22:さむらい
通路をまっすぐに進んだマハエと宗萱の前に、大型のリフトが現れた。
「もう何があっても驚けないな」
お次は格納されたUFOでもお目にかかれるのかと期待さえするマハエだ。
操作盤をチェックした宗萱が、「動くようですよ」と声をかけると、マハエはすかさず乗り込んだ。
大きな木箱を乗せてもまだ余裕があるほど、リフトは大きい。先ほど通ったまっすぐな通路を考えると、運んできた大きな何かを上に運ぶためのものだろう。
「――おそらくこの先が、『地下工場』の中枢―― ミサイルを組み立て、それを発射する設備が整っている場所だと考えられます。……この上に“答え”があるのかもしれません」
宗萱はそう言うと、操作盤のスイッチを押した。
重々しい機械音を響かせながら、リフトがゆっくりと上へ動き、十メートルほど上昇したところで、ガコンと音を立てて停止した。
薄暗い空間にコンピューターのディスプレイの明かりが膨張している。
――カタカタカタ……
すみでキーボードを叩く音が耳に入った。
「……ここでもないのか……」
淡い明かりに照らされた銀色長髪の男が、「くそっ!」と両手でボードを叩く。
「……やはりここの他にも――」
「グラソン」
背後から突然声をかけられた男は、はっとなって振り返った。
「ああ、お前らか」
グラソンはリフトが上がってきた音に気付かなかったようだ。
「何をしていたのです?」
「……コンピューターでこの施設の見取り図を探していた。ミサイル打ち上げのための施設はこの奥だ。組み立て工場の中を通っていく」
そう言って先に立って進もうとするグラソンに宗萱が、
「グラソン、やはりここは……」
グラソンはうなずいた。
「そうだ。ここはデンテールが所有していた施設の一つらしい。ここで調べて確信できた。オレさえも知らなかったデンテールの極秘データまで、窪井は持ち出していたんだ」
――厄介な物を残してくれたぜ。そう吐き捨てて、グラソンは歩き出した。マハエと宗萱も彼の後ろに続いた。
横に広い通路を三人は歩く。
途中、通路が十字になった箇所もあったが、グラソンはまっすぐ進んで後ろの二人を導く。
ミサイル組み立て工場、入り口の大きなシャッターは、全開になっていた。そこから見える奥の出口は、おそらく打ち上げ施設へとつながっていると思われる。
「誰もいないなぁ」
拍子抜けした様子でマハエが言う。が、それだけではなく、組み立て途中らしいミサイルも見当たらない。大掛かりな機械や廃品の山があるだけだ。
「もう完成しているのでしょうか?」
宗萱がそう言ったときだった。
「ミサイルは完成してござらん」
機械の陰から、男が現れた。
黒いうろこ模様の着流し姿で、髪を後ろで結っている―― 侍のような風貌をした男だ。両の腰に、刀を一本ずつ差している。
「なんだ、お前は?」
グラソンは金属棒を抜いた。そのとなりに宗萱が並ぶ。
「拙者の名は『怒涛紅丸』。窪井殿にお仕えする、侍でござる」
「サムライだと?」
この場に合わぬ異様さに、グラソンは微笑を込めた目を男に向けた。
突然、マハエが何かに気付いたように、はっと顔を上げる。
「……そうか。そういうことだったのか」
彼の顔には、驚きと薄い恥辱が現れている。同時にその中には、強い確信も見られる。
「妙だと思っていたのに、今になるまで気付けなかった。……窪井のあの異常な変身能力、山中に隠すように建てられた屋敷。そしてオレの予想のすべてを裏付けるのは――」
侍―― 紅丸を見つめるマハエ。その頬を汗が流れる。
――そして重々しく口を開いた。
「窪井は忍者だったんだ……!」
「…………」
マハエをのぞく全員が、「サムライだと?」まで、十数秒をリセットした。
「紅丸と言ったな。……窪井はどこにいる?」
「窪井殿は、この奥。だが、何人たりともここを通すわけにはいかぬ」
侍―― 紅丸が両腰の刀に手を持っていく。それに合わせて、グラソン、宗萱、マハエは一歩引き、戦闘態勢に入る―― マハエは『壊波槍』を発動させた。
「立ちはだかるのなら、容赦はしません。三対一は本意ではありませんが、我々は急いでいるので――」
宗萱の刀が『風』をまとう。
「一瞬で終わらせますよ」
「……拙者を斬ると? 果たしておぬしらに、それができるでござろうか?」
挑発的な笑みを浮べると、紅丸は二本の刀をゆっくりと抜く――
宗萱はすかさず床を蹴った。
――ガキィィン!!
激しい太刀音が拡散した。
紅丸の二本の刀が宗萱の直刀を受け止めていた。魔力をまとい、鉄をも断つはずの刃を。
「くっ!」
宗萱はすぐに身を引くと、再び斬りかかる。だが刀の数もリーチも、宗萱が不利だ。何度振っても、ことごとく防がれる。
「見事な太刀筋なり」
今度はグラソンが斬りかかる。二本の金属棒は、固い氷によって剣の形を成している。
「そのような物で、拙者の刀を破られると?」
――氷が散った。
刀がぶつかるたびに、氷の剣は削れていく。
「なるほど。侍と名乗るだけはある」
打ち込まれた刀が氷に食い込んだ。そこから氷が、刀を侵食するようにまとわり付く。
「なんと……!」
そのスキに、反対側から宗萱が攻めるが、紅丸のもう片方の刀がその攻撃を受け止めた。
剣術を最も得意とする宗萱の一撃を片腕で止める―― 離れた場所で見ていたマハエは、戦わずして圧倒されていた。
「今です!」
宗萱の言葉にマハエは反応し、槍をぐっと握り、突進する。
だが紅丸は――
「ふんっ!」
「――なに!?」
一瞬、炎が紅丸を包み込み、周囲にはじけた。
「これは……! 牢の中で感じた強い覇気!」
グラソンと宗萱は吹き飛ばされ、床を転がった。
「うおおおおぉぉ!!!」
マハエの槍と紅丸の刀がぶつかる。――同時に槍から『衝撃』が発生し、刀を弾いた。
「ムッ! この力は……!?」
弾かれた右手の刀が、紅丸の後ろに転がった。
「――氷結!」
いつの間にか空中を舞っていた、いくつもの氷の結晶が集結し、刀ごと紅丸の左腕を凍結させた。
これで相手は丸腰も同然――
「……多勢に無勢でござるか」
氷が水に変わり、蒸気となる。
紅丸は刀を収め、ゆっくりと後ろへ下がっていく。
「どういうことだ?」
「半端な戦いは好まぬが、このような場所では拙者の力を発揮できぬ」
もう一本の刀を拾い上げると、背を向けた。
「拙者は侍。主君に忠を尽くす存在なり。……さらばだ、愚かな者達よ」
炎の渦が紅丸を取り巻き、熱風が広がった。柱となった炎が、一秒後には細くなって消えた。――侍の姿とともに。
三人は呆然と、ゆらゆら落ちていく火の粉を見つめていた。見えない何かの気配を探るように……。
あの侍は少しも本気を出してはいなかった。――いや、“本領”を出してはいなかったのだ。
全員が直接感じ取った。
――あの炎は、間違いなく『魔力』によるものだと。