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31:夜の勉強会

 その日の夜、夕食を終えた三人は、案内人の指示で本部の『勉強部屋』へ直行した。

 宗萱とグラソンがたまに勉強していて、机の上に山積みになっている本や資料は前のままだが、代わりに学校の教室のように一人用の机と椅子が三つ並べられていた。

 その正面にはホワイトボードと、SAAPが一人。


 何の説明もなしだったのだが、部屋に入って数秒で三人は目的を理解した。

「お勉強会でも開こうって言うの?」

 一応、ハルトキは尋ねた。

[そのとーリです!! さすがは吉野さん。勘が冴えてらっしゃる!]

 高テンションの案内人の声が三人の耳にガンガン響く。

「いいから声を抑えて、抑えて」

[それでは、着席]

 三人は言うとおりに席についた。

 素直に従った三人に案内人は少し驚きながらも、満足そうに開会のあいさつを始める。

[この勉強会は、あなた達にこの世界のことを少しでも知っていただこうという目的のもと、わたくし案内人が企画したものです。この勉強会の四十五分という短い時間で、多くのことを学び、それを今後の活動に活かしていただきたいと思います]


 ――パチパチパチパチ。三人が拍手する(テキトーに)。


 ホワイトボードの前に立つSAAPを指して、マハエが言う。

「その企画はオレらとしても賛成だ。それで、そこに立ってるSAAPさんが先生ってわけね」

[いえ、先生はわたし。それは助手です。なお、この勉強中、わたしのことは『先生』と呼ぶように]

 ぎこぎこと椅子を後ろに傾けているエンドーが、後頭部に両手を回して、

「へー、案内人ってけっこう博識?」

 言った直後、彼の眉間上にチョークが食い込んだ。

 ズダーンッ! と思い切り後ろに倒れるエンドー。

[わたしのことは『先生』と呼ぶようにと言ったでしょう。それに先生には敬語を使うこと! 質問の際は挙手! しかもあなたは全体的に授業態度が悪すぎです!]

 這い上がるように机にしがみ付いたエンドーは正面を見る。

 どうやらチョークを投げたのはSAAPのようだ。眉間より上、一五ミリの位置に、白い丸がくっきりと残っている。案内人の命令で行動するらしい。

[授業態度が悪いと、オシオキしちゃいますよ]

「いや待ておかしいだろ! なぜホワイトボードにチョークが常備してあるの!? ていうか至近距離すぎませんか!!?」

[何ですか遠藤君? バケツ持って廊下に立たされたいのですか?]

「それは地味にイヤです」

 エンドーは座りなおし、姿勢を正した。

 ほか二人もそれにならう。チョークではなくペンが飛んで来ようものなら、エンドーの二の舞どころではない。

[それでは授業を始めます。まずは基本から教えますが、その前に復習です。この世界の中枢的存在である組織の名称は? 遠藤君!]

「えーと、『守民軍』だろ―― です」

[正解。よく覚えていましたね。そう、この世界のことを知る上での基本であり、もっとも重要と言えるのが、『守民軍』という組織です。軍について、あなた達は何も知らないでしょうから、このあたりを重点的に教えていきたいと思います]

 三人は「はーい!」と元気一杯に返事をする。


「……案内人、何かはりきってるね」

 正面を向いたままハルトキが小声で言うと、エンドーが苦笑いをしながら、

「今日オレさ……、案内人に『最近、影薄いぞ』って、言っちゃったんだよね……」

「それのせいだ……」

 マハエとハルトキが同時につぶやいた。


[『守民軍』という名の由来、わかる人は?]

 三人いっせいに挙手。

[はい、吉野君]

「普通に、民を守る軍っていう意味なのではないでしょうか?」

 ほか二人もうんうんとうなずいた。

 だが案内人は「チッチッ」と指を振る(チッチッと言ったのは案内人だが、指を振ったのはSAAPだ)。――この際、目の前のSAAPにすべて教えさせたほうが効率が良いだろう。と、思っても口には出さない三人。

[ハズレです。実は『守民軍』とは、略称なのですよ。正式名称は『守護民統制軍』といいます]

「守護民…… 統制軍?」

 エンドーが復唱する。

[それを理解してもらうには、この世界に伝わる伝説から解いていかなければなりません]

 すると、SAAPがホワイトボードに絵が描かれた一枚の紙を貼り付けた。

[それは測量家が描いた、この世界の測量地図です。正確なものではありませんが、それがこの世界―― この大陸の全体図です]

