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29:行動あるのみ

「グラソングラソングラソングラサングラソン」

「何だ京助?」

「さて、今何回グラソンと言ったでしょう?」

「四回」

「…………空気読めよ」

「何のだ?」


 『シラタチ』本部の廊下で、エンドーがグラソンを呼び止めた。

「今、時間あるか? 実はな」

「オレの都合はお構いなしか」

「実は昨夜、町で妙な気配を感じたんだ」


 ――エンドーは少女が使った魔力のこと、廃工場に住む孤児達のことを早口に話した。

 グラソンはうなずきながらその話を聞いていた。


「あれは間違いなく魔力だったよ。そんで相談が――」

「おや、遠藤さんも気付きましたか」

 宗萱がグラソンの後ろから歩いてきた。

「彼らは、『存在しない子供達』と呼ばれる、親や親族に捨てられた子供の集まりです」

「……“存在しない”?」

「大人に対して心を閉ざしてしまい、働き口など見つかりませんから、盗みや残飯集めで生活しています。ゆえに町民達からは忌み嫌われ、彼らを人として見ようとする者は少ない。……ゴミと同じだと“人としての存在”を否定されているのです」

 宗萱は気分悪そうに、「かわいそうな子達です」と言った。

 話を聞いてもっと気分を悪くしたのはエンドーだ。彼はその目でしっかりと生きている彼らを見た。人に違いないのに、一番見捨ててはならない大人が彼らをゴミと呼び、その子供もまた彼らをさげすむ。

「……いつから気付いてた?」

 エンドーが訊く。

「何度目かに港町へ行ったときだ。お前と同じように、微かな魔力を感じた」

 何度目かに―― それはエンドー達が、今回この世界へ来たときよりもずっと前からだろう。

「……何でよ?」

 エンドーはにらむような目を宗萱とグラソンに向けた。

「何でそんな前からあいつらの存在に気付いてて、ほったらかしにしてんだよ? 見て見ぬフリしてんだよ? お前らも町の冷たい連中と同じか!? オレはお前らなら―― 『シラタチ』ならあいつら助けてくれると思ったから相談に来たんだぞ!」

 エンドーは怒りをぶつけた。だがグラソンは表情一つ変えず、宗萱は帽子を下げてうつむいている―― 目をそらしている。信じていた『シラタチ』の、思いがけない裏切りに思えた。最高責任者がこれでは、組織全体が動くことはない。

「お前らセルヴォになって―― 人になって、人の心を理解できるようになったんじゃねぇのかよ!? それなのに――」


「オレ達にどうしろってんだ?」


 グラソンが冷たい表情でエンドーを見下ろす。

「どうって、そんなこと決まってんじゃねーか!」

「やつらに食事を与え、住む場所を与えろと? 勘違いするな、『シラタチ』はよろず屋じゃないんだぞ。軍に属していない以上、軍からの援助はほとんどない。オレ達が組織として活動できているのは、デンテールが残した遺産のおかげだ。いいか、『シラタチ』が救おうとしているのは、この世界そのものなんだ」

「…………」

 エンドーは歯を食いしばって憤怒を抑えた。

 グラソンのすました顔にツバを吐きかけてやりたくなった。――いかにも“大人の言い分”だったから。だが何も言い返せないのは、それが“大人の事情”でもあったから。悔しいかな、エンドーもその事情をよく理解できる。グラソンの言い分は正しいと。自分が言っていることが、“子供のわがまま”なのだと。

「……けどよ、せめてあいつらに住む場所くらいは―― あんな廃墟じゃなくてさぁ……。そうだ、この城なら広いし部屋もたくさんある!」

「遠藤さん、よく考えてください。我々はテレポート装置のおかげで、簡単にこの城へ移動できます。ですが実際、ここと港町は離れた場所にあるのです。あの子達に廃墟を捨てさせ、町から遠く離れたこの城へ住めと? それでは彼らの食料調達もままなりませんよ」

「…………」

 言い返す言葉がない。たしかにそうだ。子供達をここに住まわせれば、食料のめんどうまで見なくてはならなくなる。――何か良い方法はないか。エンドーは冷静になって考えた。――つまり、あの子達の保護が『シラタチ』にとってボランティア活動でなくなればよいのだ。

「……あの少女が持つ魔力について、どこまで知ってるんだ?」

 エンドーの問いに、宗萱もグラソンも首を横に振る。

「ほとんど何もわかっていない」

「それなら、彼女が持つ魔力について研究してみる必要はないのか? 彼女の力を研究させてもらう代わりに、こっちは生活の援助をするっていうのは?」

 いい案だと思った。これなら宗萱もグラソンも首を縦に振ってくれると。

「たしかに、魔力というものが何なのかを知るには必要なことだ。だがオレと宗萱は、とくに気にすることではないと思っている。オレ達にとっての魔力は、“戦うための力”。それ以外の何でもない」

「そんな……、自分の力について少しも知りたくないってのかよ!? なんで――」

 

「遠藤さん、そんなにあなたは、あの少女を戦いに巻き込みたいのですか?」


 宗萱の言葉は落ち着いていながらも、冷たく胸にムチ打つものだった。


「彼女の力を研究するということは、彼女を『シラタチ』に深入りさせるということ。この戦いの渦に巻き込んでしまうかもしれないということです」

「…………」

「この世界の人々は、この世界の平和が、たった一本の糸でかろうじて繋がっているだけだということを知りません。……この戦いがどういう結果に終わろうと、最後まで何も知らないままのほうが幸せなのでしょう」


