09:背後を警戒せよ
朝が来た。
予告のタイムリミットはあと三日。
早朝、目が覚めた三人は、さっそく本部へ向かった。大林はすでに宿を出ていたようで、どこにも姿はなかった。
「おはよーございまーす!」
本部に着いた三人は、昨日宗萱達が勉強をしていた部屋のドアを開け、できる限り元気にあいさつする。
しかし、そこには宗萱もグラソンもいなかった。
「ハズレか。勉強中ではなかったようだ」
「ちっ、今のあいさつ返せって」
「ここじゃないなら、どこかな?」
ハルトキが通りかかったSAAPを捉まえて訊くと、SAAPは「こちらです」と言って案内する。
「あ、こういうとき、案内人の存在を忘れるね……」
屋上テラスに出て、そこの鉄扉から中に入る。前回、マハエ、ハルトキと『田島弘之』が窪井と戦ったホールだ。が、入ると以前はなかったもう一つの扉がすぐ正面にあり、左手に階段が造られていた。
SAAPは、正面の扉ではなく、階段を登っていく。三人は迷わず従った。
「システム正常。すべての機関も正常に作動します」
SAAPの声が聞こえた。彼らは一人ひとり顔も声も異なり、完璧な区別ができる(名前は不明だが)。
三人のSAAPが、三つあるコンピューターの前にそれぞれ座り、その間に腕組みをしたグラソンが立っている。
グラソンは、自分の正面の強化ガラスから、ホールを見下ろしている。後に設けられたのであろう、その空間に、三人は恐る恐る足を踏み入れた。
「ターゲット『5』、バトルスタート」
SAAPが言うのと同時に、ホールに動きがあった。
三人もグラソンのとなりで、ガラスの向こうを見下ろす。
まず目に入ったのは、いかにも凶暴そうなモンスター、『ドラゴン』の巨体。次に、それと対峙する宗萱の姿。
「宗萱さん? 何してるんだ?」
マハエがガラスに顔を近づける。
宗萱はすでに刀を抜いていた。
ドラゴンがじりじりと彼に迫る。
「戦闘の訓練か。わざわざドラゴンまで連れてくるとは、大掛かりだな」
エンドーもグラソンと同じように腕を組んでいた。
「……ん?」
マハエはどこか様子のおかしい宗萱に気付き、グラソンを見る。
「なんか、宗萱さん疲れてない?」
「これで五戦目だからな。それもぶっ続けに」
「五戦!?」
「最初、戦闘SAAP二体を相手にした後、二足歩行のトカゲを三体、動きの素早い肉食鳥を三体、巨大なカエルを三体」
「朝から不快なフルコースだな」
エンドーが言った。
この過酷すぎる訓練を、あまりにも冷静に眺めているグラソンとエンドー。ハルトキは無言で、だが、マハエと同じように心配そうに眺めていた。
「訓練にしては厳しすぎじゃないか?」
「まだたったの五戦目だ。次はドラゴン二体、その次はドラゴン三体との戦闘―― の予定だ」
「おお、ちょうど見せ場のタイミングで来たなぁ」
「…………」
マハエは無性に、この二人の血の色を見てみたくなった。
ドラゴンの爪を回避して、宗萱は背後にまわり、一太刀浴びせる。だがあまり効果はなく、反撃された。
それまでの戦闘で魔力をだいぶ削ったのか、なかなか魔力による攻撃をしようとしない。
再びドラゴンの背後に立ち、ようやく刀に魔力を込めた。
グラソンが横のSAAPに、なにやら小声で指示を出す。
するとどこからか、さらに一体のドラゴンが現れた。宗萱はそれに気付かない。
「ちょっと―― 予定と違うんじゃ……!?」
マハエがグラソンに文句を言うが、
「実戦では予定などというものはない。兵士のほとんどは、不意打ちによって命を落とす」
残酷に言い放った。
マハエは即座にホールに向き直る。
突然追加されたドラゴンの気配に、宗萱は気付いた。
刀に込めた魔力を放たず、飛び退くように二体から距離をとり、恨めしそうにガラスの向こうのグラソンに目をやる。
グラソンは薄ら笑いを浮かべていた。
