24:ダッシュつ
飛行船のプロペラ音が遠のいていく。部屋に残された彼らを「逃がさないぞ」というように、二体の対SAAPが挟み、ガバッとマントを広げた。
「まずい! 斬撃の連射だ!」
前にそれを受けたことがあるマハエが叫ぶ。
「固まれ!」
指示を出し、グラソンは金属棒を一本に組み立てた。
それを頭の上で回転させ、空気中の水分を引き寄せ、集める。
「――氷壁!」
金属棒が床を突くと、彼らを取り囲むように氷が形成され、小さなドームが出来上がった。
――直後、いくつもの真空の刃が壁を叩く。
「危なかった……」
マハエが安堵の息をもらす。
[いやぁほんと、危機一髪でしたね。思わず目をふさいでしまいましたよ、わたし]
「お前にとってはリアルな映画を観てる気分だろうなぁ」
[とても良い役者がおそろいですね]
「でもさ、その役者達はただ今、大ピンチだよ……」
ハルトキが言う。
刃の攻撃はなかなか収まらない。少しずつ氷が削れていっているのがわかる。
「このままでは持たないぞ……!」
氷に魔力を集中させるグラソンの表情は、もう一分も耐えられないと言っているようだ。
急いで形成した氷の壁は薄く、全体の強度を保とうとすれば魔力の消費は大きい。
「このままじゃ、ここから動くこともできない。どうする?」
大林が宗萱を見る。
「……一か八か、かけてみますか」
そう言うと、刀に魔力を込める。
「考えが?」
宗萱は微笑むと、靴の先で床を叩いた。
対SAAPの刃が、とうとう氷のドームを砕いた。
一部が崩れると全体が崩壊し、激しい音を立てて無数の破片が跳ねる。
トドメをさそうと放たれた二つの刃が、崩れたドームの中心でぶつかって相殺した。
「…………」
――誰もいない。そこには床に丸く開いた穴があるだけだった。
マハエ達五人は、部屋の真下にあった通路を疾走していた。
定期的に赤いランプが灯り、小さな音でサイレンが鳴っているが、爆発まであと何分の猶予があるのかわからない。
「せめてカウントくらいしてほしいよね」
ハルトキがとなりを走るマハエを見る。
「この、いつ爆発するのかわからないスリルがたまらんのですよ」
「キミはいつからそんな危ないキャラになったんだい?」
「まあまあ、本当ならさっき無くなっていてもおかしくない命なんだから」
「命は大切にしよう!?」
今走っているこの通路が、出口に通じているのかは定かではない。だが、あのまま氷の中で敵のスキをうかがうよりは、ずっといいと思える。
先頭を走る宗萱に、案内人が感心したように言う。
[それにしても、よくあの部屋の下にこんな通路があるって気付きましたね]
「足音が妙に響いていましたから、床が薄いということはわかっていました。ですがさっきも言ったとおり、本当に一か八かでしたよ」
「その後に、『つまらぬ物を斬ってしまった』とかいう決め台詞でもあればもっとよかったねぇ」
と言って、マハエはふと思い出した。
「つまらないと言えば、エンドーがいないな」
「そういえば、なんか静かだと思ったよ」
グラソンも忘れていたのか、「あぁ、そういえば」と手を打った。
「あいつなら、手がつけられなかったから気絶させて置いてきたんだ」
「……ここ、敵陣ですが?」
表情を引きつらせるハルトキとは逆に、マハエはあっけらかんとしている。
「まあ、あいつなら大丈夫だろ。ABだから」
「AB関係ない……」
――ずっと後ろから爆発音が反響してきた。
「あーダメ。もう死んだー。オレ死んだー」
「しっかりするんだマハエ! あきらめたら終わりだよ!」
半分“むこう側”へ行ってしまった友人の首に腕を回し、ハルトキは走る。
それから少しすると、二度目の爆発音が響いた。前よりも音が大きい。
「あれだ!」
グラソンが前方を指差す。
通路は先で行き止まりになっているが、上へ行くハシゴが備えてあった。
地上へ続いていますようにと願いながら、順にハシゴを上っていく。
――三度目の爆発。今度は微かな揺れが感じられるものだった。
ハシゴはどのくらい続いているのかはわからないが、かなりの長さがある。その分、脱出への希望が見えるが――
「ダメだ! 向こうから閉ざされている!」
