表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/97

23:ここは魔物の腹の中

 マハエ達はミサイルの打ち上げ施設に侵入した。

 広い部屋をぐるりと見ると、両脇は一段高くなっていて、階段がある。その通路はずっと奥へ―― 大きなエントツがある円形の広場へと続いている。

 部屋の床は歩くと足音が妙に響いて目立つが、相変わらず窪井や手下の気配はない。


「あれがミサイルを打ち上げるための装置だ」

 グラソンがエントツをあごで示す。


 打ち上げ装置がある広場と三人がいる部屋とは、肉厚ガラスの壁が仕切っている。広場へ行ってミサイルの有無を確かめるには、脇の階段からの通路しかないらしい。が、この部屋には他に気になる物があった。

 ガラスの壁の前に、大人の身長ほどのカプセルが五つ並んでいる。

 そしてカプセルの前には、アーケードゲームの筐体に似た形のコンピューターが一台。


「あれは――、ウィルスだ」


 グラソンがコンピューターへ歩み寄る。

「ウィルス!? あのカプセルが?」

 キーを叩き、ディスプレイに表示される文字の列を見つめながら、グラソンが言う。

「五つのカプセルにはウィルスが入っている。どうやら、まだミサイルには組み込まれていないようだ」

「それじゃ、今のうちに!」

「ああ。この端末でウィルスを破壊できるはずだが……」

 しばらくキーを操作し、『ウィルス破壊プログラム』を呼び出した。

「パスワードは……、デンテールのときと同じか?」

 ここはもともとデンテールが所有していた施設で、そのすべてを窪井が引き継いだ。パスワードが変更されていなければ、ウィルスを破壊するのは容易だ。

 マハエがため息をつく。

「わかってるって。人生、甘くはない。そんな簡単に物事が進むわけ――」


 ――[パスワード認証。カプセルの完全滅菌を開始します]


「…………まあ、人生、楽々が一番だよね」

 カプセルが、プシューと音を立てた。

 ディスプレイに表示されたパーセンテージが上昇していく。


[滅菌進行状況...20%]


 一番左にあるカプセルの緑色のランプが赤に変わった。


[滅菌進行状況...40%」


 左から二番目も赤に変わった。

 カプセル二つ分のウィルスは破壊され、残りは三つだ。


[...60%]


[...80%]


 残り一つ――

 突然、ディスプレイが赤く明滅した。真ん中に文字が表示される。


[原因不明のエラーが発生しました。カプセルの滅菌を中断します]


 数秒後、画面は真っ暗になり、電源が落ちた。

「……あと少しというところで……」

 グラソンが舌打ちをして、一段高くなっている通路をにらむ。


「危ない危ない。もうこんな所まで侵入していたとは……」


 漆黒のローブが揺らいだ。

 青い髪の男が通路に立って、体に合わないほど太い右腕を壁に突っ込んでいる。勢いよく抜かれた男の手には、引きちぎられ火花を散らすケーブルの束が握られていた。

「なかなかやるじゃないか、『シラタチ』」

 ケーブルを横に投げ捨てると、男の腕は細く―― 体に吊り合う大きさになった。

 もとにもどった手を何度か閉じ開きしてから、男―― 窪井はグラソンを見た。

「グラソン……、まさかあんたが生きていて、それもオレに敵対するとはな……。デンテール様を殺ったのはお前か?」

「…………」

「窪井さん、わたしは『シラタチ』の最高責任者、宗萱という者です。我々はあなたを止めにきました。デンテールの残した遺物をすべて放棄し、投降するというのなら、命は取りません。ですが――」

「ほう? この状況でよく言えたものだ。ここはニュートリア・ベネッヘの……、“黒き魔物”の腹の中だということをお忘れか?」

 窪井が低く笑いながら、通路を歩く。

 そのとき、入り口の扉がバン!と開いた。


「窪井ぃ!!!」


 大林とハルトキが飛び込んできた。

 窪井はゆっくりとそちらに顔を向ける。

「よお大林、お前も『シラタチ』に協力しているらしいな。まったくお前は……、相変わらず人の上に立つのが苦手らしい」

「黙れ!! 窪井、オレは――」

「お前はオレを殺しに来たのか? お前の宿主である『シラタチ』にその気はないらしいが?」

「……ッ!」

 大林は言葉を詰まらせた。

 ギリギリと音がしそうなほど噛みしめた歯の隙間から、荒い息が漏れる。

「まあいい。オレもお前らとはやり合う気はない」

 窪井は平然とした顔で、カプセルを見る。

「残ったウィルスはわずかか……。しかし重要な物だ。回収させてもらう」

「それをさせると思いますか?」

 宗萱が刀を抜く。

「ははは、言っただろ? ここは魔物の腹の中だってな」


 カプセルをさえぎるように空間が赤く染まり、二体の赤い対SAAPが出現した。


「あばよ、また会おう。お前らが運よく生きていられたら、な」

 ニヤリと笑った。


[――自爆システム作動。至急、退避してください。]


 機械のアナウンスとともに、赤い照明が点滅する。

「ここを消し去るつもりですか!?」

「ははははは。じゃあな、『シラタチ』」

 ミサイルを打ち上げる広場の天井が開き、聞き覚えのあるプロペラの轟音が入り込んだ。


 ――デンテールの飛行船だ。


 肉厚ガラスが上へスライドし、数人の手下がカプセルを運び出そうとする。グラソンが金属棒に魔力を込め、即座に床を突いた。

 氷がまっすぐ手下へ向かって床を這う。――だが氷は途中で消し飛んだ。破片が水となり、蒸気と化す。


「それはさせないでござるよ」


 蒸気の霧の中から、紅丸が現れた。

「くそっ!」

 目の前には対SAAPが二体、その後ろに紅丸。もはやカプセルを破壊するスキはない。

 ただムダなにらみ合いが続き、ガラスの向こうへカプセルが運ばれると、紅丸も後ろへ下がる。――そして再び肉厚のガラスで閉ざされた。

 窪井は大林を一瞥し、背を向けて去っていく。

「待てよ窪井……」

 駆け出そうとする大林に対SAAPの真空斬撃が飛んだ。

「大林ッ!」

 金属棒でそれを弾き、グラソンは大林の肩を押さえる。

「追うな! 今はここから脱出する術を考えろ!」

 それでも足を進めようとする大林。彼にはグラソンの声など届いていないようだった。一心に窪井を目で追い、それを足でも追いかけていこうとする。

 グラソンは大林の左腕を背中で固め、前からハルトキが押さえつける。

「待ってくれ……」

 大林はよろよろと右腕を伸ばした。


「待ってくれ! ケン!!」


 ――一瞬、窪井が足を止めた。

 大林は肩で息をしながら、まるで自分の口から出た言葉が信じられないというように、目を見開いていた。しかしその目は、変わらず窪井を捉え続けている。

 もう何も言わなかった。窪井が扉の向こうへ消えると、伸ばしていた腕を名残惜しげに下ろした。

「ウィルスの大半は破壊した。オレ達には時間ができたということだ。今はここから逃げることだけを考えろ」

 耳元でグラソンが言うと、大林はあきらめたようにうなずいた。


 本当は命を捨ててでも窪井を追いたい。彼が見せた眼差しはそう訴えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