00‐2:危機の始まり
「はぁ……、はぁ……」
窪井は冷たい鉄の壁に肩を預け、ぬれた体の上に羽織った自分のローブを握りしめた。
ローブの下にはレスリングコスチュームを装着しているが、今の彼の体は、もとの“人”である姿にもどっている。
「くっ……、大林のやろう……! まさかあいつ一人に、ここまでやられるとは……」
全身から海水が滴り落ちる。
窪井は、デンテールの研究所―― ミサイルの発射施設にいた。
大林との戦闘から脱した彼は、下水道のような隠し通路を使って、ここまでたどり着いた。
激痛に顔をゆがめながら、三人、グラソンとデンテールが戦った部屋の扉を開ける。
開いた天井から、黄色い月の光が差し込んでいる。機械だらけの部屋は、戦闘の後で派手に散らかっていた。
「まさかデンテール様まで倒されるとは……。あの三人、あなどれんな」
部屋の中央あたりで、窪井は足を止めた。
壁に、男がぐったりと、もたれかかっている。
窪井は男を見下ろすと、「フン」と鼻を鳴らした。
「グラソン……、こいつも、くたばったのか」
ピクリとも動かないグラソンを、とくに気にもせず、窪井は奥にある大きなコンピューターへ向かった。
ほとんどの機械は、穴が開いていたりショートしていたりして壊れている。そのコンピューターも例外ではなく、中の電気回路がショートしたおかげか、複雑な操作をせずとも壁の隠し扉がすでに半分ほど開いていた。
「隠し部屋か」
窪井は薄ら笑いを浮べると、歩を進めた。
――誰かがいる――
――オレのそばに誰かがいる――
――敵?――
(…………)
――誰かがオレを支えている――
――誰かがオレを支えて……、どこへ連れて行く?――
――敵?――
(…………)
――敵じゃ……、ない……?――
(…………)
――ガチャ。
ドアが開く音で、グラソンは目を覚ました。
白いベッド、明るい部屋、何も置かれていない机。
「…………」
彼はこの部屋に見覚えがあった。
「……生きていたのか、オレ……」
「生きていましたよ。危ない状態でしたけどね」
「――!?」
グラソンは起き上がって、その声の人物を見た。
「お前は……」
つばの垂れた黒い帽子、詰襟の黒い服―― 全身を黒におおわれた、細目の男。
「SAAPか……。なんだ、生きていたのか」
「何を言っているんです。あなたが逃がしてくれたのでしょう。あなたの助太刀がなければ、わたしはとっくに死んでいましたよ。元部下達に殺されて、ね」
「ははは……。そういや、そうだったな」
グラソンは部屋の中を見回す。
「……ここは、デンテールの城か」
「はい。あなた、三日も眠っていましたよ」
「三日……。もっと長く感じていた」
「案内人の話によれば、殺気にまみれたエネルギーをまともに浴びたらしいですね」
「……そのようだな。よく覚えていない」
グラソンは、またまくらに頭をあずけ、天井を見た。
宗萱は近くの椅子に腰をかけ、グラソンを見つめる。
一切の音はない。もっとも、この城内ではそれが普通なのだが。
「……ところで、人工島にウィルスのサンプルが残っていたはずだが……」
「あなたを発見した場所の隠し部屋にあったサンプルと資料なら、すべて回収しましたが?」
「そうか、それならいい。サンプルとそれに関する資料が、もしも先に誰かに回収されていたら、この世界は終わりだ」
安心したように息を吐く。だが、宗萱は少しも表情を変えないまま、言った。
「KEN 窪井、という男が、まだどこかで動いているようです。あなたはどうします?」
「……窪井が? そうか、やはり生きていたか」
「目立った行動がなければいいのですが、危険性アリと判断した場合は……」
「…………」
グラソンは起き上がり、ベッドから立ち上がって伸びをした。
「それで? オレを助けたということは、何か目的があるんだろ?」
ベッドに座って足を組んで、グラソンは宗萱を見た。
「あなたを助けたのは、単にあなたが無害だと確信したからです」
「ついでに、オレが知っている情報を聞き出す。ってことか?」
「……ええ、まあ」
宗萱が、四角い平皿に乗せて持ってきたカップに熱いコーヒーを入れ、一つをグラソンに渡して再び椅子に腰掛けた。
「いくつか、お聞きしたいことがあります」
「…………」
グラソンはブラックのコーヒーを一口すすり、微笑した。