19:魔王の真似事
気絶していた見張り二人を草陰に隠し、新たに侵入したマハエ達が、グラソンとエンドーを凝視した。
門を再び閉じ、侵入の痕跡を消す。
「助かりました。二人が見張りを倒していてくれて」
宗萱が頭を下げると、エンドーがふんぞり返って、
「どういう方向に考えれば、あんなバカな作戦で侵入できると思うんだ?」
ケラケラと笑う。
「…………」
マハエとハルトキは反省。――しながら、拳を震えるほど固く握っていた。
「そちらは大丈夫でしたか? 敵に気付かれていませんね?」
「ああ。監禁室入り口の見張りは、気絶させて牢に放り込んでおいた」
[――ですが、気付かれるのも時間の問題です。早く隠れ家内部に侵入し、窪井を探し出してください]
案内人が言う。
全員、目の前にある木造の建物を眺めた。
しっかりとした造りの建物だが、二階はない。一階分の広さは確認できないが、どこかに窪井がいる。――もしくは、地下があるのだろう。
目の前にドアのない入り口があり、そこからの侵入は容易だ。
「監禁されていた建物の付近にも、ドアがあった。おそらく、まだ何箇所か存在するだろう」
「……そうですか。ではチーム行動ですね。まとまって行動するのは目立ちますし」
「よし。クジで決めよう」
エンドーが地面に『アミダ』を描き始める。
「オレと京助は、もどって発見した入り口から侵入する」
「では、大林さんと春時さんは、反対側から入り口を見つけてください。わたしと真栄さんが正面から」
「あれ? もしかして『アミダ』知らないの? 阿弥陀クジ」
エンドーはすでに自分の名前を書いている。
「行くぞ京助。オレ達はこっちだ」
グラソンはエンドーを引きずりながら建物の左手へ。
「おい待てよー。男というのは腕だけじゃダメだ。ときには運を頼ることも必要に――」
「後で合流しよう」
「ええ」
グラソンとエンドーが左側、大林とハルトキが右側へ行き、それを確認後、宗萱とマハエは正面入り口から隠れ家―― 母屋に侵入した。
「……暗いなぁ。昼間なのに」
正面入り口からまっすぐ奥へ続いている廊下に窓はない。建物の中央を突っ切っているのだから当然だが、そのために灯されるはずのロウソクに、火は灯っていない。
――おまけに、壁は全体的にこげ茶色の木で、床は黒い石だ。
窪井という男は、デンテールと似たような趣味らしい。と、マハエは思った。
「真栄さん。入り口を見張っていた手下が話していましたよね。『あの三人が帰ってこない』と」
「……そういえば、そんなこと言ってたっけ」
「『あの三人』とは、『ヘルプスト』の手前で我々を攻撃した者達でしょう。その三人がまだここへ帰っていない……」
「――と、いうことは……」
「敵は、我々が侵入することをわかっていたようですが、それは彼らの報告によるものだと思っていました」
「……えっと、そうではないとすると―― もしかして『シラタチ』に内通者が……? ――ハハ、まさかね」
「まあ、敵がこちらの動きを知る手立てはいくらでも考えられます。我々が常時見張られているかもしれないということも」
マハエはギクリと身を固めた。
「だとすれば、オレ達はやつらの手の上で踊らされてるってことじゃ?」
「すいません、考えすぎですね。極めて低い可能性です」
それからは会話をひかえ、今の行動に集中する。
廊下は突き当たりから左へ続いていた。突き当たりには引き戸があり、奥からは人の声が聞こえる。
「人の気配がある場所には近づかないように」
「了解」
廊下にしたがって左へ折れ、いくつかの部屋の前を通ったとき、すぐ横にあるドアのノブが、ガチャリと鳴った。
二人は飛び退き、数歩離れて構えた。
間もなくドアが開き、手下が一人出てきたが、二人に気付くことなくドアを閉めると、彼らが進もうとする先へ歩いていった。
「危ね……。全身黒の宗萱さんは暗闇に強いな」
「あの手下、どこへ行くのでしょう?」
「付いて行ってみますかい?」
――手下はすぐ先で、右に曲がった。少し間を置いてから、二人は角から顔をのぞかせた。
「……あれ?」
そこに、手下の姿はない。――見失った。
だが、その廊下にはドアも曲がり角もなく、突き当たりの壁があるだけだ。つまり、行き止まり。
「どこへ……?」
「隠し扉でもあるんじゃ?」
