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28:切り離された子供達

 朝――

 エンドーは本部の休憩室で目を覚ました。といっても、ほとんど寝ていない。

 畳の上で座布団をまくらに仰向けになると、ずっと天井ばかりを見つめて、昨夜見た光景を何度も思い返しては、それについての考えをあれこれと巡らせていた。


 ――狭い路地に少女が逃げ込み、その後を三人の男が追って入った。エンドーはすぐに駆け出し、路地を覗き込むと、ちょうど少女が悲鳴をあげて両手を突き出していて――


 エンドーは起き上がって頭を振った。

「まさかそんな……」

 だがあのとき感じた気配はたしかに―― エンドーが見た光はたしかに―― 少女の両腕から発せられ、男を倒した青白い電気のようなものは――

「あれは“魔力”…… だった?」

 一度頭の中を空っぽにし、ぼんやりと数分を過ごしていると、ドアがノックされ、SAAPが皿に乗ったコーヒーカップを運んできた。

「すまんね、気を使わせて」

 心づかいのコーヒーを受け取ると、SAAPはお辞儀をしてすぐに休憩室から出ていった。

「働き者だこと」

 ブラックのコーヒーに角砂糖を三つ、ミルクをたっぷりと入れ、ぼーっとしながらかき混ぜる。


 魔力と魔力は共鳴し合う。身近な場所であからさまに魔力が発せられれば、魔力を持つ者ならすぐにそれを感じ取る。――あのとき少女が発したそれも、宗萱やグラソンが戦闘時に発する魔力と同じように感じた。


 熱いコーヒーを一口すすると、それまでさんざん考えていた謎が、すんなりと答えとして頭にしみ込んだ。

 ――『だった?』じゃない。あれは魔力だったのだ。

 だがそう考えると疑問は深まる。

「……魔力って何なんだ?」

 今まで特別なもの、人間世界はもちろん、セルヴォ世界の中でも異質なものだと思っていた魔力が、“この戦い”とはまったく無関係のはずの幼い少女に宿っていた。――魔力って何なんだ?―― 自分の体の中に流れる力が―― 戦いの中で培い、理解してきたつもりだった力が、やはり底知れず得体の知れないものだと改めて思い知らされた。

「(やっぱりグラソンか宗萱に報告しておくべきかな?)」

 そう考えたが、まずは自分なりに行動するべきだと結論を出し、コーヒーを飲み干すと気合を入れて立ち上がった。



 朝の港町は活気に満ちている。新鮮な魚介類が並ぶ港の市場、野菜や調味料などを売る店にも、仕入れや買い物をする主婦達でごった返している。隣町からわざわざ出向いてくる人も少なくない。

 ――そんな賑やさは町の中心にかぎり、人々の声を遠くに聞きながら、エンドーは町外れの静かな廃墟地に立っていた。

 夏だというのに寒さを覚えるのは、そこに人の気配がないだけではなく、港周辺の騒がしさからはあまりにかけ離れた、港町の裏側にいる気分になるからだろう。そこは切り捨てられた、町の要らない部分、人々から忘れ去られた、存在してはいない部分とさえ思わされる。

 エンドーは昨夜の記憶を頼りに、少女が逃げ去った方角へと歩き、この場所にたどり着いた。テレポート装置がある小屋からそう離れてはいない場所だが、今までとくに気にしたことがなかった。

 こんな場所にあの少女がいるとは思えなかったのだが、ちょっとした冒険心もあって、立ち入ってみることにしたのだ。

 黒く変色した壁やツタに侵食された壁、雑草が茂る庭には朽ちた犬小屋。――空っぽの家々が不規則に並び、さながら迷路のようだ。

「誰もいない、よな?」

 このまま奥まで進むとモンスターでも出てきそうな雰囲気で、エンドーは引き返そうとした。が、そのとき、近くで子供の話し声が聞こえた。

 振り向くと、壁に囲まれた小さな廃工場があり、その中から子供数人の声が聞こえてくる。

 表門から覗くと、こざっぱりした庭を隔てた向こうにある廃工場の前に、三人の子供が座り込んでいた。


 ――なぜこんな場所に子供が?


 そんな疑問が、まず浮かぶ。

 エンドーはそろりと門から庭に踏み込んだ。

 子供は女の子が一人、男の子が二人。いずれも小学校低学年くらいの子だ。――と、工場の入り口からさらに三人出てきた。二人は高学年ほどの女の子。そしてその子達に両側から手をつながれた、あの少女。

