08:謎めいた自分
シラタチ本部の一室。宗萱とグラソンの前には、机の上に積まれた、本や資料の山。『ただ今、勉強中』というところだろう。宗萱は小さな椅子で、グラソンは立ったまま、書物に目を走らせていた。
「ヘルプスト?」
話を聞いた宗萱は、読んでいた資料から顔を上げ、大林を見た。
「ああ、ヘルプストに―― とかなんとか、窪井が手下に言っていたらしい」
宗萱は資料の中から、簡単な絵で描かれた地方のマップを探し出し、町の位置を指で示した。
「港町から東へ行った町ですね」
海沿いにルートをなぞる。
「そうだ。そう遠くはないから、今からでも調査に――」
「ちょっと待て、大林。たしかに、有力な情報だ。だが問題は、窪井がどういう意味でその言葉を使っていたかだ。何の意味もなく言っただけかもしれん。あるいは、次のミサイルのターゲットだという可能性もある。もちろん、その他の理由も、多々考えられるが、あせってむやみに嗅ぎまわり、敵に警戒されれば、逆にチャンスを逃してしまうかもしれない」
グラソンは厳しい目つきで言った。
「だが、もたもたしていてもチャンスを逃すかもしれない!」
二人の視線が、火花を散らすようにぶつかる。
「……ズバリ、そのヘルプストって町が、窪井の本拠地とか」
エンドーが、自分なりの結論を出すが、大林に否定される。
「レックはフーレンツの西で窪井に会った。まさか、武器を積んだ荷車を引いて東まで行くはずはないだろう。ヘルプストへ使いを送るために手下に指示を出していたとしたら―― もう遅いかもしれないが、うまくいけばそいつを捕まえることだって――」
グラソンが、バンッ!と机を叩いた。
「大林! ――何事も慎重に、だ」
これは命令だ。間接的にそう言っている。
大林は、反論の言葉を放とうと開いた口を、静かに閉じた。
「…………そうだな」
警戒されるのはマズイ。そんなことは大林にもわかっている。だが、腹の中に残って消えない怒りの感情が、どうしても自らをせき立ててしまう。
「(少し頭を冷やしたほうがよさそうだ)」
大林は頭を下げて部屋を出た。
宗萱が顔を上げてグラソンを見、マハエ達三人は、大林が出ていったドアとグラソンとを見比べていた。
やがて、宗萱が資料に目をもどし、三人がそれらから目をそらしても、グラソンはただ、無表情でドアだけを見つめていた。
芝が敷き詰めてある城の屋上テラスで、大林は壁に寄りかかって空を眺めていた。
冷たく、心地よい風が顔をなで、少しずつ頭も冷えて冷静さがもどってくる。だが、腹の中で微かに燃えている怒りの炎は、弱くなっても消えることはない。
「(そういえば、ここ二年ずっとそうだった……)」
地獄の間の、つかの間の天国。大林は過去を思い出して悲しげに苦笑した。
「自由を求めて高みを目指す黒き魔物は、赤く染まった道を見上げながら、ひたすらに這い登る。その腹が汚れてもなお、また、自らの赤で染まりながらも、たどり着けない高みを見上げ続ける……」
大林は目を閉じて、スゥ……と深呼吸をする。
風が嫌に冷たくなったように感じた。
「田島さん……」
吐き出した息が言葉を成していたことに、大林は少しの間、気付かなかった。
何もできないまま、あっという間に日が沈んだ。
三人と宗萱、グラソン、大林は、港町の食堂で夕食をすませ、宗萱とグラソンは本部へ、三人と大林は宿へ向かった。
本部には寝室がない。だから、町の宿を利用してくれ、ということだ。
「疲れた日は、やっぱ風呂が一番さね〜」
エンドーが、年寄りのように腰を叩く。
「大林さんも風呂入ります? 宿の浴場」
「……ん? あ、いや……、今日は寝る。すまんな」
「……そうですか」
食堂でもどこか元気がなかった大林を、ハルトキは気にして、風呂に入ればスッキリするだろうと思い誘ったのだが……。
「(今はあまり触れないほうがよさそうだね……)」
無理には誘わず、宿に入って大林がとなりの部屋に入るのを「おやすみなさい」と言って見送った。大林は「ああ、おやすみ」と、笑顔で返し、部屋に入っていった。
「ところでどうする? 今晩? トランプでフィーバーしないかい!?」
