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10:洗脳で留守番

 拳が空を切る。

 突き上げられた膝が風を打つ。


 ――ローブが舞った。


 下段、中段、上段と、素早く放たれた蹴り、続く回し蹴り。


 ――削れた芝が舞い上がり、風に乗って飛んでいく。


「はあっ!」


 そろえた両の拳が前方に放たれ、空間を揺るがした。


 大林は「ふうっ」と息を吐き、もう一度構える。


「――我流ですか?」

 宗萱がいつの間にか、鉄扉からテラスに出ていた。

「『田島流』だ。といっても、教わったり教えたりするのは、基本の動きだけで、あとは自分自身で学んでいく。ケンカに形式は必要ない。必要なのは、『威嚇』、『威力』、『意表性』」

「意表性?」

「いかに相手の意表をつく動きを組み立てるか。予測不能な流れをつくることだ。その三つを基盤に、独自の闘いをする。それが『田島流』だ」

 ジャブから一瞬で姿勢を落とし、足払いを繰り出して見せる。

「流れを読まれないように闘う、ですか」

「オレもまだまだ、だけどな」


 ――そうしているうちに、グラソンと三人が鉄扉を開けて出てきた。

「大林、来てたのか。行くぞ、打ち合わせだ」

「ああ」

 大林は、ちらっと三人を見た。三人の腰には、革製のソードホルダーがぶら下がり、銀色の短剣が光っていた。



「まず、あらゆる場合に備え、基本のチームを決めておく必要がある」

 『休憩室』で、グラソンはそう切り出した。

「二人で一つのチームがいいだろう。じっくり考えてみたが、やはり経験を重視したい。まず、宗萱と真栄のチームだ。お前らは前回、ともに戦った経験があり、その能力はオレもよく知っている。次に大林と春時のチーム。そちらも同じく、ともに戦った経験があるだろ。そして、残ったオレと京助だ。――この決定に意見のある者は?」

 エンドーが、ズバッ!と挙手する。

「よーし、それじゃ、このチームで決定だ」

 エンドーが、ズババッ!と挙手する。

「今日、これからの行動を説明する。よく聞け」

 エンドーが、ズバババッ!と――


「意見があるっつってんだろがぁー!!! 残り物ってなんだコラァ!!!」


「……しかたないだろ、残り物は残り物だ。オレとお前に何の繋がりもなくても、これが最良のチーム割だと思う」

「納得いかねぇー! そうさ、たしかにオレは前回、誰とも連るまなかったさ! だがそれはオレが悪かったわけじゃない、オレに向かって吹いていた風が冷たすぎただけだ!! いわば一匹オオカミ!! グラソン、あんただってそうだろ!? デンテールから隠れて、孤立して動いていた!! つまりこのチームは、一匹オオカミが二匹連るんで―― ん? それってなんかカッコイーーー!!!」

 目をらんらんと輝かせるエンドー。その隣で友人二人は呆れた汗を垂らしていた。


「……全員が納得したところで、話を続ける。昨日の大林の情報、『ヘルプスト』の町の調査についてだが、さっそくこのチームで行動してもらおうと思う」

「よっしゃぁ! どんな任務もドーンと来いだぁ!」

 感情が百八十度方向転換したエンドーが、胸を張って高笑いする。

「町の調査へは、大林、春時チームと、オレ、京助のチームが行こうと思うのだが――」

 グラソンは宗萱に目をやる。宗萱は首を横に振って、

「いえ、調査へは大林さんのチームとわたしのチームが行きます」

 彼にしてはめずらしく、強めの口調でキッパリと言った。グラソンは少したじろいだ風で間を置いたが、文句なさそうにうなずいた。

「わかった。そうしてくれ」

「え。じゃ、オレは?」

 エンドーが自分を指差す。

「本部待機だ」

「えぇーー!? そりゃないよ〜! 気合入れたばっかりじゃんかぁ〜! ねぇ〜、オレにも行かせてよぉ〜! ねぇ〜!!」

 今にも床を転がりまわって駄々をこねそうなエンドーの両肩を、ハルトキがガシッと掴んだ。そしてまっすぐにエンドーと目線を合わせ、諭す。


「エンドー、キミは残るべきだ。本部を守るのも任務なんだよ。……万が一、ボク達が帰ってこなかったら……、その後をキミが継いでくれ」


 エンドーは胸打たれたように目を見開き、しばらくして「ふっ」と口の端を吊り上げると、ゆっくりとハルトキの手を肩から下ろした。


「当然だろ?」


 キラリ、と歯が光った。ように見えた。


「洗脳成功です」

 ハルトキがグラソンに親指を向ける。

 マハエがコホンと咳払いをして、

「えーと、このように、エンドー君の心の回路は、複雑すぎて変化が激しいです。ですが、単純な言葉一つで問題は解決できます。たまに勘が良すぎることもありますが、その場合は時間を置いてもう一度試してみてください。その他、細かい取り扱い方法は、こちらをご参照ください」

