竜を倒した王女と従者のフェルナンド
記録に残されていない昔の時代に、地図に記されていない場所の国に、一人のどこか少し変わった王女がいた。
その王女のどこがどう変わっていたのかはよく分からない。ただ王女が少し変わっていることは確かだった。
その国は平和な国だったが、ある日突然、国外れの大きな湖に一匹の巨大な竜が現れた。獰猛な顔をした竜はこう言った。我に王女をよこせ、さもなくばこの国の全てを喰らってしまうぞ、と。
一年後に王女をこの湖へと連れてくるようにと言い残して、それから竜はその湖に住み着き近辺に住む人々は一人残らず逃げ出した。
この報が国全体に広まり、王宮へと伝わると王宮は悲しみに包まれた。王宮にいる誰も彼もがしくしく泣いていた。王女が自分の部屋を出るとその先の廊下で小間使い達が泣いていた。廊下を通り階段を下りていくと、厨房の下働き達も泣いていた。門を守る兵達も泣いていた。物を作る職人達も泣いていた。王も大臣達も泣いていた。使い走りの小僧にいたるまでその城にいたものは皆残らず泣いていた。王女だけが泣いていなかった。いや、その他にも幼い頃から王女に仕えていた従者のフェルナンドも泣いていなかった。
王女が自分の部屋で頭をかいていると、フェルナンドがやってきた。
「王が国中におふれを出しました。姫を竜の魔の手から守り、凶悪な竜を見事倒したものに姫を与えこの国の次の王にすると」
王女はそれを聞いて少し考え込んで、そして無感動に立っているフェルナンドに問いかけた。
「誰か倒せるかしら?」
フェルナンドは素っ気無く肩をすくめて答えた。
「無理でしょう」
噂が飛ぶのは早いもので、その次の日にはもう王宮に何人もの屈強な騎士達が馳せ参じていた。王女は王に呼び寄せられて、集った彼らに励ましの言葉を送るように言われた。血走る目の騎士達に向かい王女は冷静な瞳で見つめて言った。
「竜はとても強い種族と聞きます。あなた方が命を無駄にすることはありません。いまならまだ間に合いますから、どうかこのようなことはやめてください」
隣の王は飛び上がるほど驚いて、何を言うのだと娘を見やった。小間使い達は自分を犠牲にしてまで彼らを気遣う王女の優しい心だと感じ入ってしくしくと涙にくれ、騎士達は豪快に笑っていた。王女だけがなんの反応もせずに彼らを眺めていた。王女の傍に控えていたフェルナンドもなんの反応も見せなかった。
騎士達は意気揚々と出かけていき、王や国民は歓呼の声を持って彼らを見送った。王女は自分の部屋に戻って一つため息をつき、フェルナンドを呼び寄せた。
「なにをすればいい?」
王女は尋ねた。
「剣の試合をしましょう」
素っ気なく肩をすくめてフェルナンドが答え、二本の剣を持ってきた。
「剣はどれほど強くなればいい?」
「私から二試合のうち、一本をとれるように」
それから王女とフェルナンドは休息もとらずに試合をした。国民達や王の注目は竜退治にいった騎士達だけに向いていたので、昼夜問わずに剣を交わす王女とその従者は誰にも気付かれなかった。
初めのうちは王女は十試合をやって十本ともフェルナンドにとられた。けれどやがて王女はフェルナンドから五試合につき一本を取れるようになった。
王女は肌が荒れ、豆が潰れて、血が吹き出ても剣を振るい続け、そしてやがてフェルナンドから三試合につき一本をとれるまでになった。
王女はフェルナンドに軟膏を塗りこめてもらい再び剣を振るい、そして四ヶ月がすぎて王女はとうとう、二試合やれば必ず一本はフェルナンドからとれるようになった。二試合やれば必ずもう一本はフェルナンドにとられてしまったが。
やがて王女はまた王に呼ばれた。王は鎮痛な面持ちで
「娘よ、我が娘よ、この上もなく悪い知らせだ。前に行った騎士達もみな勇敢に戦ったが、竜に敗れて食われてしまった」
そう告げた後、けれど王様はぱっと顔を輝かせて
「しかし娘よ、希望を捨てるでない。最初の騎士はもう殺されてしまったが、また新たな騎士が、馳せ参じてお前を守るために戦ってくれる」
