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26:トレーニング日和

大変申し訳ありません。スランプでした。

脱したと思いますので、がんがん更新していければな、と。

 ――翌日。

 マハエは昼前に目を覚ました。ハルトキはすでに起きていて、テーブルで本を読んでいた。

「早いな、昨日あれだけ大変だったのに。……エンドーは?」

「あいつなら本部だよ」

「本部で何をしてんだ?」

 鏡の前で髪をチェックしながら訊く。


「『バイオレンス・ブラッディ・トレーニング(VBT)』だよ」


 ハルトキが口の端で笑った。

「…………」

 宗萱のトレーニング以来、『バーチャル・バトル・トレーニング(VBT)』のことを、ハルトキとエンドーはそう呼ぶ。明らかにマハエをからかうためだ。

「(ヨッくんだって顔面蒼白だっただろ!)」

 心の中で叫ぶにとどまり、相手にせず部屋を出た。



「暑ぃなぁ」

 空は快晴。強い日差しをさえぎってくれる雲は一つもなく、この暑さでは一歩も出歩く気になれない。

「……本部に着く頃には焼きマハエのできあがりだな」

 そんな独り言を言いながら日陰のない大通りを歩いていると、木の陰にたたずむ一人の少年に気が付いた。

 薄汚れた服とジャケットを着たその少年は、その場から身動き一つせず、深くかぶったベレー帽から目を覗かせ、通りを歩く人達を観察しているようだ。

 ――完全に気配を消している。


「(怪しい)」


 マハエは通りのすみへ寄り、様子を見ることにした。


 ――少しすると、サングラスとピアスを付けた、いかにもガラの悪そうな若い男が先から歩いてきた。熱気のたまり場のような通りの中心を、まるで「涼しいぜぇ」とでも言わんばかりに、股を横に広げてガニガニと。

「(どの世界でも、あれが不良形態の一か)」

 呆れた汗を流して木陰の少年に目をもどす。

 男が少年の前を通り過ぎたとき、ようやく少年に動きがあった。

 歩き出し、男のすぐ後ろを通過する。堂々とした足取りだが、驚いたことに足音をいっさい発していない。

 ――マハエはすぐにピンときた。

「(スリだ!)」

 少年の手には、一瞬前まで持っていなかったはずの皮袋が握られていたのだ。

 マハエの目の前を横切っていく男に、気付いている様子はまったくない。財布を盗られたことにも、おそらく少年の気配にさえも。

 戦利品の中身を確認し、少年はかすかに微笑んで走り去った。

 窪井の手の者かと心配していたマハエだが、ただのスリだとわかり、ほっとした。同時に、一見平和に見える町の裏側を見た気がして、気持ちが少しばかり重くなるのだった。






 『VBTコントロールルーム』では、グラソンと宗萱、案内人がホールで戦うエンドーを観察していた。

「十人組み手、開始します」

 SAAPがマイクに向かってしゃべると、エンドーの周りに十体、剣や棍棒を装備した『マネキン』が出現した。円形に配置されたマネキン達がゆっくりと時計回りに移動する。

 エンドーは銀色の金棒―― 『発破鋼』をしっかりと、竹刀のように構え、三百六十度に神経を広めた。


 ――マネキンの一体が輪から外れて打ちかかった。


 エンドーがすぐに反応し、剣を防ぐと、移動していたマネキンがいっせいに中心へ集まった。

 最初にしかけてきたマネキンを蹴り倒して金棒を後ろへ振る。――触発するように爆発が起こり、二体が吹き飛んだ。


「あのマネキン一体の戦闘能力は、一般人と同レベルだ。この十人組み手を“致命傷”を負わずクリアーできれば、あいつのレベルは十人力。まあ、単純な計算だとそうなる」

「それにしても、彼の成長は著しいですね。今ではドラゴン二体とまともに戦えるほどです」

[ただ単に適応能力がスバラシイだけですよ。どんな環境でも、ゴキブリのようにしぶとく生きていけますね]


 ――エンドーは六体目のマネキンを破壊したところだった。

 何度か攻撃を受けたが、致命的なダメージはない。

 前から迫る棍棒を身を屈めてかわすと、相手の腹に拳、膝を叩き込んでトドメの頭突きを食らわせて破壊。二体が同時に剣を振り上げたが、金棒の一振りでそれを弾いた。そして片方をてのひらで突き飛ばし、片方には金棒の突きを食らわせた。

「(もう一息!)」

 背後のマネキンを振り向きざまに殴り倒すと、残りは突き飛ばされてよろめいていた一体―― エンドーは『発破鋼』を解き、短剣をホルダーにもどした。

 最後の一体が、無防備になったエンドーの背後から攻撃をしかける。


「お前はすでに、死んでいりゅ――」


 ――ドォン!