一番上に行き着いたグラソンが、ハシゴの穴をふさぐ四角い鉄板を叩いていた。
「宗萱! どうにか斬れないか!?」
「この体勢ではムリがあります!」
「くそっ! どうすれば!」
焦りと悔しさがこもった拳が、もう一度フタを叩いた。
引き返せば爆発に巻き込まれることは確実。この出口だけが、ゆいいつ脱出が望める最後の希望だった。
「ヨッくん、ゴメンなー。幼稚園の頃、ヨッくんは生ニンニクが大好物だって嘘をリエちゃんに吹き込んだの、オレなんだー」
「あれキミだったのかー! あのせいでリエちゃん、ボクをさけるようになったんだ! いやいや、ていうか最後まであきらめちゃダメだってっ!!」
「オレの人生で二番目に大きな罪悪感がやっと今消えた……。よかった」
「一番は何!? まだあるの!?」
――ガコン。
フタが開く音と同時に、強い光が射し込んだ。
何が起こったのか理解するのに数秒を要した。
――誰かが外からフタを開けてくれたようだが、逆光で判断がつかない。だが、それよりも先に降ってきた声は、誰もが聞き覚えているものだった。
「元気ですかー?」
やたら元気そうなエンドーだ。
「よう京助、無事だったか」
「無事だったかじゃねーよ、オレを置き去りにしやがって。閉めるぞ」
「いや悪かった。謝る。スマン」
エンドーの手を借り、グラソンが穴から出た。そこは屋外で、隠れ家の裏手にある森の中だった。
「なぜ、ここがわかった?」
「目ぇ覚ました後、隠れ家の周りを散策してたら、いきなり爆破するとかアナウンスが入って、どうしようかなーって考えたすえ、とりあえず牢に閉じ込めてたやつらを逃がしてやることにしたんだ。そしたらそいつらに、この『非常口』のことを教えられて―― いやそれより、デンテールの飛行船がどっか飛んでいくのを見たんだけど……」
エンドーは非常口から上がってきた全員の顔を見回した。
「…………結果は訊くまでもなく?」
「ええ、すんでのところで逃げられてしまいました」
そうか。とエンドーも落胆する。
だが自分の知らないところでケリがついていたとなると、気に食わない部分もあるのだ。何より、自分だけ気絶していたなんてマヌケすぎる。
「ところで、爆破何分前?」
エンドーがそう尋ねたとき。
――ドガァァンッ!!!
強烈な爆音と地響きが辺りを支配し、非常口が火を噴いた。何十羽もの鳥が、何事かといっせいに飛び立つ。
振り返ると、木造の建物があった場所から、もうもうと黒い煙が上がり、木片が舞っている。
「……あらら、えらく派手にはじけたなぁ」
中に残っていたら、まず助からなかっただろう。ふと、パン屋の次男を思い出し、無事に脱出したか心配になった。
「あーあ、何もかも丸こげかー。こいつらより先にパンのほうを救出しておくんだった」
後ろを見ると、マハエとハルトキが地に膝を付いてエンドーを拝んでいた。
「ありがとう、ありがとう。マジで助かった。遠藤君を産んでくれたお母様に心から感謝します」
「いや、ボクは遠藤君を産んでくれたお母様を産んでくれたお婆様、そしてお父様、お爺様に感謝します」
「ありがとう! ありがとうAB型!!」
「素直にオレに感謝してっ!!」
[まあまあ、とにかく全員無事でほんとうによかったです]
いかにも嬉しそうに案内人が言うと、エンドーも肩の力を抜いて「ああ、よかった」とつぶやいた。
「帰るぞー。長く本部を空けるわけにはいかない」
グラソンが歩き出す。
「ここ、調べなくてもいいの?」
マハエが言うと、
「もうここに窪井はいない。それに、今の爆発で軍の連中が駆けつけてくる。ばったり出くわすのだけは避けたい」
「そうだな。早く風呂にも入りたいしー」
エンドーがグラソンに続くと、マハエらも歩き出した。
「やれやれ、マイペースな人達ですね。――行きますよ、大林さん」
「…………ああ」
大林は小さく返事をし、ずっと見つめていた煙から目をそらした。
――生きていてよかった。大林もその言葉に異論はない。
だが心のすみでは、生き残ることを優先してしまった自分に少しばかり後悔していた。
――今度こそ、命をかけようと心に決めた。
最近、更新が滞っていることをお詫びします。
すぐに、もとにもどると思いますので…。