王女は王に請われてまた、集った彼らに励ましの言葉を送ることになった。その際に王は王女に耳打ちした。「この前のような戦意を削ぐことを言ってはならんぞ」
血走る目の騎士達を王女は冷静な瞳で見つめて言った。
「竜はとても強い種族と聞きます。前に出かけた騎士達は誰一人として帰ってきませんでした。あなた方が命を無駄にすることはありません。いまならまだ間に合いますから、どうかこのようなことはやめてください」
隣の王は低く喉奥で唸り、娘を恨みがましく見やった。小間使い達は自分を犠牲にしてまで彼らを気遣う王女の優しい心だと感じ入ってしくしくと涙にくれ、騎士達は豪快に笑っていた。王女だけがなんの反応もせずに彼らを眺めていた。王女の傍に控えていたフェルナンドもなんの反応も見せなかった。
騎士達は意気揚々と出かけていき、王や国民は歓呼の声を持って彼らを見送った。
その歓声の中で、王女は自分の部屋に戻り、自分の部屋の剣を見つめた。そして自分の豆が潰れ無残に皮が硬くなった手を見下ろして、それからフェルナンドを呼び寄せた。
「なにをすればいい?」
王女は尋ねた。
「チェスの勝負をしましょう」
ひょいと肩をすくめてフェルナンドが答え、金と銀でできたチェス版を持ってきた。白の駒は全部真っ白い象牙でできていた。
「チェスはどれほど強くなればいい?」
王女は尋ねた。
「私から二勝負のうち一回はチェックメイトをとれるように」
それから王女とフェルナンドは寝食も忘れてチェスの勝負をした。国民達や王の注目は竜退治にいった騎士達だけに向いていたので、昼夜問わずにチェスの勝負をし続ける王女とその従者は誰にも気付かれなかった。
初めのうちは王女は十勝負チェスをして、十勝負ともフェルナンドにチェックメイトを決められた。けれどやがて王女はフェルナンドから五勝負につき一回のチェックメイトをきめられるようになった。
王女は考え出す頭が火を噴き、フェルナンドの動向をじっと見つめる瞳は疲れ果てて時に血の涙を流し、駒を掴む指は震えだしても、勝負をし続け、そしてやがてフェルナンドから三勝負のうち一回はチェックメイトをとれるようになった。
王女はフェルナンドに知恵熱を出した額に濡らしたタオルをあててもらい、そして四ヶ月がたち王女はとうとう、二勝負をやれば必ず一回はフェルナンドにチェックメイトを決めることができるようになった。二勝負やれば必ずもう一回はフェルナンドにチェックメイトをきめられてしまったが。
やがて王女はまた王に呼ばれた。王は鎮痛な面持ちで
「娘よ、我が娘よ、この上もなく悪い知らせだ。前に行った騎士達もみな勇敢に戦ったが、竜に敗れて食われてしまった」
そう告げた後、けれど王はぱっと顔を輝かせて
「しかし娘よ、希望を捨てるでない。国内にはもう騎士はいなくなってしまったが、異国の騎士が馳せ参じてお前を守るために戦ってくれる」
王女は王に請われてまた、集った騎士達に励ましの言葉を送ることになった。その際に王は用心深く王女に耳打ちした。「この前のような戦意を削ぐことは絶対に言ってはならんぞ」
血走る目の騎士達を王女は冷静な瞳で見つめて言った。
「竜はとても強い種族と聞きます。この国の騎士達は一人残らず殺されてしまいました。あなた方が命を無駄にすることはありません。いまならまだ間に合いますから、どうかこのようなことはやめてください」
隣の王は押し殺した声を漏らし、娘を怒って見やった。小間使い達は自分を犠牲にしてまで彼らを気遣う王女の優しい心だと感じ入ってしくしくと涙にくれ、騎士達は豪快に笑っていた。王女だけがなんの反応もせずに彼らを眺めていた。王女の傍に控えていたフェルナンドもなんの反応も見せなかった。
騎士達は意気揚々と出かけていき、王や国民は歓呼の声を持って彼らを見送った。
その歓声の中で、王女は自分の部屋へと戻り、机に置かれたチェス盤を見つめた。王女の白がフェルナンドの黒のキングを射程におさめていた。それからフェルナンドを呼んだ。