 三人は身を乗り出して見る。


「これは……」


 その絵は―― この大陸の全体像は、まるで誰かが意図して形作ったような異様なものだった。

「……ドラゴン?」

 ハルトキが目を細める。


 ――まるで、ツノと翼を持つ子供のドラゴンが、縮こまって眠っているような形だ。

[そう、実に異様です。さらに不思議なのが、五つの地方を分ける境界線。ちょうどツノの部分が『ソレィアド地方』、その東、頭の部分が『フーレンツ地方』、さらに東の翼の部分が『サラッバック地方』。南の胴体部分が『クラウルル地方』、その南の尾の部分が『トーネリカ地方』と、はっきりと分かれているのです」

「ふーむ……」

 三人はソレィアド地方の細長い地形を思い出していた。

「そんで、それが軍とどう関係するんですかー?」

 マハエが訊く。

[少し話がそれましたね。つまり、この大陸は五つの地方に分かれている。約五百年前まで、この地方というものは五つの“国”として区分されていたそうです。そしてそれぞれの国には一人ずつ、『聖者』と呼ばれる王のような存在がいました。その聖者達の名が『ソレィアド』、『サラバック』、『クラウルル』、『トーネリカ』、『風烈ふうれつ』]

「なるほど、この地名は聖者の名前が由来していたわけですね、先生」

 授業態度のたいへんよろしいハルトキに、案内人の態度もよろしい。

[吉野君はほんと優等生ですねぇ。先生ハナマルあげちゃいます]

 その横で「猫かぶりが」と舌を鳴らす二名。

「先生ー、地名の由来はわかりましたー、でもまだ軍との繋がりが見えてこないんですけどー」

[はいはい、話は最後まで聞きましょうね、小守君ー]

「(だんだん態度がでかくなってきてる……)」

[『風烈』という名前は、後に『フーレンツ』と呼ばれるようになりました。フーレンツ地方の人々に漢字名が多いのは、風烈の国だった頃の名残なのですねー。――と、ここまでは前置きです。ここからは、この世界に伝わる昔話ですが、真面目に聞いてくださいね]

 三人はうなずく。

 エンドーの眉間上にチョークが食い込んだ。

「――っ!? いったあぁ!!? 今、オレ何かした!?」

[SAAPがヒマそうにしていたので]

「……先生にとって、オレって何?」

 机に突っ伏すエンドーを、マハエとハルトキがよしよしとなぐさめる。

 案内人はかまわず話を始める。


[五百年前、戦争もない平和なこの世界に、突如強大な力を持つ魔物が現れ、人々を、世界を壊し始めました。山を焼き尽くし、大地を割り、陸を沈めるその力に、人々は恐れおののき、逃げまどうばかり。それでも魔物の破壊は止まることを知らず、世界は滅亡への一途をたどっていました。――逃げているだけでは無駄死にも同然。世界を守るため魔物を倒すべく、五つの国は結束し、五人の聖者を中心とした一つの国、『守護民』が誕生しました。戦うのは兵ではなく、すべての民。……多くの民が散ってゆきました。ですが戦いの末、魔物は聖者達の手によって滅ぼされ、世界は平和を取りもどしました]


「…………」


 おとぎ話のように話す案内人だが、マハエとハルトキはひたすら耳をかたむけている。――エンドーは必死に額をこすってチョークを落としている。――どんなに非現実的な話でも、この世界にいる以上否定はできないのだ。

[――戦いが終わると、聖者達は守護民を―― つまり世界を統制する組織を築き上げました。それが現在の軍の始まり、『守護民統制軍』です]

 話が終わると、[質問はありますか?]と案内人が訊き、ハルトキが挙手する。

「先生、軍の創始者が聖者達だということはわかりました。そしてその戦いの歴史が真実だとして、聖者達って何者でしょう? 強大な魔物を滅ぼすほどの力を持っていたと?」

[記述によりますと、聖者達自身も特殊な力を持っていたとか。……なぜか聖者に関する詳細は不明なのです。守民軍本部がクラウルル地方にあるところから、クラウルルが五人の中ではリーダー的存在だったのではないかと考えています]

