14:ちんけな客人
本部待機中のエンドーは、『VBT』に励んでいた。
トカゲ三体との対決。二体倒し、残りは一体だ。棍棒―― 『発破鋼』が敵を打ち、触発するように爆発が起こった。
倒れたバーチャルモンスターは消えていく。
「ら、楽勝……!」
顔面いっぱいに汗を浮べながら、エンドーは「へへっ」と笑った。
「何が楽勝だ。二回も死んだぞ」
ガラスの向こうでグラソンが声をかける。
「たったの二回だろ!? 上出来だ! とかほめるべきだとオレは思う!」
「実戦は一回死んだ時点で終わりだ。ゲームじゃないんだからな」
「わかってる! ほら、次出せ、次!」
金棒をぶんぶんと振り回すエンドーを、グラソンは少々呆れて見つめていた。『VBT』をゲーム感覚で行なっているからではなく、バーチャルとはいえ、本物の痛みを体感してしまうトレーニングで、二度も『死』の痛みを味わったというのに、まだ続けようとする精神に、感心しながらも呆れているのだ。
「休憩にしよう。ぶっ続けで死んでると、気が狂うぞ」
「なに言ってんだ! ぶっ倒れるまでやるぞ、オレは!!」
「…………」
もしかしたらもう狂っているのかもしれない。とグラソンは思った。
「副チーフ。お時間はありますか?」
SAAPが階段を登ってきて言った。
グラソンは「ああ」と返事をしてSAAPに寄った。
「今、一階のフロントに妙な客が来ていまして。若い男なのですが、この建物の中を案内してほしいと」
「断っておけ」
「そうしたのですが、引く様子はなく、責任者を呼んでくれと言うので」
グラソンは頭をかいた。
「……わかった。すぐに行く」
『VBT』のコンピューターの前にいるSAAPに、「ドラゴンの相手をさせておけ」と指示を出し、グラソンは一階へ向かった。
トレーニングルームの扉横にある階段から、階下へ行き、途中のエレベーターを使って一階へ。
フロントに出ると、グラソンはすぐに、そこに立っている男に目をやった。
もともと『シラタチ』に、一般の客なんて滅多に来ない。フロントにはいつも数人のSAAPしかいないせいで、他の人物は目立つ。だが、その男はそれだけではなく、金髪でハンサムな顔立ちに、グラソンに負けないほどの長身。その身を青い服でまとい、緑色のマントを背に付けている。その格好が彼をさらに目立たせる。
「オレは副責任者のグラソンだ。この『シラタチ』に何か用か?」
「失礼、わたくしは『ハクト』と申します。最近、この組織の噂を耳にしまして、ちょうど近くを通りかかったものですから、少し見物させていただこうかと」
男は紳士的な口調で言って、ニコリと微笑んだ。
グラソンは男が肩にかけている、大きな皮袋を見た。
「あんた、旅人か?」
「いかにも。“賞金稼ぎの”旅人です」
「なるほど。それで、こんな組織に興味を持ったと?」
男はうなずいた。
「少し、お話も聞きたいですし、ついでに城内を拝見させていただきたく」
「ほう。まあ、今はそれほど時間を気にしてはいないから、少しくらいなら時間を割くことはできる」
「ありがとうございます」
男は笑顔のままお辞儀をし、背を向けて歩き出すグラソンの後に続いた。
トレーニングルーム――
ドラゴンを倒したエンドーは、「疲れたぁ〜」と、床に大の字に寝転んだ。
銀色の金棒を短剣の状態にもどして、顔の上に持ち上げる。
それなりに使い方を覚えてきた。
この短剣は、埋め込んである『陰の石』と魔力が同化し、力を実体化させる。
エンドーの持つ魔力の形は、『金棒』。八角形の長い金棒だが、重さは短剣と変わらない。そのおかげで楽々振り回すことができる。
この金棒―― 『発破鋼』は、エンドーの意思で、触れた物を爆破させることができるのだ。
「(何事も鍛錬、鍛錬!)」
エンドーは気合を入れなおして起き上がった。
「グラソン! 次だ次!」
上のガラスに顔を向ける。が、その向こうにグラソンの姿はない。
「ん? どこ行った!? あのヤロー!」
ぴょんと立ち上がり、駆け出す。バトル直後だとは思えない気力だ。
「グラソンはどこ行った!?」
『傍観室』の階段を駆け上がり、SAAPに訊く。
「つい先ほど、一階へ向かわれました。なんでも、妙な客が――」
エンドーは話を最後まで聞かず、すでに去っていた。
「くっそー! グラソンのやつ、オレの戦闘を指導してやるとか言って、黙ってどこ行きやがった!? 見つけたらタダじゃ――(あ、でもオレ、グラソンに勝てないや)……でも見つけたら、ど頭一発ぶん殴って――(無理か)……せめてチョップかまして――(これも無理そう)……入魂のデコピン食らわせてやる!! ……って、なんでオレこんなに怒ってんの?」
