23:ここは魔物の腹の中
マハエ達はミサイルの打ち上げ施設に侵入した。
広い部屋をぐるりと見ると、両脇は一段高くなっていて、階段がある。その通路はずっと奥へ―― 大きなエントツがある円形の広場へと続いている。
部屋の床は歩くと足音が妙に響いて目立つが、相変わらず窪井や手下の気配はない。
「あれがミサイルを打ち上げるための装置だ」
グラソンがエントツをあごで示す。
打ち上げ装置がある広場と三人がいる部屋とは、肉厚ガラスの壁が仕切っている。広場へ行ってミサイルの有無を確かめるには、脇の階段からの通路しかないらしい。が、この部屋には他に気になる物があった。
ガラスの壁の前に、大人の身長ほどのカプセルが五つ並んでいる。
そしてカプセルの前には、アーケードゲームの筐体に似た形のコンピューターが一台。
「あれは――、ウィルスだ」
グラソンがコンピューターへ歩み寄る。
「ウィルス!? あのカプセルが?」
キーを叩き、ディスプレイに表示される文字の列を見つめながら、グラソンが言う。
「五つのカプセルにはウィルスが入っている。どうやら、まだミサイルには組み込まれていないようだ」
「それじゃ、今のうちに!」
「ああ。この端末でウィルスを破壊できるはずだが……」
しばらくキーを操作し、『ウィルス破壊プログラム』を呼び出した。
「パスワードは……、デンテールのときと同じか?」
ここはもともとデンテールが所有していた施設で、そのすべてを窪井が引き継いだ。パスワードが変更されていなければ、ウィルスを破壊するのは容易だ。
マハエがため息をつく。
「わかってるって。人生、甘くはない。そんな簡単に物事が進むわけ――」
――[パスワード認証。カプセルの完全滅菌を開始します]
「…………まあ、人生、楽々が一番だよね」
カプセルが、プシューと音を立てた。
ディスプレイに表示されたパーセンテージが上昇していく。
[滅菌進行状況...20%]
一番左にあるカプセルの緑色のランプが赤に変わった。
[滅菌進行状況...40%」
左から二番目も赤に変わった。
カプセル二つ分のウィルスは破壊され、残りは三つだ。
[...60%]
[...80%]
残り一つ――
突然、ディスプレイが赤く明滅した。真ん中に文字が表示される。
[原因不明のエラーが発生しました。カプセルの滅菌を中断します]
数秒後、画面は真っ暗になり、電源が落ちた。
「……あと少しというところで……」
グラソンが舌打ちをして、一段高くなっている通路をにらむ。
「危ない危ない。もうこんな所まで侵入していたとは……」
漆黒のローブが揺らいだ。
青い髪の男が通路に立って、体に合わないほど太い右腕を壁に突っ込んでいる。勢いよく抜かれた男の手には、引きちぎられ火花を散らすケーブルの束が握られていた。
「なかなかやるじゃないか、『シラタチ』」
ケーブルを横に投げ捨てると、男の腕は細く―― 体に吊り合う大きさになった。
もとにもどった手を何度か閉じ開きしてから、男―― 窪井はグラソンを見た。
「グラソン……、まさかあんたが生きていて、それもオレに敵対するとはな……。デンテール様を殺ったのはお前か?」
「…………」
「窪井さん、わたしは『シラタチ』の最高責任者、宗萱という者です。我々はあなたを止めにきました。デンテールの残した遺物をすべて放棄し、投降するというのなら、命は取りません。ですが――」
「ほう? この状況でよく言えたものだ。ここはニュートリア・ベネッヘの……、“黒き魔物”の腹の中だということをお忘れか?」
窪井が低く笑いながら、通路を歩く。
そのとき、入り口の扉がバン!と開いた。
「窪井ぃ!!!」
大林とハルトキが飛び込んできた。
窪井はゆっくりとそちらに顔を向ける。
「よお大林、お前も『シラタチ』に協力しているらしいな。まったくお前は……、相変わらず人の上に立つのが苦手らしい」
「黙れ!! 窪井、オレは――」
「お前はオレを殺しに来たのか? お前の宿主である『シラタチ』にその気はないらしいが?」
「……ッ!」
大林は言葉を詰まらせた。
ギリギリと音がしそうなほど噛みしめた歯の隙間から、荒い息が漏れる。
「まあいい。オレもお前らとはやり合う気はない」
窪井は平然とした顔で、カプセルを見る。
「残ったウィルスはわずかか……。しかし重要な物だ。回収させてもらう」
「それをさせると思いますか?」
宗萱が刀を抜く。
「ははは、言っただろ? ここは魔物の腹の中だってな」
カプセルをさえぎるように空間が赤く染まり、二体の赤い対SAAPが出現した。
「あばよ、また会おう。お前らが運よく生きていられたら、な」
ニヤリと笑った。
[――自爆システム作動。至急、退避してください。]
機械のアナウンスとともに、赤い照明が点滅する。
「ここを消し去るつもりですか!?」
「ははははは。じゃあな、『シラタチ』」
ミサイルを打ち上げる広場の天井が開き、聞き覚えのあるプロペラの轟音が入り込んだ。
――デンテールの飛行船だ。
肉厚ガラスが上へスライドし、数人の手下がカプセルを運び出そうとする。グラソンが金属棒に魔力を込め、即座に床を突いた。
氷がまっすぐ手下へ向かって床を這う。――だが氷は途中で消し飛んだ。破片が水となり、蒸気と化す。
「それはさせないでござるよ」
蒸気の霧の中から、紅丸が現れた。
「くそっ!」
目の前には対SAAPが二体、その後ろに紅丸。もはやカプセルを破壊するスキはない。
ただムダなにらみ合いが続き、ガラスの向こうへカプセルが運ばれると、紅丸も後ろへ下がる。――そして再び肉厚のガラスで閉ざされた。
窪井は大林を一瞥し、背を向けて去っていく。
「待てよ窪井……」
駆け出そうとする大林に対SAAPの真空斬撃が飛んだ。
「大林ッ!」
金属棒でそれを弾き、グラソンは大林の肩を押さえる。
「追うな! 今はここから脱出する術を考えろ!」
それでも足を進めようとする大林。彼にはグラソンの声など届いていないようだった。一心に窪井を目で追い、それを足でも追いかけていこうとする。
グラソンは大林の左腕を背中で固め、前からハルトキが押さえつける。
「待ってくれ……」
大林はよろよろと右腕を伸ばした。
「待ってくれ! ケン!!」
――一瞬、窪井が足を止めた。
大林は肩で息をしながら、まるで自分の口から出た言葉が信じられないというように、目を見開いていた。しかしその目は、変わらず窪井を捉え続けている。
もう何も言わなかった。窪井が扉の向こうへ消えると、伸ばしていた腕を名残惜しげに下ろした。
「ウィルスの大半は破壊した。オレ達には時間ができたということだ。今はここから逃げることだけを考えろ」
耳元でグラソンが言うと、大林はあきらめたようにうなずいた。
本当は命を捨ててでも窪井を追いたい。彼が見せた眼差しはそう訴えていた。