11:これが力の形
※ややこしくなる部分があったので、案内人のセリフを、「〜〜〜」から[〜〜〜]に修正いたしました。
――一瞬だった。
岩が斜面を転がり落ちてくる。
宗萱がマハエを押して跳び、大林も逃れようと足を踏み込んだ。
だが――
「きゃあぁ!!」
女の悲鳴に大林は振り向いた。
海を眺めていた少女だ。落石に気付いたものの、動けずにいる。助けなければ確実に巻き込まれる。
「――くそっ!」
大林はとっさに方向を変えてジャンプした。
「大林さん!」
「――!!」
ハルトキが大林に手を伸ばすが、無駄だった。
「きゃああぁぁ!!!」
ひと際大きな悲鳴。少女を抱きかかえた大林が、そのまま足を踏み外して海へ真っ逆さまに落ちていく。
「(ちくしょう!!)」
十メートル下の海面からは、いくつも、とがった岩が突き出ている。
大林は死を覚悟し、目を閉じて歯を食いしばった。少女の体を強く抱きしめ、頭を押さえつけてかばう。
「(せめてこの少女だけは――!)」
ハルトキが叫ぶ声が聞こえた。……だが、もう関係なかった。
大林は気付く。
これは罠だったのだ。大林や『シラタチ』をヘルプストにおびき寄せ、がけ崩れを起こして、まとめて始末するつもりだったのだ。悪知恵の働く窪井によって、すべては仕組まれていた。
そして、すべて遅すぎた。
――お前は生きるんだ。生きて、仲間を守れ。――
――それができるのは、お前しかいない。――
懐かしい声がよみがえった。
大林は心の中で叫ぶ。まだ死ぬわけにはいかないんだ! と。
そのとき――
「縛連鎖!」
一筋の光が伸びた。
薄く目蓋を開いた大林の視界に飛び込んできたのは、ヘビの如くうねりながら音の速さで伸びてくる光。
「…………」
――大林は波の音を聞いた。それはたしかに自分の頭の下で轟いている。
ゆっくりと目を開けると、海面はまだ頭のずっと下のほうにあった。
落下していない。空中でピタリと止まっている。
「……なんだ?」
大林は銀色の鎖に縛られて、ゆらゆらと左右に揺れていた。
「――剣をしっかりと握れ。そして集中しろ。お前達にはできるはずだ」
三人は、銀色の短剣を両手で握り、じっと手元をにらんだ。
約一時間前――
『バーチャル・バトル・トレーニング(VBT)』の闘技場に改造されたホールに、三人の力む声が響く。
グラソンが彼らに一本ずつ渡した、全長三十センチほどの銀色の短剣は、鉄をそのまま剣の形にしたような物で、全体が銀色。柄と刃の中間部分には、青い石が埋め込まれている。刀身にはそれぞれ別の絵が彫刻されていて、マハエのは口ばしが長い鳥、エンドーは二股の角がある鳥、ハルトキは尾の長い鳥だ。
「どうした? 思い出せ、デンテールと戦ったときの感覚を」
「…………!!!」
短剣にも石にも変化は起こらない。
「そいつに埋め込んである『陰の石』には、お前達の魔力を実体化する力がある。短剣をベースに、力の形をイメージしろ」
「…………!!!」
変化は起こらない。
「いいか、見ろ」
グラソンが腰に差していた四本の金属棒のうちの一本を右手に持ち、魔力を込める。
空気中の水分が金属棒に集中し、氷結する。
「オレの魔力の形は『氷』だ」
そして、離れた所で眺めていた宗萱を呼ぶ。
宗萱は黒い鞘から直刀を抜き、構えた。
「わたしの魔力の形は……、『風』です」
刀を光が覆った。
光は淡いながらも、鋭く、研ぎ澄まされている。
「あらゆる物をたやすく切断する、『風』です」
三人はもう一度、短剣を構えてみた。
「それじゃあ、オレ達の魔力の形は何なんだ?」
マハエが問う。
「……謎だ。オレと宗萱の魔力は、ちゃんとした『形』がある。だが、お前達の魔力には、それが見られない」
「わたしも初めてマハエさんの魔力を見たときから感じていましたが、どうやら、性質が違うようです。『氷』や『風』といった、自然的な形などなく……、人工的―― といいますか……。我々とは似ているようで、まったく異なるものだと思います。そして、それを理解できるのは、あなた達自身です」
「オレ達自身か……」
三人は目を閉じて感じた。
デンテールを倒した、あの銀色の魔力。『陰の石』と共鳴し、作り出した形。
――銀色の鳥。
――銀色の槍、金棒、鎖。
「…………っ!!!」
三人は目を見開いた。
手に持った短剣から、銀色の光があふれる。
「……ふん、できるじゃないか」
グラソンが嬉しそうに微笑んだ。
彼らが握る、それぞれ異なる武器―― 銀色の『槍』、『金棒』、『鎖』。
「……名前を聞いた。」
波打った形状の刃を持つ『槍』を握ったマハエが言う。
「――壊波槍」
ドクン。と、空気が振動した。
エンドーは、八角形の長い金棒を。
「――発破鋼」
また、ドクン。と、空気が振動する。
ハルトキは、碇状の鉤が付いた鎖。鎖は柄の周りでとぐろを巻いている。軽く振ると、ジャラジャラと鎖が伸縮した。
「――縛連鎖」
ハルトキは伸ばした鎖を思い切り引き上げ、大林と少女を救出した。
ドサリと地面に倒れた大林の体から、縛っていた鎖がするすると抜け、ハルトキの手元に収まった。
「無事ですか?」
「……何とかな。その武器は?」
「これが、ボクの『力の形』です」
ハルトキが力を解くと鎖は消え、ベースである、尾の長い鳥の短剣にもどった。
「……とにかく、助かった。ありがとう」
ハルトキはうなずいて、『銀の短剣』を腰のソードホルダーにもどした。
落石は収まり、周りには石や岩が無数に転がっていた。ハルトキは『動体視』で逃れていたが、宗萱とマハエは――
ハルトキが二人の名を呼ぶと、声が返ってきた。無事らしい。
道は大きな岩で完全にふさがれていて、マハエと宗萱はその岩の向こうにいるようだ。
「大丈夫かヨッくん!」
「うん、怪我はないよ。……それよりも、完全に分断されたね」
「待っていてください。すぐに岩を破壊します」
宗萱とマハエの魔力なら、大きな岩でも数分あれば砕くことができるだろう。ハルトキと大林は分断された東―― ヘルプスト側にいる。岩を破壊しなければ、本部へ帰還することもできない。
「ここは危険だ。離れるぞ」
大林は気を失った少女を抱え、さらに落石する恐れのある現場から離れた。
――栗色の髪の可愛い少女は、大きなバッグを背負っていた。傘やランプ、寝袋など、装備を見るからにどうやら旅人らしい。
少女が落石に巻き込まれたのは、明らかに偶然だ。この“罠”は大林達を狙ってのもの。そしてその罠にまんまと引っかかってしまった。紙一重で誰も命を落とさなかったが、それに何の関係もない少女を巻き込んでしまったことに、大林は悔しさを覚えた。
「――ん?」
大林は視線を感じて落石が起こった崖を見た。
紫色の髪の少年が三人、えぐれた崖の足場に立って、彼らを見下ろしていた。少年達は大林と目が合うと、近くの横穴に逃げ込んだ。
「あいつら!」
大林はそっと少女を地面に寝かせると、少年達を追って崖を駆け登った。
「大林さん!」
大林に続くべきか、マハエ達を待つべきか、ハルトキは少し躊躇してから、銀の短剣を再び抜いて走り出した。