ぶつぶつ言いながら一階へ向かうエンドーだが、一度も階下へ行ったことがなく、階段を下りたところで、
「――よしっ! 迷った!」
パンと手を叩いた。
「(適当に歩いとけば大丈夫だろう。どう迷っても、ここ本部だし)」
口笛を吹きながら歩き出した。
と、迷いながらも、どうにかエレベーターを発見し、一階へ到達。そこからまた、さ迷い歩いていると、十字になった廊下の右方向から、人の声が反響して届いた。
「お、グラソンだ」
エンドーはその声へ向かって走り出そうとし、もう一人の声に気付いて踏みとどまった。
「――そうですか。では、お二人でこの組織を立ち上げたと?」
「そうだ」
「しかし、この城はずっと以前からここにあったようですが?」
「まあな。もとは知り合いの所有物だったが、そいつが死んでしまって、オレらが引き継いだ」
「ほほう……」
エンドーの知らない男。どうも怪しいが、グラソンが平気で話をしているのなら、安全なのだろうと、とりあえず様子を見ることにした。
男が十字廊下の真ん中で立ち止まり、エンドーが潜む廊下の反対―― 細い廊下の先を見つめた。エンドーは柱の陰に隠れて、男の背中越しに同じ所を見た。
奥に、やたら大きな扉がある。一人で開くには苦労するであろう、重厚そうな扉だ。おまけに、それに見合った大きな錠前でしっかりと閉ざされている。
「ここには何が?」
男が訊く。
「ただの地下室だ」
グラソンは男の前に立ち、「もういいか?」と言う。
「そろそろ時間だ。すまないが、今日のところはお帰り願う」
「そうですか、それは残念です。……ところであなた、この城の所有者の知り合いだったと、おっしゃいましたね? では、それよりもずっと以前、この土地に何があったのか、ご存知で?」
「……知らない。だいたい、オレが産まれる前の話だろ」
「ふふ……、そうですか」
男は肩にかけた皮袋をぐっと握った。
「オレからもいいか? ――あんた、実は紳士じゃないだろ? そのしゃべり方、不自然だぞ」
「そう思いますか? ……残念ですね。ここへ来るまで、けっこう訓練したんだけどなぁ。怪しまれないようにと思って、さ」
「――!!」
グラソンは腰の金属棒に手を伸ばした。
――ガチィンッ!!
火花が散った。
振り下ろされた皮袋を四本の金属棒が受け止めている。
「(――重い!?)」
皮の袋がたやすく破れ、散り、白い三本の鉤爪が現れた。
それを弾き、飛び退いたグラソンの足元に巨大な鉤爪が、ギャシャン!と落下した。
鉤爪には鎖が繋がっている。男はその長い鎖を右腕に巻きつけ、左手で鉤爪を引いて、ぶんぶんと頭の上で回す。常人が軽々と振り回せる大きさではないのだが。
「よく気付いたな」
男は不敵に笑う。
「紳士の真似なら……、もっと上手いやつがいる」
「ふ、そうか。それは存外―― だ!」
鉤爪が飛ぶ。
避けたグラソンの横で、砕けた床の破片が舞った。
男は鉤爪を引きもどし、再び頭上で回す。
「狭い廊下じゃ、オレのほうが不利ってわけか」
言って、グラソンは「ふっ」と口元を吊り上げた。
「――ん!?」
男は反応したが、振り回す鎖のせいで行動が遅れ、魔力球の爆発に吹っ飛ばされた。
「ぐあっ!」
床を転がる男。だが、すぐに受け身をとるようにして体勢を持ち直す。
「くっ……! 爆薬か……!」
暗闇から、金棒を肩に乗せたエンドーが歩み寄る。
「もう一人いたのか」
「何者だ?」
エンドーが男をにらむ。
「どうやら、分が悪いのはオレのほうだな」
騒ぎを聞きつけたSAAP達の足音が近づく。
男は鉤爪を担ぎ上げると、舌打ちを残して逃げ去った。
「まて!」
「京助! 追うな、一人では危険だ!」
叫ぶグラソンは、壁にもたれて腕を押さえている。
「大丈夫か? 怪我したのか?」
「いや……」
出血はしていない。打撲だろうと、エンドーは思った。
「――何かありましたか」
一足遅く、SAAP達が駆けつけた。
「侵入者だ。追ってくれ」
エンドーは彼らにそう言うと、グラソンを支える。
数人のSAAPが、男が逃げていったほうへ走るが、おそらく捕らえることはできないだろう。
「窪井の手の者かな?」
「……違うな。あれはただの、ちんけな“侵入者”だ。気にするな」
エンドーはじっと、目を細めてグラソンを見た。
「グラソン……」
「なんだ?」
「……髪、立ってる」
「静電気だ」