20:強行突破しかない
マハエと宗萱は、地下へ続いている階段を下りていた。
虚像の壁からは短い一本道だった。先に行った手下がここを通ったことは間違いない。
地下だから真っ暗だろうと予想していた二人だが、階段の終わりに光が漏れているのを見て驚いた。
天井にぶら下がっている電球がこうこうと光を放って、地上のように明るくなっている。
「電気が通ってるのか」
電球は廊下の天井に、道案内をするかのように、点々とぶら下がっている。中枢へ導いているのかはわからないが、そうだとして仲間達が行った他の道も、そこへ続いているようにとマハエは願った。
敵もトラップも見当たらないのを確認して、急ごうと進む足を速め――
――ジリリリリリリ……!!!
巨大な目覚まし時計が鳴ったのかと思うほどの大音量に、マハエは仰天して飛び上がった。
「んなっ……! なんだ!?」
ベルの音が止み、どこかのスピーカーから声が響く。
[攻撃を受けた! 侵入者だ! 全員、警戒態勢に入れ!]
もう一度繰り返され、乱暴にプツリと切れた。
「…………」
「誰かが見つかったみたいですね」
「……だいたい予想はつく」
地上―― 隠れ家左側の別の入り口、付近――
「うおらあぁぁ!! もっとかかって来いやあぁぁ!!!」
「う、うわぁ!!」
――ドゥン!
手下の一人が『発破鋼』の爆発で吹っ飛び、すでに気を失っている仲間の横に倒れた。
倒れた者は誰一人として起き上がってこない。意識がある者も、完全に“キレた”エンドーの前になす術なく―― いや、あまりの恐ろしさに気絶したフリをしている。
勇敢に立ち向かう者は、エンドーに触れる前に他の二の舞。あげく、逃げ出す者も。
「た、助け―― ぐあぁ!!」
最後の手下が倒れた。
だが、エンドーはまるで怒り狂った闘牛のように、歯止めがきかない。
壁を壊し、ドアを吹っ飛ばし、完全に乱射状態で前進する。その吠える様は、S級モンスターさえもたじろぐだろう。
隠れて巻き添えをまぬがれていたグラソンは、その光景に言葉を失っていた。
――ふと思い出し、ズボンのポケットに手を突っ込む。
取り出した『遠藤京助の取り扱い説明書』。マハエとハルトキに渡されたこの紙切れには、エンドーをうまく操るための裏技や注意事項などが細かに書き込まれている。
「(こういう場合はどうすればいいんだ?)」
さっと目を通すが、こういう事態に備えた対処法は書かれていない。
予想していなかったことなのか……。グラソンは思ったが、説明書の裏面を見て固まった。
下のほう―― それも小さな赤文字で丁寧に――
『保証できる範囲で記入』
「…………」
グラソンはしばらくその文字を見つめてから、説明書を細かに破り捨てた。そして向こうで暴れているエンドーへ歩を進めた。
地上の悲鳴と爆音は、地下までは響いてこないが、マハエと宗萱はすぐに状況を把握した。
「とにかく急ぎましょう。留まるのは危険です。どこか、隠れる場所を見つけて様子を見ましょう」
「ああ。エンドーが騒いでるとして、たぶん敵はそっちへ集中するだろうから……」
廊下の奥から、バタバタと足音が近づいてくる。
「……敵がここを通る可能性もあるわけで」
――見つかった。
「動くな! ちっ、こんなところまで侵入していやがったか!」
「へっ! 飛んで火に入る夏の何とやらだな!」
数は四人。それぞれが剣や棍棒を装備している。
「アレェ?? ココハ、ドコデスカ?? 森ノナカ、サマヨッテ、変ナ所ニ迷イコンデシマイマシター! 引キカエシマァス!」
「待てぇぃ!! 貴様ら『シラタチ』だな!? 逃がすかぁ!!」
「シラタチ? 知ラナイヨ、ソンナ糸コンニャク。ワタシト黒イノ、各地ヲ旅スル旅芸人。ワタシノ、オ名前『マハエコ・モーリ』、コッチノ黒イノ『ソーケン・ビッチャ』デェス」
「取り押さえろぉ!!」
「ワッ、イタイ! 野蛮ナ種族ネ〜!」
「強行突破しますよ!」
宗萱が刀を抜いて叫ぶ。
――ガキィン!
手下が持つ剣の刃先が、ポトリと床に落ちた。
「くっ! 気をつけろ、相手は手強いぞ!」
「クライナサーイ!」
マハエが床を踏みしめ、魔力の衝撃波を放った。
「な、なんだ……!?」
手下全員が足をすくわれて転倒。二人はそいつらを飛び越して奥へと走る。
「に、逃がすなぁ〜! 追え、追えぇ〜!」
後ろで立ち上がって追ってくる手下へ向かって、マハエが『衝撃弾』を放つ。
「存分に戦えるだけ、モンスターのほうが楽かもしれませんね……」
「じゃ、モンスターが出たらお願いします」
「そこは協力しましょう」
走りながら、一時的にでも隠れられる場所がないか探した。
だが敵は前からも。
「いたぞ! こっちだ!」
相手が人では、簡単にはいかない。
「こっちに行ったと思ったんだけど……」
ハルトキと大林は、赤い対SAAPを見失っていた。
そこは通路が少し広くなった場所。赤い対SAAPを追ってここまで来た二人だが、その通路の奥は行き止まりになっていた。
[迷ったんですか?]
案内人が声をかける。
「迷ったんですよ」
[迷ったときは、原点にもどれといいますが、そんな余裕はないでしょうね]
「おい、他はどうなんだ? さっき警報が鳴っていたが」
[わかりません。わたしはずっとあなた達に付いていましたから。グラソンさんに、お二人をサポートするようにと―― 二人から離れるなと言われているんです]
大林は肩をすくめる。
「オレは戦闘に関しては素人ではない。勘にも自信はある。心配はいらないと言っておいてくれ」
[そんな冷たいこと言わないでくださいよ。こんなわたしでも、何か役に立つことがあるかもしれません]
ハルトキが鼻で笑う。
「『こんなわたしでも』ね……。自分の無能さをよくわかってるじゃないの」
[……ヒドイ。いつからそんな毒舌家に……?]
「とにかく、道がない以上は引き返すしかないな。どこかで赤マントが別の道を行ったとして――」
強い殺気と空気を切り裂く音、何かがすごい勢いで迫ってくる気配に、大林は素早く身を引いた。
鈍く光る物がローブの袖を縦に切り裂き、床すれすれの位置でピタリと止まった。
攻撃を受けたことは明白。大林は敵の姿を確認するよりも早く、回し蹴りを放った。――蹴りは何もとらえなかったが、何かがその位置から身をひるがえして離れたのを、彼は見た。
――濃いブルーのマントが舞う。
人の形をしたそれは、片足を軸にして二回ほど回ると、左腕を振り上げてマントをはらった。
「ククク……。オレ様の相手として、申し分ない」
そいつは狂喜に満ちた黄色い眼を光らせた。