「もう、大丈夫?」
王女は尋ねた。
「無理でしょう」
フェルナンドは答えた。王女はそう、と頷いてチェス盤を机の隅に追いやった。
「なにをすればいい?」
王女は尋ねた。
「爆弾を作りましょう。」
素っ気無く肩をすくめてフェルナンドが答え、大量の火薬と鉄くずを持ってきた。
「どれほどの爆弾を作ればいい?」
「これから来る日まで、この鉄をすりつぶしてその汁をしみこませるように」
それから王女とフェルナンドは一時も休まずにその作業にかかった。国民達や王の注目は全て竜退治にいった異国の勇者達だけに向いていたので、一心不乱に鉄をすりつぶす王女とその従者には誰も気付かなかった。
四ヶ月が立ち、やがてついに爆弾は完成した。初めはそれは大の男でもとても持ち上げることなどできないほどに重かったが、太陽に一日乾かすと片手で持てるほどに軽くなった。
王女はまた王に呼ばれた。王は全ての絶望にかられて泣いていた。
「娘よ、我が娘よ。この世でこれ以上の悲痛な知らせを聞くことができるものだろうか。異国の騎士達はみな勇敢に戦ったがあの竜に敗れて食われてしまった。明日、お前が竜のところへ行かなければこの国は全て喰われてしまう」
皆が泣いていた。王も泣いていた。大臣達も泣いていた。小間使い達も泣いていた。兵達も泣いていた。王女だけが泣いていなかった。そして王女の斜め後ろに控えていたフェルナンドも泣いていなかった。
王女は私が参ります、とだけ答えて自室に引き返し、自分の剣を抜き払い、日にかざして鋭く研ぎ澄まされたそれで、チェス盤の敵のキングを真っ二つに叩き割った。
フェルナンドが眩しい銀の甲冑を持って来た。王女はそれをまとい、剣を腰に帯び、懐に爆弾を隠して、そして次の朝、用意された輿ではなく栗色の馬にまたがって門から堂々と出ていった。
城中の皆が、王女を待ち構えていた国民の皆が、王女のその姿に唖然とした。唖然としていないのは馬に乗り甲冑を身に纏った王女と、その轡をとって黙々と進むフェルナンドだけだった。
王女はどうなされてしまったのかと、細波のような波紋が広がった。竜の犠牲になる可哀想な王女のために泣こうと持ってきたハンカチを、貴婦人はみな噛んで引き千切りながら、これはどういう事態かとヒステリックに辺りの人々と言葉をかわした。
ざわざわと喧騒に包まれるその中で、王女は頓着した様子を見せなかったが、一言だけ轡を引くフェルナンドに話しかけた。
「どこかおかしなところがある?」
「ありません」
フェルナンドは素っ気無く答えた。王女は喧騒の中で、太陽を見上げた。
「私は、逃げたくないし、誰も犠牲にしたくないし、無理にお嫁にも行きたくないだけなのだけれど」
そう呟いて王女とフェルナンドは国外れの湖へとやってきた。人っ子一人、獣一匹も見えない湖のほとりでしばらく立ち竦むと、やがて湖の中心に一つ、魚の影も見えないのに波紋が広がった。波紋はどんどん中心から生まれ、その間隔は狭くなっていった。
そして湖の中心からざばりと竜が姿を見せた。矢も剣も通さない、銀の鱗が鋼のように身体を覆っていた。この鱗がある限り、竜を傷つけるものはいなかった。
竜は甲冑姿の王女を見て少しだけ気勢を削がれた顔をした。王女は一歩前に進み出て剣を抜き払いその切っ先を竜につきつけた。
「竜よ、私のことを諦め、この国に害なす意志を捨て、今すぐにこの国を立ち去りなさい。」
竜はその言葉に馬鹿にしたようにカカ、と笑った。開いた口元には獰猛な牙が唾で濡れて光り、血のように真っ赤な口腔は地獄へ繋がる門のように見えた。
王女はそれにも恐れを見せずに、傍らのフェルナンドに一つあごでしゃくって合図をして見せた。そこでフェルナンドは爆弾に火をつけて竜へといきなり投げつけた。
大地を揺るがす凄まじい爆音が響いた。湖の表面は嵐の時のように乱れた。煙が晴れたそこにはその一撃に身体中の鱗が全て剥がれ、怒りに我を忘れた竜がいた。竜が突進してきて、王女のいた地面に火を噴いた。大地は真っ黒に焦げた。
