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27:道化師は夜に笑う

 深い沈黙の空間に、ピリピリと緊張が張り詰める。


 ――ここは戦場。


 マハエは頬を伝う汗にさえ気付かず、ひたすらに目の前の“敵”をにらみ続けている。

 闇を照らすのは、ただ一本のロウソクに灯った頼りない小さな明かりのみ。

「どうしたんだい? 早くしてくれよマハエ」

 挑発するようなハルトキの言葉。マハエはつばを飲んで、恐る恐る手を伸ばした。


 丸テーブルの中央で、ロウソクの炎がゆれる。


 ロウが溶けて流れ、少しづつ寿命を縮めていく炎の下で、オレンジ色に照らされたカードの中では、道化師の絵が不気味に笑いながらその戦いを傍観している。

「――よし」

 二枚のカードが道化師のとなりに捨てられた。

 次にハルトキがエンドーへ手を伸ばす。――慎重に指を動かし……、カードを一枚引いた。

「……さすがにここまで来ると、なかなかそろわないね」

 手の中のカードを確認し、ハルトキは肩を落とした。

 ハルトキの手札は三枚、マハエとエンドーは四枚。――トランプゲームの定番中の定番といえば『ばば抜き』だろう。簡単なルールで覚えやすく、何より奥深い。そして一番大切なのは、必ずしも運まかせだけのゲームではないということだ。


「おいおい誰だ? ジョーカー持ってるやつは?」


 マハエが二人の顔を見回す。

「おっと、その手は通用しないぜ、マハエ。自分は持っていないとアピールしておいて、実はお前がジョーカーを持っているんだ」

 エンドーは迷わずマハエの左端のカードを引いた。

「『7』か。残念」

 勝負はいかにして相手を欺き、思い通りのカードを引かせるか、また相手の心を読み、思い通りのカードを引くかにかかっている。

 マハエが慎重にハルトキの手札から引き、ほっとした表情でそろったカードを捨てる。


 ――なぜ彼らがこれほどまで真剣になっているのか。それはエンドーの「ババ抜きしようぜ」の一言から始まった。けっきょくこの日は何もすることなく終わり、エネルギーの有り余った三人は眠れぬ夜を過ごしていたのだが、変にテンションの上がったエンドーが続けて放った、「負けたやつは一人称を『ボクたん』に変えること」という思いつきの一言から、この状況に。

 なんと恐ろしい思いつきか……。自分のキャラを守るために彼らは全力で戦う!


 ――現在はマハエが三枚、ハルトキが二枚、エンドーが四枚になり、次はハルトキがエンドーから引く番だが……。

「ここで良いカードを引けば、ボクの勝ちは決まりだ。“ばば”を引かなければ、ね」

 ハルトキに目を見すえられ、エンドーは驚きで瞬きすらできない。――こめかみから汗が流れた。

「キミはマハエがジョーカーを持っているとにらんだわりに、カードを引く手に迷いがなかった。自分がジョーカーを持っているとボクに悟らせないよう、とっさにマハエの言葉を利用したんでしょ? 同時に持っていないマハエはボクが持っていると思い込んで動揺し、判断力を鈍らせてしまう」

「…………」

 エンドーは目をそらした。

「そして相手にジョーカーを引かせようとするには、どこに置くのがベストか……。一番引きやすい右端か、それとも―― おやおや、真ん中にあるのに不自然に取りやすい配置になっているそのカードか」

 ハルトキはニヤリと笑った。エンドーはじっと無表情で、手元のカードに視線を注いでいる。

「その真ん中がジョーカーと見て間違いない!」

 右端に手を伸ばすハルトキに、エンドーが微かに笑った。


「これはフェイクだよ、ヨッくん。真ん中はジョーカーじゃあない」


「――!?」

 カードに触れる直前、ハルトキはピクリと手を止めた。

「……う、嘘だ」

 動揺するハルトキを見て、エンドーは満面のニヤケ顔。

「(嘘に決まってる! 真ん中がジョーカーじゃないのなら、そんなことを言う意味がない!)」

 二人のにらみ合いは続く。

 エンドーは自分が優位に立ったのを感じた。ハルトキの推理どおり、ジョーカーはエンドーが持っている。そしてこれまた推理は当たり、ハルトキが疑ったとおりの位置にそれはある。


