12:トンネルにこだまする……
崖の途中にぽっかりと開いていた横穴は、大林でも立って移動できるほど広く、自然にできたものでも、ずっと以前にできたものでもない。人工的で、それもつい最近に掘られたばかりのようだ。
「あいつら、手の込んだ罠をしかけやがる。まさに、手段を選ばない連中だ」
「やっぱり罠だったんですか……。それにしても、こんな大穴、どうやって?」
紫髪の少年―― 窪井の手下三人は完全に見失ってしまった。
とくに、先のほうは真っ暗で何一つ見えない。
[吉野さん、大林さん、こんな場所で何をしているんですか?]
二人の声はトンネルに反響するが、案内人の声はそうではない。
「案内人、今、窪井の手下を追跡中なんだよ。落石は罠だったんだ。早くマハエ達と合流したいんだけど」
[それが……、あちらも厄介な敵にからまれていまして……]
大林が反応する。
「敵だと? 窪井の手下が向こうにも?」
[そんなところですかね? ……それよりも、あなた方は追跡を続けてください]
「……そうしよう」
だが、さすがに暗すぎる。ハルトキは『暗視』が使えるおかげで支障はないが……。
「ランプでも持ってくるんだった。この暗さじゃ、目が慣れても、とっさの判断が鈍ってくる」
大林は暗闇に目を凝らしていた。
「あら、ランプならありますよ?」
「ん? 本当か?」
「はい。少し待ってくださいね」
「助かったよ」
「いえいえ」
洞窟にオレンジ色の明かりが広がった。
大林は受け取ったランプを前にして進む。
壁や天井に、三つの足音が反響、膨張し、不気味なムードをつくりあげる。
「……ところでハル」
「……何ですか?」
「オレはさっき、女と話していたような気がするのだが?」
ハルトキも「そういえば」と、
「まあ、こういう暗いトンネルでは、生き物でない生き物も珍しくないらしいですから」
その説明に、大林は無理矢理うなずいてみる。
「失礼ねぇー、わたしは生きてますー」
「そういうやつらの中には、自分がまだ生き物だと信じて、さまよってるやつも少なくないと聞きます」
「……なるほど」
「いいかげんにしてください。怒りますよー?」
「…………」
面倒くさそうに後ろ頭をかいて振り向いた二人の目の前で、大きなバッグを背負った、栗色の髪の少女が、ニコニコ笑って手を振っていた。
「……なんでキミがいるんだ?」
大林はできる限り平常心を保って尋ねる。
「だって、あなたは命の恩人ですもの〜、お役に立ちたいと思いまして」
語尾にハートが付いている。
「いつからいた?」
「何を言ってるんですか〜、最初からですよぉ」
「気を失っていたんじゃなかったのか……」
大林は頭を抱える。
「眠った美女は王子様のキスで目覚めるっていうのが定番なのに、置いていくんですもの」
少女は可愛らしく頬を膨らませた。
前方ばかりに気をとられ、すぐ後ろに引っ付いて来ていた、少女の気配に気付かなかった自分が情けなく。それと、死にかけた直後だというのに、見ず知らずの男二人についてくる、呆れた少女の肩を揺さぶってやりたくなった。
大林はため息を吐いて、少女と目を合わせる。
「オレは大林鷹光。キミは?」
「申し遅れました。わたしは『ミチル』といいます。トーネリカ出身のぴちぴち十七歳でーす」
ハルトキも自己紹介をする。――が、無視された。
「呼び捨てで構いませんからね。大林さんっ」
「ミチルさん、ここは危険なんだ。外へ出ていてくれないか?」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ〜。邪魔はしませんから。あ、それにわたし、こう見えて足腰強いんですよ〜?」
「そうじゃなくてだな――」
そのとき、ハルトキが「静かに」と、鼻の前で人差し指を立てた。
大林もすぐさま気配に気付く。
「ミチルさん。下がってろ」
闇の中に誰かがいる。『暗視』と『望遠』を発動していたハルトキには、敵の姿がはっきりと見える。
数は三人。ハルトキ達のほうへ、並んで歩いてくる。
大林はランプを地面に置いた。
「え? なになに?」
敵の姿も見えず、気配もわからないミチルは、大林の後ろでぴょんぴょん跳ねている。
「へぇ、女連れとは珍しいなぁ、大林」
ようやく、明かりのとどく範囲まで来て、敵三人は足を止めた。
おそろいの紫頭。間違いなく窪井の手下だ。
その手下三人は、ハルトキやマハエらと歳は同じくらいだろう。だが、その口調は完全に大林すらも見下している。
「てめぇらのようなやつに、気安く呼び捨てされるってのは気に食わねぇが……」
一歩、大林が手下に踏み寄る。