 ――今度こそ何も言い返せなかった。自分達の都合だけではなく、他人にとって一番となることをも考えての結論だったのだ。宗萱達も、最初はエンドーと同じことを考えていたのかもしれない。

 そう思うとエンドーは恥ずかしくなった。

 ――しかし、少女の件をあきらめたわけではない。魔力というものが何なのか、それは『シラタチ』とか関係なく、エンドー自身が個人的に知りたいことだった。

「……じゃあさグラソン、活動費、前借りさせてくんない? マハエとヨッくんの分も」

「かまわんが……。廃墟の子供達とは関わるんじゃないぞ」

 エンドーは何も答えず、二人に背を向けると適当に手を振った。



[エンドーさん、どうか二人を責めないでください]

「べつに責めてない。わがままを言ったのはオレのほうだからな」

[なぜあの子供達のためにエンドーさんがそこまで? やはり自分と重ねて見てしまいますか?]

「……許せねぇんだよ、大人を。身勝手な大人達をな。……それはそうと案内人、お前最近、影薄いぞ?」

[余計なお世話です。エンドーさんはわかってますか? グラソンさんが言っていたように、あの子供達とは関わらないようにしてくださいね?」

 エンドーは立ち止まり、腕を組んで少し考えるしぐさをしてから言った。


「それは無理だな。オレあそこに忘れ物しちゃったんだよねー」






 正午になり日が真上に昇ったが、この日の港町は心地よい海風が通り、昨日よりはずっと過ごしやすい午後となることが予想される。

 町の大通りで子供達が嬉しそうに走り回る姿を、母親が、おばあさんが、家の窓辺で微笑みながら見守り、商店でも、お使いに来た子供におじさんやおばさんが「おりこうだね」と笑いかけ、子供も照れくさそうに笑う。

 ――町の中心部は温かい笑いにあふれている。


 ――微かに耳に入ってくる楽しげな声を、サーヤは少しもうらやましいなどとは思わない。


 いつからかあきらめていた。今日を、明日を生きることで精一杯で、夢も目標も何もない。

 サーヤは笑い声一つない廃工場を見回した。ここにいる子供達もそうだろう。ただ今を生きているだけ。生きることの楽しさも、喜びもない。……ただ感じるのは空腹と虚脱感だけだ。


「(ほんと、いつからだろ?)」


 とうの昔に、笑顔の作り方なんかわすれてしまっていた。


「姉ちゃん……」

 男の子がサーヤの服を引っぱり、門を指差した。門の外で人影が揺らいだ。

「あいつ……!」

 大きなバッグを背負ったエンドーだった。

 エンドーは躊躇なく工場の庭に入ると、重そうなバッグをドサッと地面に置いて一息つく。

 サーヤのまわりに子供達が集まる。「何をする気なの?」と恐れているが、エンドーはそ知らぬ顔でごそごそとバッグをあさり、木炭の束を取り出し、次に火鉢を二つ地面に置いた。

 ――何かの嫌がらせに違いない。

 そう思い、サーヤは子供達を背中にまわして叫んだ。

「出て行って! 何をしたってムダよ! この子達は私が守る!」

 だがエンドーは見向きせず、パタパタとうちわで火鉢をあおいでいる。

 そこからはサーヤも何も言わずに、身構えたまま成り行きを見ていた。


 ――数分後、火鉢の中ではパチパチと炭が音をたて、香ばしい匂いが辺りを漂っていた。火鉢の金網の上では、串に刺さった魚の切り身や貝やタコが、特製のタレを塗られてあぶり焼きにされ、したたる脂とタレがはじけてたまらなくおいしそうな香りを放つ。

「そろそろかな〜。お、これはもう焼けてる〜」

 子供達がいっせいにつばを呑む。

 空腹を満たせない、空腹しか知らない彼らにとってはこの上なく酷な光景だ。

「やめなさいよっ!! 何なのよあんたは!? どうして私達をいじめるの!? 悪いのはあんた達、町民でしょ!? 私達に手を差し伸べてもくれない、振り向いてもツバを吐きかけるだけ! 私達がこうなったのは全部あんた達のせいなの!! 私達の気持ちなんか一つだってわかりもしないくせに!!」

「……ぎゃーぎゃーうるさいなー。早く食えよ、うまいぞ」

「…………は?」

 サーヤは呆気にとられて立ち尽くした。

 エンドーの言っている言葉の意味がわからなかった。彼が嫌がらせでこんなことをしているのではないと気付いたときには、サーヤの周りにいた子供達は駆け出して火鉢に群がっていた。

「たくさんあるから取り合いするなよ、腹いっぱい食え」

「ちょっと、みんな……」

「お前も食えよ」

 よく焼けた一本をサーヤに差し出すが、サーヤは警戒したままエンドーから視線をそらさない。

「……なに企んでるの? それとも哀れみ?」

「前に言ったろ? 訊きたいことがある」

 サーヤは少し考えてから鼻を鳴らした。

「取引ってわけ? 悪いけど、私はのらないわよ?」

「そうか。でも、この子達はもう食べてる」

「…………」

 ニヤリと笑うエンドーに、しまったと顔を歪めたサーヤ。少しの間迷っていたが、やがてあきらめて肩をすくめた。


「……卑怯ね」



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