 ――それでも、優位に立ったのを感じた。


 なおもにらみ合いは続き、ヒマそうに眺めていたマハエが「ふあぁ〜」とあくびをする。

「……無駄なあがきだったか。好きにしろ」

 エンドーはため息をつき、大人しく手札を差し出した。

「悪いね。勝負は非情なりだよ」

 エンドーを打ち負かして満足そうに、あらためて右端を引いたハルトキだが、カードをひっくり返して笑顔を凍りつかせた。

「ジョーカー……」

 満足そうに笑ったのはエンドーだった。

「(どういうことだ? まさか初めから真ん中は無関係だったということか? いや、それではつじつまが合わない。なぜエンドーはあのとき―― そうだ、あのときまでは間違いなく真ん中がジョーカーだったはず。ということは途中ですりかえて……)」

 ハルトキは気付いた。エンドーとにらみ合っている間、カードの位置をすりかえるチャンスを彼に与えてしまっていたことに。――すべてはエンドーの計算だった。

「遠藤京助、恐るべし……」

 ハルトキは力尽きるようにテーブルに突っ伏した。


 ――その後エンドーとハルトキのだまし合い、読み合い合戦は続いたが、いち抜けしたのは意外とノーマルに戦っていたマハエだった。

「ちっ、マハエのくせにー!」

「さてさて、『ボクたん』はどちらかな〜?」

「見てろ! すぐにケリつけてやる」

「すぐにだと? ふん、それはこっちのセリフだ。泣きを見ることになるぜ?」

 ハルトキはエンドー以上にメラメラと燃えていた。

「ヨッくんキャラ変わってる……」

 よほど必死なようだ。


 勝負はどちらがババを持つかにかかっている。現在はハルトキがババ持ちだ。

「さぁて、キミは残り二枚、ボクは残り三枚、うち一枚がジョーカーだ」

 ハルトキが引き、そろった『キング』を捨てた。手元に残った『7』とジョーカーを見、エンドーに差し出した。

「『7』を引けばキミの勝ちだ。ちなみに、ジョーカーはキミから見て左だよ」

 左のカードを持ち上げ、挑戦的にニヤリと笑う。

「……陽動作戦か、オレには通用しないぞ。けっきょくのところ二分の一なんだ、たとえここでオレがジョーカーを引いたとしても、延長戦になるだけだからな」

「それじゃあ、これならどうだい?」

 ハルトキは二枚のカードを裏の状態でテーブルに並べ、ジョーカーのほうを返してエンドーに見せた。それをもう一度裏返し、左右のカードを素早く動かし、シャッフルした。

「…………」

 カードの動きを目で追っていたエンドーは、テーブルに並んだ二枚を見て勝利を確信した。

 ――ジョーカーは右。左を選べば、勝利する。

「(さらば、ヨッくんのクールキャラよ。今まで楽しかったぜ……)」

 エンドーは思い出を振り返りながらカードへ手を伸ばす。――そのとき、ハルトキにささやくマハエの声が聞こえた。


「うまくやったな」


 瞬間、エンドーは手を止め、その言葉の意味を考えた。

「(――うまくやったな?)」

 エンドーはたしかにその目で的確にシャッフルされるカードを追った。動体視力はそれなりに良いほうだと自負している。――自分が選んだカードが安全だと自信を持って言える。

「(……自信を持って言える? 本当にそうか? ――そもそもヨッくんがこんないいかげんなことに勝負をかけるだろうか? 本気のヨッくんはそうじゃない。……これは何かあるぞ! ヨッくんの正面に座るオレに気付かないところで細工があったのかもしれない!)」