けれど王女はその瞬間飛び上がって竜の首筋に着地して斬りかかっていた。王女の振り下ろした剣は竜を傷つけたが、深くはなかった。竜はますます怒り狂い、大きく首を回し王女は振り払われたが、なんとか叩きつけられることなく地面に着地した。
しかしそこで王女は体勢を崩してしまいその手から剣が離れた。それを狙って怒り狂った竜が顎で上から王女を叩き潰そうとしたが、その瞬間に竜は高らかな悲鳴をあげてのけぞった。竜の右眼に寸分違わぬ正確さで一本の矢が深々と刺さっていた。フェルナンドが放った矢だった。
王女は剣を拾い直して、再びそれを構えた。竜は右眼から血を流していたが、恐ろしい形相で王女に向き直った。
王女は低く腰を屈め、じっとどんな屈強な男でもその一睨みで震え上がる竜の目を真っ向から見つめた。怒りのあまり竜は頭の中で複雑な作戦を立てることができなかった。王女はひどく単純になった竜の次の手を、簡単に読むことができた。
真横からやってきた岩をも一凪に切り裂く鋭い爪を余裕を持って避け、竜の巨体が大きく振りかぶってよろめいたところに、地を蹴った。王女は渾身の力をこめ、さらされた竜の柔らかな腹に剣を突きたてた。
辺りに激しい落雷が落ちた。フェルナンドは王女を突き飛ばし、雷の直撃を避けさせた。竜はよろめいてそしてぐったりと湖の淵に頭をもたげた。
「まだ、生きています。頭を落とさぬ限り、蘇ります」
フェルナンドは自らの剣を抜きはらい、竜の胸に剣を突き刺したので今は空手の王女へと手渡した。王女は頷いてそれを受け取り、マントをはらって竜へと歩み寄った。そして剣を構えて祈りを呟くと、高々と剣を振り上げた。
「待ってくれ」
竜の口から弱々しい声が漏れ出た。王女は剣を降ろしたが、柄に収めようとはしなかった。
「私は王女、あなたを喰うつもりなどなかった。ただ妻にと望んだだけだ。なのになぜこのような真似をするのだ」
「あなたは多くの騎士達の命を奪いました」
「彼らが私を殺そうとしたからだ! やらなければやられていた。彼らは私を殺そうとした。逆に私が彼らを殺して何が悪い」
「あなたは私の国を脅かした。喰らおうと、卑劣にも脅し、恐怖で縛った」
淡々と王女は告げたが、人の言葉を話す竜はその言葉を意に介した様子もなく開き直ったよう
「王女、こうなれば全てを告白しよう。私は本当はこのような竜ではなく、ある豊かな大国の王子だ。心の捻じ曲がった魔女に呪いをかけられ、このような姿になった。一人の娘が私を心から愛してくれなければ、その呪いはとけない。だからあなたを望んだ。王女、どうか私の妻になり、呪いを解き放ってくれ。そうすれば私の国もみなあなたのものだ」
王女はこの告白が終わっても、その瞳は揺れることなく目の前の竜を見ていた。
「あなたは私の気持ちなど、一つも考えてはくれないのですね。国を縛り、恐怖をもって私を得て、自分の呪いをとこうと躍起になって。その末に私が大国の妻となれば私が喜んで全てを忘れる、とそう思えるのはあなたが自分の心だけを考えているから。そんなあなたには、たとえ無理に私の身柄を得ても私の愛は永劫にえられることはないでしょう。」
「私はこの呪いをときたい一心だっただけだ!」
竜が力を振り絞って唸ったが、王女はそれに迷うことはなかった。
「呪いをかけられた、あなたは確かに可哀想な王子なのかもしれない。けれどあなたに殺された騎士達はもっと可哀想だった。殺す者より殺された者の方が気の毒であるはずでしょう。あなたはそんな無用の血を流さずにすむことができた。あなたは竜でないと言うなら。どうして初めから、そう言わないのですか。助けを請わないのですか。ただ脅して他の人々に不幸をもたらして。恐ろしい竜に変えられたのはあなたの姿でなく、あなたの心です。あなたの心が恐ろしく醜き竜の心だから、あなたの姿はあなたの心の通りにかわったのです。」
