、もうやめようぜー。オレは精神的にもボロボロで……、こんな状態で大林に挑んでも勝てる気しねぇよー」

「ちょっとあんた、私に乱暴しなさい! 少しでも“彼”の同情を買うのよ! 災難を乗り越えるほど、愛は深まるのよー!!」

「ははははは……! オレ、今、こんなやつらと、同じ空気吸ってるー! あははははは!!」

「――あぁあ!! 何なんだこいつらはぁーーー!!!」






 港町――

 大林とハルトキは、すぐに支度をして宿を出た。

「大林さん、やはりグラソンや宗萱に相談したほうがいいのでは?」

 話をしながら二人は歩く。

「いや、宗萱はこれから任務で出かけると言っていた。となると、グラソンまで本部を空けるわけにはいかないだろう? それに、一刻を争う事態だ。報告している余裕もない」

「……そういえば、起きたときマハエがいなかった。あいつも一緒に行ったのかな」

「とにかく急ごう。ミチルさんの身が心配だ」

 二人は足を速める。――突然、路地から男が二人現れ、彼らの前に立ちはだかった。

 立派な茶髪リーゼントと、テカテカのこげ茶オールバックが光を反射して輝いている。


「探しましたよー、ボス!」


 リーゼントが、疲れ気味の声で言った。

 一瞬身構えていた大林だが、すぐに彼らが何者かわかり、安心した声を出した。

「ああ、お前らか」

「お前らかって……。ボス、今まで何してたんスか? アニキも一緒で」

 ハルトキはリーゼントに頭を下げた。

 リーゼントは『田島弘之』の幹部、青島一斉だ。他のメンバーと同じく、サングラスを着用しているが、もう一人のオールバックは鋭い眼をむき出しにしている。

「ハルは会ったことなかったな。こいつは赤瀬東晋アカセトウシン。青島と同じ、『田島弘之』の幹部だ」

 赤瀬が低い声で付け加える。

「……一応、な」

 幹部の二人が並んでいるのを見て、ハルトキは青島と赤瀬はどこか吊り合っていないように思えた。大林と同じ歳らしい青島と比べると、赤瀬はあまりにも歳が違っているように見えたのだ。彼の顔は、どう無理をしても十代には見えず、人生経験豊富な、いかつい三十代のようで、どちらかといえば大林よりも不良集団のリーダーに向いている顔つきだ。

「アニキ、東晋はこう見えて、まだ二十三ですぜ」

 ハルトキの耳元で青島が小声で教えたが、赤瀬には聞こえていたようで、射殺すような眼光を放っていた。

 ――彼らは吊り合っていないとハルトキが感じた理由は他にもあった。それは年齢や見た目などよりも根本的なことで―― 赤瀬東晋に会ったのは初めてだが、第一印象としてハルトキの中に残ったのは、孤独なオオカミというイメージだった。

 そして思った。大林もそんな赤瀬に気付いているのだろうと。


 ――そしてまた思った。……なぜ赤瀬はずっと、自分ハルトキをガン見しているのだろうか、と。


 見えない何かがハルトキの全身を刺しているのは明らかだった。

 顔を上げることができないどころか、指の一本すら動かすことができない。全身に嫌な汗が流れている。

「(まだ見てる……。まだ見てる……。――あれ? もう大丈夫? いや、見てるっ……!!)」

 ホクロから毛が生えているとか、「あっ、十円ハゲがある!」とかいうレベルではない。

「(……あぁ、そうか。ボクの“黒髪”が珍しいんだ)」

 大林にも初めは不思議がられていたのを思い出したハルトキは、思い切って、全身の力を振り絞って顔を上げた。


「…………」


 もう一度顔を下げる。

「(……違う! 何か違う! 何なの、この追いつめたネズミを見るような目は!?)」

「――ところで、お前達はなぜここへ?」

 大林が幹部二人に訊く。おかげで赤瀬の“金縛り”から解放されたハルトキは、ほっと息を吐いた。

「ボスがソウシを探しに出かけて、何日ももどらないんで、オレ達が探しに来たんすよ。とりあえずボスが立ち寄りそうな町を回って、ようやく見つけたとこです。ボス達こそ、何を? ソウシは見つかったんすか?」

 大林はしばし沈黙し、うなずいた。

「だがここにはいない。オレが別の使いを頼んだから、またしばらくは帰らない」

「そうすか。でもま、無事でよかったっす」

 安心する青島の横で、それまで無口だった赤瀬が口を開いた。

「それで、お前はここで何をしている? 大林」

 怒っているのか、穏やかではない口調だった。

「そうだ。ちょうどよかった、二人も付いて来てくれ、説明は後でする。急ぐぞハル!」

「え!? ちょっと、待ってくださいよ、ボス、アニキー!」

「…………」

 赤瀬は止まったまま、通り過ぎるハルトキの横顔を見つめていた。


「……兄弟分……。“あいつ”の代わりのつもりか? 大林」


 ボソリとつぶやいた赤瀬の言葉を、ハルトキは微かに聞き取っていた。

 ――止まりそうになった足を、無理矢理前に進めた。



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