でかい態度をとっていた手下達も、彼の気迫に圧されてたじろぐ。
「ハルはミチルさんを守っていろ。こんなやつら、オレだけで十分だ」
「ふ、ふん。一人でかかってくるつもりか? なめんなよ!」
真ん中の手下Aがわめき、長い棍棒を振り回して構えた。両側二人は、片手剣だ。それに対し、大林は素手。だが、ハルトキは微塵も不安など抱かなかった。
――一分もあれば足りるだろう。
生暖かい風を切り裂いて、鋭い真空の刃がマハエへ飛んだ。
宗萱が一瞬で抜いた刀がそれを弾き、刃はマハエの両側をかすって消えた。
「なんだ、いったい!?」
――それは、二人が道を塞ぐ岩を破壊しようとしたときだった。
空間の一部がゆがみ、中心から赤く染まっていく。
まず現れたのは、ドクロの仮面。まっすぐなツノが二本あり、目の部分から赤い光がもれている。
「まさか!?」
マハエと宗萱は立ち尽くした。
体中に鳥肌が立つほどの不気味な気配とともに、徐々に全身が現れる。
真っ赤なフードが頭を覆い、胴体は真っ赤なマントで完全に見えない。――いや、こいつに胴体はない。マハエと宗萱は確信している。
『黒猫集団』のような、まがい物ではない。こいつは本物だ。しかも、前に戦ったザコなど比にならない、自分達が想像しているものよりも、ずっと強敵だろう、と。
マハエは、口ばしの長い鳥が彫刻された『銀の短剣』を抜き、魔力を注いだ。
イメージする。己の力の形を――
横に一振りすると、短剣は槍の形に変化していた。
「コツをつかめたようですね」
宗萱はほめながらも、敵から目を離さない。
「対SAAP……、本物の……? もしかして、デンテールがつくった兵の残党?」
「――の可能性もあります。それを窪井が引き継いだのだとしたら」
「思ってるほど簡単じゃないな」
二人は左右に散って、再び放たれた刃をかわした。
宗萱が対SAAPとの間合いをいっきに縮め、刀を振る。だが、まるで紙を切ろうとするように、ひらりひらりと受け流された。
「やりますね……」
「はぁっ!」
背後からマハエが槍で突くが、胴体に効果はない。
対SAAPは高く跳び上がり―― 空間のゆがみとともに姿を消した。
「消えた……!」
「油断しないでください。近くにいます」
宗萱は刀を鞘におさめ、魔力を込めながら精神を集中した。
嫌な気配が周りを移動しているのがわかる。さらに集中し、正確な位置を感じ取る。
「…………」
マハエは、どこにいるのか、わからぬ敵に恐怖しながら、いろんな方向に槍を構える。
――ゾクリ。背中いっぱいに鳥肌が立った。
「――真栄さん、後ろです!」
宗萱が叫ぶのとほぼ同時に、マハエは気配に反応し、横へ転がって回避した。
直後、立っていた地面に、刃物が食い込んだような穴が開く。かすった腕から血が飛び出た。
「斬灯―― 『瞬風居合』」
瞬息で間合いを詰め、鞘から刀を抜き放つ。
対SAAPが姿を見せたところを、斜めに光がはしった。
「(――外した!?)」
敵はすばやい。仮面が少し削れただけで、ダメージを与えることはできなかった。
ふわっと浮くように跳んで、二人から離れた対SAAPは、相手の出かたをうかがうように、動きを止めた。
「ずっと姿を消していられるわけでは、ないようですね」
「また消えられたら厄介だな……」
「攻撃も黒マントより強力ですからね」
様子を見ていた対SAAPだったが、先に自らが動いた。マントがガバッと開き、そこから真空の刃が連続で放たれる。
武器を前に構えた二人を刃が襲い、腕や足を、防ぎそこねた刃がかすめる。
――攻撃が終わったとき、敵にすきができた。宗萱はそれを逃さず、即座に反撃。だが、魔力を備えた攻撃も、ぎりぎりでかわされてしまう。
「(わたしの『風』が、読まれている……!?)」
動揺する宗萱。マハエもその後ろで動揺していた。頼れる宗萱の技が通用しないとは、予想だにしていなかった。
「くっ……! どうする……!?」
そのとき、マハエはふと、気付いた。
対SAAPは今、崖の真下にいる。そしてその頭上には――
「――宗萱さん! 避けて!」
その声に振り向く宗萱。マハエが槍を構えて突っ込んでくる。横跳びで退いた宗萱の横をマハエが走り抜け、対SAAPが逃れる直前に、槍先がマントを貫通し、後ろの崖肌に突き刺さった。
「これで逃げられないだろ!?」
ギリッ、と槍先がさらに食い込む。
「くらえ!!!」
――ドグンッ!
波型の刃から衝撃波が発生し、崖を揺るがした。
「――!!?」
頭上を見上げた対SAAPに、岩が降り注ぎ、押しつぶす。
マハエは、彼に向かって飛び込んだ宗萱のおかげで、落石に巻き込まれる寸前に脱した。