マハエは慎重に、壁に手をついて歩く。宗萱も反対側の壁を調べながら。
行き止まりの位置まで歩くが、怪しい箇所はない。――と、一番奥の壁に触れようとしたマハエの手が、壁をすり抜けた。
「うわっ……!」
つい大きな声を出しそうになり、慌てて口をふさぐ。
「この壁は……、立体映像ですね」
壁に突っ込んだ手に、光が当たっている。
「そんな……、この世界にそんな技術は――」
「窪井はデンテールのデータを持ち出したのですよ」
「あ、そうか……。その中にこういう技術の資料もあって、それを真似たと。……無理がない?」
「たしかにそうですね。この世界の住人に、超高度な技術を真似ることなど……」
――本当に『ニュートリア・ベネッヘ』とは、どういう組織なのか……。疑問は深まるばかりだった。
ともあれ、消えた手下の謎が明らかになった。
無駄話は置いておき、二人は虚像の壁の奥へ踏み込んだ。
建物の正面から右側へまわったハルトキと大林は、地下へ降りる狭い階段を見つけていた。
降りていくと、頑丈そうな鉄の扉があったが、カギはかかっていなかった。
「人の気配がいないな……」
「建物が広いぶん、遭遇率は低いのかも」
「いや……、妙だと思っていたが、やつらにしては警戒が薄すぎる気がする。窪井はもっと、抜け目のないやつだ」
敵の気配はなくとも、大林は一瞬たりとも気を許すことはない。そんな彼を前に、ハルトキも見習わなければと、後ろを警戒する。
「KEN 窪井って、どういうやつなんです?」
「……やつは恐ろしい男だ。体術に優れ、頭も勘もいい。……なにより、冷酷だ」
「なるほど。デンテールの“後継者”として、欠点のない男……」
――まさに第二のデンテール。
第三、第四の魔王をつくらないためにも、『シラタチ』は戦わなければならない。
――二つ目のドアを抜けると、また地下へ続く鉄の階段があった。
左右の壁も、いつの間にか鉄板で覆われていて、床は金網になっている。
「なんか、中枢に近づいてるって感じ」
「…………」
大林は何も言わなかった。明らかに困惑している。
技術発展世界の住人であるハルトキは別として、大林にとってはまるで異世界だ。
「デンテールに影響受けすぎだね……」
心の中で苦笑いしながら、ハルトキは大林に続いて足音の響く階段を下り始めた。
そこは地下何階だろうか。そこからは左右に道がある。もう地上のような全木造の面影はなく、悪企業の地下工場という表現がピッタリだ。
――カツン。
音がした。
大林は下りてきたばかりの階段を振り返る。――誰もいない。
「(ネズミか?)」
それ以上しつこく探ることはしなかった。
――だが、“そいつ”はいた。
大林とハルトキの真上の天井を這う、太いパイプの上に。完全に気配を殺して……。
闇の中に黄色い眼が二つ。――“そいつ”は、濃いブルーのマントの中から、ギラリと光る片手剣を引き抜いた。
――コツ、コツ……。
こんどは別の足音が廊下の左から響いた。“そいつ”は手を止め、様子をうかがう。
真上の存在に気付かない二人は、新たに聞こえた足音のほうを向く。
廊下は奥で『T字』のようになっていて、そこを赤いマントが横切った。
「対SAAP……」
ハルトキがつぶやく。
それが昨日、話に出た赤い対SAAP―― 新型SAAP第一部隊員、それだとわかった。
だが、少し彼の想像と違った。ツノが二本あるという話だったが、横切ったそれの仮面のツノは一本だけ。それに、左肩に白い金属板を装着していた。
「追うか?」
「……大林さんに付いていきます」
――二人がその場を去った後、天井にいた“そいつ”は舌打ちをし、跳んでどこかへ消えた。
更新がいつもより遅れてしまい、すみません。
更新頻度がこのままではイカンとは思っているのですがねぇ…;
そう思いつつ、夏なのでホラーを書きたいと思い、連載を開始。今回はそれ関連で遅れてしまいました。
向こう側で楽しんでいるマハエらはこの際ほうっておいて…とはいきませんが、そちらのほうも読んでいただければと思います。
タイトルは『七つのしずく』。連載といっても、短編ホラー集です。興味がある方はぜひ。
――あ、もちろんこっちの更新も忘れませんよ。
『七つのしずく』へ↓
http://ncode.syosetu.com/n6942e/