 そして小さく折りたたまれた紙を渡す。


 『[遠藤京助、取り扱い説明書] ――行動をともにする場合の対応法、および注意事項』という文字の下に、びっしりと細かい文字が記載されている(赤文字が妙に目立つ)。

「こんなこともあろうかと、徹夜で作成いたしました」

「……ありがたく、受け取っておこう」

 グラソンは『取り扱い説明書』を、ていねいにズボンのポケットに収めた。


「話をもどすが―― オレと京助が本部待機だ。ここを手薄にするのは避けたいからな。いざというときは、宗萱が指示を出す。何が起ころうと、彼に従うこと、それだけは忘れるな」

 宗萱が前に出た。

「それでは、『ヘルプスト』調査チーム、出発します」

 グラソンと、歯を光らせたままのエンドーに見送られ、宗萱を先頭にしてマハエ、ハルトキ、大林は『ヘルプスト』の町を目指すのだった。


 エンドーが前を向いたまま質問する。

「ちなみにグラソン。おやつは三百円までだった?」

「…………」

 グラソンはさっそく、ポケットから『取り扱い説明書』を取り出した。






 港町から東へ――

 四人は海沿いの道をまっすぐに歩いていた。左手に海、もともと山の一部が崩れて自然にできた道なのか、右手には急な崖が。決して広くはない一本道だが、町と町とをつなぐ重要な道だけあって、人の数もそれなりにある。


「どうしてグラソン達を本部に残したんですか?」

 宗萱の隣を歩きながら、マハエが訊く。

「……何か不思議でしたか?」

「いや、べつにどっちが行ったって変わらないように思えたから」

「…………」

 宗萱は何も言わない。

 何か事情があることを察し、マハエは答えをあきらめた。だが、沈黙の果てに、宗萱は口を開いた。

「……もしかすれば窪井の手下がいるかもしれない。そういう町にグラソンを行かせるのに、気が進まなかっただけです」

「……どういうことですか?」

「彼は―― 裏切ったといっても、元はデンテールの手下でした。当然、窪井とも繋がりがあったわけです」

「……もしかして……、グラソンを信用してない、ってこと?」

「信用はしています。ですが、可能性から考えて、まだその繋がりが消えていないということも考えられます。……正直わかりません。ときどき、彼を見ていると不安になります。どことなく孤立しているようで……」

 マハエは「うーん」とうなる。

「あんまり考えないほうが良さそうな気がする。不安がつのると、ますます信じられなくなるよ」

「……そうですよね。仲間は信じ合うものですから」

 宗萱は妙な話をしてしまったことを謝り、ありがとうと頭を下げた。


「――あれが『ヘルプスト』ですか?」

 ハルトキが目の上に手をかざし、前方を眺める。

 途中のゆるやかな坂を越えると、平坦な道でよく見渡せるようになっていた。先のほうで地形が少しカーブして、海に突き出しているように見える。穏やかな波がぶつかる断崖。その上にある町が『ヘルプスト』―― 陽炎がゆらめく先に、白い町がぼんやりと映る。

 港町を出て二十分程度。それほど時間はかからなかった。


「のんびりと楽しみたい景色なんだけどなぁ」

 カメラでも持ってくるんだった。と、マハエが残念そうに言う。

 道の端でのんびりと海を眺める少女がいるが、当然、このシラタチ一行に景色を楽しむ時間的余裕などない。今こうして歩いていること自体が任務なのだから。


 もう少しで海と崖に挟まれた狭い道を抜ける。

「窪井の手下はいるだろうか」

 大林がつぶやく。

「可能性は低いですが……」


 ――そのとき、頭上で爆発が起こった。


「何だ!?」

 反射的に見上げた四人を目がけて、いくつもの岩が斜面を転がり落ちてきた。


「うわぁ!!!」


 ――ドンッ!! ズシャンッ!!!


 一瞬にして、狭い道を砂けむりが支配した。



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