21:謎の包帯男
そいつは振り上げた左手に、先が丸くなっている変わった片手剣を握っていた。
顔は包帯で覆い隠されているが、ゆいいつ隠れていない部分から、黄色く染まった瞳が大林とハルトキを凝視している。
ほっそりとした体つきだが、その筋肉は卓越していることがわかる。そしてそいつが男だということも。
「会いたかったぞ、大林鷹光……」
男が言った。
包帯ごしだが、口元が喜びで歪んでいるのがわかる。
「知り合い、ですか?」
ハルトキが尋ねる。大林は何か苦しそうに自分の胸をにぎりしめていた。
「……知らん。何者だ、お前は」
こめかみから汗が吹き出て流れ落ちる。
大林は激しく動揺していた。なぜかはわからないが、目の前の男の声を聞いていると、心がズキズキと痛み、えぐられる感じがした。
「オレ様の名は『モフキス』。ニュートリア・ベネッヘの新人であり、幹部でもある。ククク……、お見知りおきを」
大林はめまいで膝をついた。
「大林さん!?」
さっぱり状況を理解できないハルトキが叫ぶ。――大林には、その声がとても小さく聞こえた。モフキスと名乗った男の声だけが、何度も何度も耳の中に響いて消えない。
――とても不快だった。
「ククク……、まさか恐れているんじゃ、あるまいな?」
「ほざけ……!」
「ククク……。それならば、オレ様と闘え! 大林鷹光!」
モフキスの剣が大林を襲う。
ハルトキは大林に気をとられ、反応が遅れた。
――だが、剣は寸前で止まった。
大林が片腕で、剣を握り振り下ろされたモフキスの手を、低姿勢のまま受け止めていた。
そのまま押し返し、立ち上がりざまに放った蹴りが、モフキスを数歩後ろへよろめかせた。――更に追い討ちをかける。
武器を持った相手と素手で闘う場合、一瞬でも優位に立てば、攻め続けなければならない。間合いをとられればいっきに不利になる。
「はあぁっ!!」
――ガキン!
大林の拳が剣の側面を打って止まった。
「ククク……、面白い……。実に面白い男だ! 大林鷹光!!」
「……うるせぇよ、お前は。喋るな」
「ククククク……! 死をも恐れない覚悟。すばらしい」
そう言うと、顔の包帯に手をかけた。
「――モフキス、何をしている」
突然、男の声が響いた。
その声に、モフキス―― 大林とハルトキも目を見開く。
男は彼らの上―― 通路の一部天井が高くなっているところに、小さなバルコニーがあり、そこから漆黒のローブを身に着けた窪井が、見下ろしていた。
「KEN 窪井!」
大林は牙をむき、殺気を込めた目でにらんだ。
「大林……」
窪井は大林を一瞥し、モフキスに視線を移す。
「いつオレが命令を下した?」
「…………」
「見当たらないと思えば、こんなところで……。部屋にもどれ、モフキス」
「…………」
モフキスは舌打ちをして剣を収めた。
窪井はそのまま踵を返し、消えた。ハルトキらが立っている場所から見れば、バルコニーの位置は高く、とても跳んで行けるようなものではない。
「窪井!!」
目標としている敵を目前にして追っていけないもどかしさに、大林は悔しみをにじませた。
――だが、窪井はこの場所にいた。同じ建物の内部に。
「そういうことだ。やれやれ、オレ様は主人の命令にゃ逆らえん」
後ろを向いたモフキスは、数歩進んで止まると、ナイフを抜いて大林とハルトキに見せつけた。
「――!!」
二人に向かって投げつけられたナイフが、間を抜けて後ろへ飛んだ。
それに気をとられた一瞬で、モフキスは姿を消していた。
「モフキス……。何者なんだ? ニュートリア・ベネッヘの新人であり、幹部……」
「……それより、見ました?」
ハルトキが背後の、突き当たりの壁を見る。
飛んでいったはずのナイフはそこになかった。――壁をすり抜けていた。
「行こう。KEN 窪井の野郎を追いつめる!」
――さすがにこれは異常だ。
マハエと宗萱は思った。
敵に追われながら二人が行き着いたのは、鉄の壁と鉄の床、鉄の柱に囲まれた、前よりも更に地下にある通路。天井にはいくつものパイプと電線が這っている。更に驚いたのが、カードリーダー付きの電子ロックがかかった鉄のドア。
「一ヶ月でここまでできるものか? 『シラタチ』よりもすげぇよ」
「ここまでは、ほぼ不可能でしょうね」
「だよねぇ……」
二人はとりあえず電子ロックのドアは無視し、通路を進んだ。
敵の気配はないが、どこからかブゥーンという機械のうなりが不気味に響き、妙な緊張感がにじむ。
――足音の微かな反響音が聞こえ、二人は立ち止まった。
足音は少しずつ近づいてきて、広く響いていた音がはっきりと聞こえてきたとき、二人はとっさに武器を構えた。
ロックされたドアの他には分岐のない一本通路。その奥から赤いマントが歩いてくる。
「対SAAPか。くそっ、こんな狭い場所で……」
マハエは『壊波槍』を発動させた。
だが、そいつが近づいてくるにつれ、その異様さに首をかしげる。
「……あれは? 何か様子が……」
――二人の目の前で、赤い対SAAPは止まった。一本ツノの仮面、左肩に白い金属板を装着した対SAAP。
「なんだこいつは?」
対SAAPが一歩踏み出す。そのマントの中で何かが動き、直後、空を切り裂いた刃物が槍をかすった。
「――!」
接近戦用の大型クナイが、連続でマハエを襲う。その対SAAPには、腕と足、胴体があるようだ。
「何なんだ!? クソッ!」
宗萱が相手の背後から斬りかかるが、魔力を込めた刀はマントをかすっただけ。対SAAPは跳び上がると、マハエの頭を蹴って反対側に着地した。
「踏み台にしやがって……」
マハエは振り向いて槍を向けた。
だが対SAAPはそのまま、二人が来た道を逆に歩き出し、去っていく。まるで戦意は見られない。
「待て!」
追おうとするマハエの目の前に、宗萱の腕が伸びた。
「止しましょう。やつは目標ではありません」
「でも――。……いや、まあたしかに戦いは避けたほうがいいよな」
「そういうことです。追ってくることを予測しての行動かもしれません」
――振り返りもしない対SAAPをじっと見つめ、完全に見えなくなってから二人は肩の力を抜いた。
「ヘルプストのところで闘ったやつとは動きがぜんぜん違う。しかも胴体があったよ」
「……対SAAPの隊長としてつくられたプログラムは、人の形を成しています。わたしのように」
「ということは、あいつ……、第一部隊の隊長?」
マハエはしばらく呆然と立ちつくしてから、ゾクッと鳥肌を立たせた。
「戦わなくてよかった」
「同感です。こんな場所でムダに足止めを食らうわけには、いきませんからね」
「……それって、同感とは言わないと思う」――という言葉を、心の中でつぶやいた。