 エンドーは立ち止まって、「どういうことだ?」と考えた。この光景はどう見ても、この廃工場に住んでいるとしか思えない。

 ――つまりこの子達は……。


「……!」


 少女と目が合った。

 庭の中ほどで立ちつくすエンドーを少女はいぶかしげに見つめ、子供達は不安そうな顔で彼女の後ろに隠れる。

「……何か?」

 ぶっきらぼうに少女が訊く。隠れる子供達を守るように、反射的に右手を横に出している。

 昨夜は暗くてわからなかったが、少女が身につけている服はボロボロで、ひどく汚れている。少女だけではなく、ここにいる子供達全員が。

「……あー、えーっと、オレさー、昨日の夜キミが男に追われているのを見て――」

 少女の顔が歪んだ。本人にとっては思い出したくもないことだったのだろう。

「スンマセン。……それで、あのときキミ、変わった力を使ってたよね? あれってさ――」


「帰ってっ!!」


 突然響き渡った少女の叫び声に、エンドーは驚いて一歩引いた。

「私は見世物じゃない!! あんたも私を化け物みたいに見るんでしょ!? 私は化け物じゃない!!」

「違う! オレはただその力を――」

「私にかまわないで!! どうせあんたらは私達なんて人として見てないんでしょ!? ただのゴミだとしか思ってないんでしょ!? 出て行ってよ!! お願いだから私達なんかほっといてよ!!!」

「ちょ……」

 エンドーは半分開いた口を閉じた。

「(そうか、この子達は……)」

 親に捨てられ、世間に捨てられた孤児だ。帰る場所も頼る人もない、辛い思いをかみ殺しながら自分達だけで必死に生きてきた……。

 少女は肩で息をしながら、血走った眼でエンドーをにらみ付け、必死に怒りを冷ましているようだった。子供達も驚いたようで、泣き出しそうな顔になって少女を見上げていた。

「……わかったら帰って。話すことなんて何もないわよ」

「…………」

 子供達に「ごめんね」と言い、エンドーに背を向けた。


 ――今は帰るしかない。あの状態では何も聞き出すことはできないだろう。


 エンドーは少しの間、少女と彼女を囲む五人の子供を見ていた。

 親に捨てられた、親を失った子供達なんて見慣れていたつもりだった。何より、自分がそうだから。しかし今、目の前にいる彼女達は、今まで見てきた誰とも違って見えた。彼女達からは笑顔を想像できない。一人ひとりが孤独を引きずっているような―― 悲しみや怒りや憎しみを消す術を知らず、ずっと引きずっているような、そんな感じがした。エンドーは親に捨てられた。でも施設に入って園長や先生、マハエやハルトキと出会って苦しい過去を忘れることができた。周りの大人達が、とても温かかったから。


「子供同士では、せいぜい傷の舐め合いしかできないんだ……」


 本当に子供の傷を癒すことができるのは、大人達の温かい手だけ。

 ――どうにかしてやりたい。

 哀れみなどではなく、真剣にそう思った。

 となれば、やることは一つしかない。彼の中で名案が浮かんだ。

「よし」と、エンドーは踵を返そうとし、ピタリと動きを止めた。


 ――背筋がゾクッとする。いつの間にか背後を取られた。


 ざっと振り返ると同時に拳を構える。

「おっと! ぶっそうはいけねぇ!」

 少年が立っていた。

 背はエンドーよりも低く、歳も二つほど下らしい。あの少女と同じくらいだろう。薄汚れた服にジャケットを重ね、頭にはベレー帽をかぶっている。

「誰だ?」

「誰だ? とは、そりゃぁこっちのセリフだぜ」

「後ろに何隠してる?」

 エンドーに指差され、少年は慌てて両手を見せた。

「何も持ってやしないって。ところで“うち”に何の用で?」

「ああ、ここの人か。いや、別に大したことじゃないんだ、今すぐ帰る。悪かったな」

 エンドーは少年の横を通り、足早に門から出て行った。


 ――少年はしばらく警戒するように門のほうに目をやり、エンドーの気配が遠くへ行ったのを確認すると、少女のもとへ。

「おかえり、ジン」

「サーヤ、何かあったのか? 誰だあいつ?」

 ジンと呼ばれた少年と、サーヤと呼ばれた少女。二人は無表情で言葉を交わす。

「……何でもない。ただのゲス」

「ただのゲスか。それにしても何者だ? オレぁ完全に気配消してたんだけどなぁ、あの野郎、感付きやがったぜ」

「偶然でしょ」

「ま。いただく物はいただいた」

 ジンは笑顔になり、隠し持っていた物を見せた。

 それは革製のソードホルダーにおさまった銀色の短剣。エンドーから盗み取った物だった。

「いい品ね。銀製?」

「いや、鉄製だ。でも見てみろよ、こいつにはまってる宝石はきっと高く売れるぜ。見たことねぇ石だ」

 サーヤが短剣を受け取って、キラキラと純粋な瞳で青い石を覗き込んだ。

「ほんと、綺麗……」

 その石はまるで、海を小さく縮めたかのように底が見えず、吸い込まれそうになる。サーヤの魂はざわざわと波打っていた。――そっと、なでるように石に触れてみる。


「――!!?」


 サーヤはビクッと反射的に短剣を手離した。まるで短剣が突然高熱を発したかのように。

 いきなり青ざめて固まるサーヤを、何事かとジンや子供達が見やる。

「どうしたんだよ、サーヤ?」

「……何なの、これ?」

 自分の手を凝視する彼女の声は震えていた。

 石に触れた瞬間たしかに感じた、指の先から全身の力が流れ出る感覚。気のせいなどではない、形がありそうなほどにリアルな感覚だった。

「…………」

 地面に突き刺さった短剣は、妖しい輝きを放っていた。



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