 一瞬で考え、エンドーは逆のカードに手を動かした。

「こっちだぁー!」

 エンドーが選んだ、本来ならばジョーカーのはずのそのカードは、ひっくり返すと―― やっぱりジョーカーだった。

「…………おや?」

 エンドーは不思議そうな顔でマハエを見た。マハエは知らん顔で天井を眺めている。

「ふー、危ない危ない。ひやひやしたよ。いいかげんなことするものじゃないね」

「マハエくーん。さっきハル君に何か言ってませんでしたか? うまくやったなとか」

「え? 何のこと?」

 ――そのときエンドーは気付いた。敵はハルトキだけではないと。なぜかはわからないが、マハエとハルトキは同盟を結んでいるらしい(当然ことだが、むちゃくちゃな思いつきをしたエンドーに味方はいない)。

 気を取り直し、エンドーは作戦を思案した。だがこれといって良い方法は思いつかない。今の彼はあまりにも不利だ。

「(不利、か……)」

 しばらく、できる限り頭をフル回転させたが、今のハルトキを打ち負かす良い案は出てこなかった。運に任せるても勝てる気はしない。今更「やっぱりナシにしようぜ」なんてのはプライドが許さない。となればここは―― エンドーはテーブルに、カードを表向きで投げ出した。

「いい勝負だったよ、ヨッくん。もうオレに力は残ってない。……好きなほうを選べ。煮るなり焼くなり揚げるなり、な」

 ハルトキはジョーカーと『7』のカードを見比べてから、エンドーを見た。

「負けてもいいの?」

「負けるのは悔しい。けど、オレの全力は出し切った。……運に任せるのも性に合わんしな」

 いかにも悔しそうに天井を仰ぐ。

 エンドーはよくわかっている。ハルトキは優しいやつだ。

 ――困ったときにはいつも助けてくれた、頼れる親友だ。見捨てたことなど一度も…………、少なくとも百度はなかったはずだ。

 ここはハルトキの優しさにすがるしかない。彼ならこの勝負をドローで終わらせてくれるはず。

 ハルトキが「やれやれ」とため息をついた。それからカードを投げ出す音を聞いて、エンドーは涙を流しそうになった。

「ありがとうヨッくん……。何だかオレ…… オレはっ……」


「なに言ってんの? 『ボクたん』でしょ?」


「…………へ?」

 エンドーは耳を疑った。見ると、残っているのはジョーカーのみ。墓地には組になった『7』のカードが捨てられていた。


 エンドーは負けたのだ。


「あのー、オレさー……」

「『ボクたん』ね」

「…………」

 残酷に笑うマハエとハルトキが、ジョーカーの中の道化師よりも恐ろしく不気味に見えた。

「……オレは…… オレは……。――もうお前らとは絶交だあぁーーー!!!」

 ガンッ!と椅子を蹴飛ばし、エンドーは乱暴に部屋から出て行った。

「あいつの魂胆はバレバレなんだよ」

 ハルトキはもう一度「やれやれ」とため息をついた。

 どこかで、「ボクたんもう知らない!」というエンドーの声が小さくこだましていた。






「頭くんなぁ、もう!!」

 エンドーは夜の闇に怒声を撒き散らしながらズシズシと闊歩する。

「もう一生、口きいてやんない!!」

 この怒りは明らかに自業自得なのだが……。

 宿から少し離れたところで立ち止まり、振り返ってみる。誰も追ってこない。エンドーはさらに立腹。――ハルトキかマハエでも追ってくるようなら、仕方なく許してやる気にもなれただろうが。