 突き飛ばしたときに接着しておいた魔力が爆発。ターゲットは全滅した。

 だがエンドーは頭を抱えて悶えている。


「ちくしょー、最後の最後で噛んじまったぁー!! こうなったらグラソン、もう一度だ!!」


「体力が限界なんだろ? しばらく休憩しろ。体壊すぞ」

 マイクに向かってグラソンが言う。

 ちょうどそのとき、マハエがコントロールルームの階段を上ってきた。

「やあ、エンドー君はがんばってますか〜?」

「がんばりすぎですよ。いったい何が彼を突き動かしているのやら」

「あいつは気分の塊みたいなやつだからな。一緒に育ったオレらでさえ、わからない部分が多すぎる! 野良猫みたいなやつだ」

 マハエは笑った。

「聞こえてるぞマハエー! 言っとくけどなぁ、オレはそんなわけわからん動機でこんなことしてんじゃねーよ!」

 エンドーが指差して叫んだ。

「すまん。マイクがオンになったままだ」

「…………」

 マハエがグラソンからマイクを奪い取る。

「じゃあ何だ? 何のために無理をする?」

「……そうだなぁ、トレーニングの後のメシが美味いからだなー」

「そうか、訊いたオレがバカだったー」

 マイクを返し、マハエは近くに置いてあるファイルを手に取った。

 これまでエンドーがこなしたトレーニングの記録だ。

「げ。あいつこんなに?」

 マハエは驚いた。

「何度激しい痛みを体感してもなお立ち上がる。常人の精神力ではないですね。ですがその成果は確実に表れています」

 その言葉を聞いてグラソンがうなずき、マイクのスイッチを入れた。


「少しは回復したか京助? 次の訓練いくぞ」


 疲労が溜まっているはずだが、エンドーは待ってましたと気合を入れる。

「真栄さんは遠藤さんとケンカしたことあります?」

「そりゃまあ、兄弟みたいなものだからな。小さい頃はよく取っ組み合いしてたよ。当然、いつもオレが圧勝だったけどな」

 宗萱は「そうですか」と満足そうに微笑み、ホールを見た。

 ホールの中央に前と同じマネキンが出現し、それに合わせてエンドーが短剣を構えて『発破鋼』を発動させる。

「次は何を始めるんだ?」

 ハマエが訊くが、二人はニヤニヤと笑ってだけいる。

 エンドーと対峙するマネキンの背が少し縮み、全体のグラフィックが変化する。


 ――一瞬後、エンドーの前には……、マハエが立っていた。


 突然、友人を目の前にして、エンドーは戸惑いながらグラソン達を―― マハエを見る。マハエも目を丸くして、彼と対峙するもう一人の自分を見ていた。

「真栄の戦闘能力を分析し、データを入力して作り出した真栄の分身だ。どうだ? 疲れが見えているが、その状態でこいつに勝つことができるか?」

 グラソンがポンポンとマハエの頭を叩く。

「待て待て、あれはオレじゃあないぞ。今日のオレの髪型はもっとキマってる」

 腕組み、ヘの口で断固否定する。

 だが彼の戦闘能力のデータをもとにしたのなら、あの虚像も少なからずはマハエだ。

 ――どちらが勝つのか。いい勝負になるだろうとマハエは思った。

 エンドーを見ると、『発破鋼』を解いて短剣をホルダーにもどしていた。そしてパキパキと指を鳴らし、吐き捨てるように言った。


「つまらんお遊びだ」



 ――タオルで汗を拭き拭き、エンドーが階段を上ってきた。

「いい汗かいたぁ〜。……あれ、マハエは?」

 グラソンが親指で後ろを示す。

 部屋の隅っこの黒々とした空気の中心で、マハエがお経を唱えていた。


「開始十秒って瞬殺じゃないか、あれはオレじゃないけど、オレがあんなにも簡単に負けるなんて、しかも素手ってあんまりじゃないか、あれはオレじゃないけど、でも前のトレーニングでエンドー疲れてたし、それに瞬殺されるなんて、あれはオレじゃないけど……」


「……やっぱり落ち込んじゃった?」

「何とかしてくれ、こっちまで黒い空気が漂ってくる」

「大丈夫、ほっとけば立ち直るから」

 その後に「明日くらいには」と付け加え、笑いながらコントロールルームを出て行った。


 ――テラスに出て、新鮮な空気で体を満たしたかった。

 エンドーの心中は見た目ほど穏やかではない。先ほどのトレーニングで、昨夜の話を思い返していた。


『親友が突然、敵になったら……』


 たったの十秒で終了した勝負の中でも、彼は必死に闘っていた。重く苦しい時間を早く終わらせたくて……。

 たとえバーチャルであっても、親友の姿をしたそれを殺す気で相手にするということは、想像していたよりもはるかに辛いことだった。



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