愕然とする竜を前に王女は剣を完全にさげた。
「あなたを殺しません。ただこの国から去ってください」
「私の呪いを解いてはくれないのか」
「誰か他の方を捜してください。この出来事をよく考えて。」そうして王女はきびすを返し、傍らのフェルナンドに剣を渡し、振り向かずにかすかな横顔だけで言った。「無理矢理に愛は得られない。あの騎士の方々も気付いて欲しかった。たとえ私を守ってくれても、私は愛することがないのだと」
剣を渡されたフェルナンドは、その剣でもう竜が人を食べることはできないようにそのぶ厚い舌を切り取った。そして呆然とする竜の横面にどさくさまぎれに一蹴り喰らわせて、そして跨った王女の馬の轡をとった。
そして竜を倒した王女と、その従者のフェルナンドは王宮へと戻った。その竜は二度とその国に現れることはなかった。
生け贄として差し出された王女自身が、誰にも倒せなかった竜を倒してしまった。この知らせに各国は首をかしげた。
なんの間違いだと初めに耳にした人々は聞き返した。これが誰か勇敢な男の騎士であったならば人々は大喜びで拍手喝采をしただろうに。
王女は竜を倒しても王女であることにかわりはなかった。けれど、城ではもう王女を普通の王女として扱われることは決してなく、みなびくびくと王女の挙動を見守っていた。娘が無事に戻っても、王は日がな一日くよくよとしていた。
ある日、王女が窓の外を見ていると、フェルナンドがやってきてこう言った。
「王が嘆きが原因の病を召されてしまいました。その病の床でも、竜を倒した姫などどこも貰い手がない、このままではこの国は跡継ぎができずに滅びてしまうと、大層なお嘆きようです」
それを聞いて王女は一晩考えた。そして次の日の朝、うっすらと埃をかぶった洋服棚を久方ぶりにあけてその中で一番綺麗な絹のドレスをまとい、化粧をし装飾品をつけて自らを飾り立てた。それからフェルナンドを呼んだ。
「おかしなところはない?」
王女は尋ねた。
「ありません」
フェルナンドは答えた。
それで王女は盛大な舞踏会を開き、各国の王子や王達をたくさん招いた。竜より怖い醜い女傑だ、騎士気取りの馬鹿な女だ、と物笑いの種にやってきた彼らは、壇上に現れた飾り立てられた王女を一目見るなり夢中になって足元に求婚を投げかけた。白露のような王女の美しさは大臣も小間使いも兵も、そしてその報を聞いて寝床から飛び出してきた王をもうっとりさせた。
立派な王や王子達から寄せられた山のような求婚に、病を得ていたことも忘れてはしゃぐ王の横の席に腰掛けて、王女はじっと物思いにふけっていた。
そして夜遅くに舞踏会が終わり、各王族達が用意された部屋に戻っていくのを見届けると、王女もまた自分の部屋に戻り、ドレスを脱ぎ捨て装飾品を全て剥ぎ取り、竜を退治した時の鎧を着た。それからフェルナンドを呼んだ。フェルナンドはすぐにやってきた。
騎士の鎧をまとい、剣を腰にさげて、マントをはためかせ
「おかしなところはない?」
王女は尋ねた。
「ありません」
フェルナンドは答えた。それから騎士姿の王女は少し躊躇ったが、やがて思い切って尋ねた。
「私と結婚したい気持ちはない?」
「あります」
フェルナンドは答えた。
その返事に王女は喜んでフェルナンドの手をとり、彼をじっと見つめて言った。
「私にもその気持ちがあるの」
彼女に幾度提案した時と同じ、フェルナンドはひょいと肩をすくめなんでもないことのように言った。
「では、しましょうか」
そうして二人は国を平和に治め続けた。二人の仲も平和で穏やかだった。二人はいつも傍にいた。よく晴れた休息日に二人はたびたびチェスの勝負と剣の試合をした。
その戦果はいつも、二勝負のうち一回はチェックメイトを決められて、二試合のうち一本をとられて、そして二勝負のうち一回はチェックメイトを決めて、二試合のうち一本をとった。
終生それは変わることはなかった、と。
これは、ただそれだけのお話。
<竜を倒した王女と従者のフェルナンド>完