マハエが「ウヒヒヒ!」と不気味に笑って、ズバッ!と、トランプの束をかかげた。
エンドーが一歩後ずさる。
「そ、それは五大徹夜アイテムの一つ……! ナイスだマハエ! どこから持ってきたか知らんが、ヒマな夏の夜を楽しく過ごそうという精神はナイスだ!」
二人はガシッと手を組み合い、ギラリとハルトキに顔を向ける。
「……なんか、今日は変に馬が合ってるね、二人とも。……あのさ、今夜は、騒ぐのはやめにしよう」
そう言ってとなりの部屋に目を向ける。
ゆっくり寝させてあげよう。ハルトキの意思は、すぐに二人に通じた。
マハエが申し訳なさそうに、頭をかく。
「そうだな、すまん。KYで」
「ああ……、KoんなバカでマヌケなオレをどうかYuるして」
「そこまで自分を追いつめなくても……」
「よぅし! そんじゃ、風呂でフィーバーしようぜぇ! ひゃっほ〜う!!」
――バタバタバタ……
「…………」
ベッドに横になった大林は、風呂へ下りていく三人の足音を聞きながら、彼らに感謝した。
「……まだ、オレも弱いな」
本部の屋上テラス――
仕事を一区切りし、宗萱とグラソンは並んで夜風に当たっていた。
空では星がきらめき、明日のよい天気を知らせている。
「……怒ってますか?」
宗萱が星空を見上げたまま、グラソンに言葉をかけた。
「何が?」
「大林さんに真実を話したこと、困ったことをしてくれた。とか思ってます?」
「……ふっ、そうだな」
グラソンも星空を見上げたまま答える。
「まったく、困ったことをしてくれた。だが仕方がないさ、それが“最高責任者”である、お前の判断なら」
「責任者、ですか……」
宗萱はうつむいて帽子を下げた。
「わたし達は、どう足掻いても大人ではありません。大人のような知識をプログラムされただけの、幼子です」
「そうだな。そういう見方をすれば、大林のほうがずっと大人だ。オレ達には生きた記憶なんてものはほどんどない。何が悪くて、何が正しいか、正直、言い切れる自信はないからな」
過去、記憶が存在しない苦しさ。自分が信じている道が正しいと、胸を張って言い切れない苦しさが、彼らを締め付ける。今正しいと思っていることは、自分の意思なのか―― 『正しい』とプログラムされた、造られた意思ではない、自分自身で造った意思なのかと。
「重い話になってしまいましたね。……ですが所詮、わたし達は『造られし者』なのです。……大林さんは、自分の強い意思で行動しています。たまに感情に任せて冷静さを欠く、中途半端な生き物が“人”なのですね」
そのとき、頭上から別の声が降った。
[中途半端な、ですか。演じてみてはどうですか?]
案内人だ。
[わたしも、ときどき恐くなります。わたしという存在は何なのかと。わたしは、セルヴォですらない。それを真似て造られただけの生き物ですよ]
宗萱は微笑した。
「それは演技ですか? 自分を生き物だと言い張るあなたは」
[……どうでしょうかね? それを考えようとすると、思考にブレーキがかかってしまいます。――いえ、きっとわたしも生き物です。そう信じています]
「我々も、ときには冷静さを欠く。それが、演技でないことを願うばかりですよ」
そうですね。と言う案内人が、宗萱には笑っているように感じた。
「似ているな、お前らは」
グラソンが一人だけ、声を出して笑っていた。
[宗萱さんとわたしは、兄弟のようなものですから、もちろん、わたしが“兄”です!]
「ふん。性別すらもわからないが、な」
[一応、わたしは男性です]
堂々と答える案内人。
宗萱は言う。
「我々は造られし者……。ですが、やはり“生き物”なのですね」
「無機質な、生き物だな」
……冷たい風が吹いた。
[グラソンさん。あなたの遠い兄でもあるわたしから一つ言っておきます。――人間の世界ではそういうの、『KY』っていうそうですよ]
「『簡潔でよろしい』だろ?」
[…………ええ、そうですね]
二人のやりとりを愉快な気持ちで聞きながら、宗萱は生き物のように瞬く星を見つめていた。
「人という生き物が、何を考え、どう感じているのか。ですね」