「もういいよ!」とぷりぷりしながら、本部にでも行こうと再び歩き出したとき、何かの気配を感じてもう一度立ち止まった。

「……なんだ?」

 今まで何度か感じたことのある気配だった。怒りを隅に置き、エンドーはじっと前方を見すえた。

 腕には鳥肌が立っている。何も聞こえていないのに、誰かの悲鳴を“感じた”。

 少しすると、今度は本物の悲鳴―― 女の悲鳴が聞こえ、続いて数人の男の怒鳴り声が、闇の奥から響いてきた。

 エンドーは短剣を抜いて声のしたほうへ走った。



 建物と建物の間にある狭い路地。月の光はわずかしか入り込まず、大通りからは目立たないこの空間に、一人の少女が駆け込んだ。闇に紛れて逃げ切るつもりだったのだろう。だが路地に入った直後に、追ってきた男達に追いつかれ、細い腕を掴まれてしまった。

 男の数は三人。少女は男の手を逃れようと必死にもがくが、ほっそりとした体つきの彼女が彼らに抵抗するにはあまりにも力不足だ。歳もまだ十四かそこらだろう。

 少女の胸ぐらを掴み、壁に押し付けたのは、頭にサングラスを乗せ、耳にピアスを付けた若い男。その後ろに立つ二人も彼と同じようにガラが悪い。

「何するのよ!」

 自分が置かれた状況にも関わらず、少女は威勢よく叫ぶ。

「静かにしねぇか、このクズが!」

 ピアス男は横にツバを吐き捨て、額と額が付くほど、少女に顔を近づけた。

「オレぁよぉ、昼間この辺りで財布すられちまったんだが、知らねぇか? 知ってるよなぁ!? てめぇの汚ねぇお仲間のしわざだってこたぁわかってんだ!」

「だったら何だってのよ? 私にその仲間を連れて来いとでも言うわけ?」

 少しも臆している様子のないその言葉にピアス男はイラついたのか、乱暴に少女を地面に押し倒した。

「てめぇの体で落とし前つけてもらうしかねぇだろぉ?」

 後ろに立っていた男の一人が、ふところからナイフを取り出した。月の光を反射させてギラリと光るナイフを見て、初めて少女の表情が強張った。

「少々痛めつけて、二度と悪さできねぇようにしてやる。てめぇの仲間への見せしめにもならぁ」

「や、やめて……」

「うらぁ!」

 脅すように、ナイフが振り上げられた。

「やめて!!!」

 少女が両手を突き出した。


 ――バチバチバチッ!!!


 青白い光が闇を切り裂いた。電気のような細長い光は、ナイフを伝って跳ね、それを持つ男の体を貫通する。

「ぐあぁ!」

「なんだ!?」

 ナイフを持った男がよろめいて倒れ、あとの二人がひるんだスキに、少女は走って路地から脱した。

「くっそ! 待てガキャ!!」

 ピアス男ともう一人が少女を追おうと路地から飛び出す。――そんな彼らを誰かが呼び止めた。

「あー、ちょいとそこのお兄さん方、夜道で迷ってしまったのですが、道をお尋ねしてもよろしい?」

「あぁ!? それどころじゃねぇんだ、すっこんで――」

 男の顔面に拳がめり込んだ。

「――ってんめこのっ!! あにしゃぁがる!?」

 間近でゴゴゴ……、と音を立てる凄まじい怒りのオーラに、男達はモンスターと遭遇したかのように言葉を失った。

「ボクたん、今すごく機嫌が悪いんだよね。口には気をつけといて、ね? 怒らせると恐いよ、ボクたん」

 パキパキッと、エンドーの拳が鳴った。


 ――夜の町に男達の悲鳴が短くこだました。


「胸くそ悪いぜ、まったくよー」

 金棒が地面に転がったサングラスをグシャッと潰した。

 あっという間に男二人と、その後よろよろと路地から出てきたナイフ男を伸してしまい、エンドーは東へ逃げ去っていく少女の背中を興味深そうに眺めていた。

 重なるように倒れている男達に片足を乗せ、つぶやく。


「ボクたんオドロキ」



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