 案内人に反抗しているのか、エンドーは気分悪そうに、思い切り顔を歪めている。

「ケッ、本当に実在したのかねぇ〜? 怪しい話だ。五百年って、人間、がんばりゃそのくらい生きられるぜ」

 と、今にも床にツバを吐き捨てそうだ。

[はいはい。あなたなら、もしかすると生きられるかもしれませんね。――とまあ、軍の由来はどうであれ、今の“平和”な世に守護民など必要ありませんし、軍の存在意義も変わってきました。今は平和維持を目的とした、ただの小さな勢力にすぎません。世界滅亡の危機になど、とても立ち向かえるものではないでしょう。このまま彼らの平和ボケが続くよう、あなた達にはがんばってもらわなければなりません。ですから……、よろしくお願いします]

 案内人の代わりにSAAPが頭を下げた。

「先生……」

 突然下手に出られたものだから、マハエもハルトキも反抗していたエンドーさえも、言葉を詰まらせた。下がったままのSAAPの頭に、案内人の気持ちが表れているようだった。どうがんばってもフォローしかできないという悔しさと、この世界に対しての愛情のようなものがうかがえた。

 三人は顔を見合わせ、「ふっ」と笑った。


「先生、キャラが不安定ですね」


 三人の眉間上にチョークが食い込んだ。

[おだまりなさい、授業を進めるわよ! ちゃんとついてきなさいよね!]

「先生、スパルタなのかツンデレなのかはっきりしてください。ていうかどっちも極めてキモイです」

 額をこすりながらマハエが言った。

 エンドーがゆっくりと手を挙げる。

「あのさ先生、質問いいすか? “噂”で聞いたんだけど、この世界の孤児院って、軍が所有してる施設だけだって……、その施設では子供を兵士として育成しているとか……。それってマジ?」

[民間の施設もいくつかはありますが、ほとんどはそのとおり、軍の施設ばかりです。身体や脳、精神に障害が認められない子供は、十歳から―― 才能があると判断された子供は七歳から戦闘兵や衛生兵としての訓練を受けさせられます]

「そうなのか……。でも、なんでわざわざ施設を設けてまで兵士を育てようとするんだ? 平和維持のためだといっても、やりすぎじゃないか?」

[まあ、疑問を持つのも当然でしょうね。わたしにも詳しいことはわかりませんが、何かと事情があるのでしょう。人員不足かあるいは、非常時に備えているのか。……軍は平和ボケしている、とは言いましたが、もしかすると五百年前のような世界の危機に備えているのかもしれませんね]

「…………」

 だがエンドーは納得いかないという表情をしている。

「なんで子供を利用するようなことをするんだ? 大人の事情で孤児になって、大人の事情で軍に服することになる。……何のために産まれてきたのかわかんねぇよ」

 マハエとハルトキも彼と気持ちは同じで。

「同感だよ。大人が子供のためにすることは、選択肢を与えてやることだ。無理矢理に手を引っ張って一つの道を進ませるなんてこと、ボクは認めたくない」

[そうですね。しかしそれがこの世界の現実です、仕方ありません。――守民軍という組織は複雑で、外側から見れば、謎が謎に包まれて、高温の油でカラッと揚げられたようなものです]

「味付けは塩ですか? 醤油ですか?」

「食いつくなエンドー。今のは明らかにふざけるタイミングを間違えてたぞ、先生」

[守民軍について教えられることは数少ないのです。ですが、あなた達には少しでもこの世界のことを知っていただきたい]


 ――キーンコーンカーンコーン


 SAAPが鉄琴を叩いた。

[ちょうど終了の時間です]

「お前が鳴らさせてんだろ」

 エンドーの眉間上に黒板消しが貼り付いた。――バフン!と。

「…………」

[今日の授業内容、帰ってからしっかりと復習しておくように! 期末テストに出ますよ! ……どうしましたか、遠藤君? 顔色悪いですよ? テストの心配ですか?]

「顔面チョークまみれだよ!! つーか、ホワイトボードに黒板消し常備すんじゃねぇー!! そしてなぜチョークが付いてる!?」

 エンドーが吠えるたびに粉が舞い、マハエとハルトキへ二次災害。

[わたし、そろそろスリープモードに入りたいので。みなさん、早寝早起きは大切ですよ。――では、また次回をお楽しみに〜]

 スタスタとSAAPが出て行き、三人を部屋に残して、パタンとドアが閉まった。


 ハルトキがエンドーを見る。

「……次回あるんだって」

「ボクたん泣くぞ」

「ま、せいぜい期待しないようにしよう」



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