ドラゴンの一体は爪を振り、もう一体は噛み付こうと口を広げて迫った。彼は二体の周りを半周し、壁際に寄った。
ドラゴンは一列になって、逃げ場をなくした獲物を追いつめる。――ここで宗萱は刀を構え、足を踏み込んだ。
――シュパァン……
先頭にいたドラゴンの動きが止まった。
縦に伸びた光の柱が、ドラゴンを中央から切り裂き、消えていく。
――斬灯『灯柱』
宗萱は“自分の後ろで”巨体が倒れる音を聞き、その流れで正面にいるもう一体も、魔力で切り裂き、倒した。
ドラゴンが一体でも二体でも、彼にとっては同じこと。
勝利を見届けたマハエは、安堵の息を漏らした。
「グルル……」
――だが、敵の数が一体と二体とでは、明らかに大きな違いも出てくる。それは、前に倒した敵の存在が、意識から薄れてしまうこと。
「――っ!!」
宗萱はとっさに、刀を逆手に持ち替えた。
「宗萱!!」
マハエが叫んだ。
最初に『斬灯』で倒したはずのドラゴンは、まだ生きていた。おそらく急所を外したのだろう。完全に、致命的なミスだった。
ドラゴンの長い爪、三本が、宗萱の腹を貫通し、彼は苦痛の声をあげた。
「宗萱ーーー!!!」
マハエはべったりとガラスに張り付き、力なく床に倒れる宗萱に向かって、絶叫した。
爪に貫かれる寸前に、自らも敵の頭部に刀を突き刺し、トドメをさしており、相打ち。だが、とても悲惨な結果だった。
「何してんだ、早く助けろよ!! おい、救護班!! いないのか!!?」
涙を浮べながら怒鳴るマハエ。ハルトキも、さすがにエンドーも、その光景に固まった。ただ、グラソンだけは、三人とは明らかに違う、ショックというよりも残念そうに、倒れた宗萱を見下ろし、……残念そうに、ため息を吐いた。
「てめえぇぇ!!!」
マハエがグラソンに殴りかかるが、その拳はあっさりと片手で掴まれる。マハエは足に魔力を込めた。
「――おい、早く起きろ宗萱ー。でないと、こいつに全部ぶっ壊されるぞ」
グラソンの言葉に、マハエは「へ……?」と、放とうとした足を止めた。
倒れていたはずの二体のドラゴンは、跡形もなく消えていた。ホールに倒れているのは宗萱のみ。
「……不意打ちでしたね」
苦笑いしながら、宗萱が立ち上がる。
「…………はい?」
マハエは首をかしげた。
落ちた帽子を拾い上げて頭にかぶり、宗萱は四人に笑いかけた。
「『VBT』。バーチャル・バトル・トレーニングだ。宗萱が戦っていたのは、モンスターの虚像。といっても、プログラムのセルヴォ変換を応用した、実体に近い、虚像だ。訓練者が攻撃を受けても、相応の痛みは感じるが、かすり傷一つ負わない。だから、致命的な攻撃を受けても、死ぬことはない」
「…………」
マハエは咳払いをして、魔力を解いた。
「……肩凝ってます? おもみしましょう」
グラソンの肩をもみ始める。
そうしているうちに、宗萱が上がってきた。
「おはようございます。朝から元気ですね」
「お疲れ。楽しめたか?」
「ええ、とても楽しめました」
皮肉を込めた笑顔を向ける宗萱。
「こっちは冷や冷やしましたよ。ねえ?」
ハルトキがマハエを見る。マハエはそっぽを向いて、ひたすら肩もみに励んでいた。
「この『VBT』は、昨夜完成したばかりで、そのテストにわたしが選ばれたわけです」
「案内人が言ってたすごいのって、これのことかぁ」
へぇ〜、とエンドーは感心しているようだった。
グラソンが、パン、と手を叩いた。
「――さて、今日の打ち合わせ、といきたいところだが、まずはお前達三人に渡す物がある」
近くのSAAPが反応し、なにやら平べったい木の箱を持ってきた。
「菓子でもくれんの?」
エンドーはすでに両手を差し出している。
「いや、もっといい物だ」
グラソンは箱を受け取ると、三人のほうにかたむけ、フタを取った。