動き出す影
それは暖かな日差しが気持ちのいい午後のお茶の時間に起こった。
私はいつものように、アンナさんが入れてくれた紅茶を飲む為カップを口元に持っていって動きを止める。
「サラお嬢様?どうされました?」
「・・・・」
アンナさんの問い掛けに答えず私は無言でカップを元のソーサーの上に置く。そして添えて置いてある銀のスプーンを手に持ち、紅茶の中に入れてクルクル回してから引抜きそのスプーンをじっと見つめる。無言のままそのスプーンをソーサーに戻し、徐に胸元からもう一つの銀のスプーンを取り出すと先程と同じように紅茶に入れてからじっと見つめた。するとそのスプーンはどんどん変色をしていったのだ。
「サラお嬢様それは!?」
「・・・どうも普通の純銀では反応しない毒が使われてるみたいね」
「毒!?」
「うん。この変色した方のスプーンは、普通の純銀のスプーンをちょっと改良した物だったから反応したんだ」
ちなみにこれも例の錬金で、毒に必ず反応するような物を念のため作っておいたのである。
「・・・ああそれで。それを入れる為にドレスの胸元を何か入れれるようにしてと言われたのですね」
「うんそう。アンナさんいつもありがとう!」
「いえいえ・・・って!そんな場合ではございません!」
「うん?」
「うん?じゃありません!毒ですよ?サラお嬢様は毒殺されそうになったのですよ!?」
アンナさんが興奮しながら私に詰め寄ってくる。
「そうみたいだね」
「何でサラお嬢様はそんなのん気にされてるのですか!!そもそもどうして飲む前に分かったのですか!?」
「う~ん。薫りが微かにいつもと違っていたから」
「薫りが?」
アンナさんはそう言うとカップを手に取り匂いを嗅ぎ、次に紅茶の入っているポットの蓋を取って嗅いでいたが怪訝な表情で私を見てきた。
「・・・さっぱり分かりません」
「まあ多分、気付かれないように無臭の毒を使っていたんだろうけど、異物が混ざった事で普通の人では気付かない程微かに薫りが変わってたんだ」
「そうなのですか・・・しかし一体いつ毒が・・・はっ!毒を入れたのは私ではありませんから!」
「大丈夫安心して。私アンナさんの事信用してるから疑って無いよ」
「サラお嬢様!!」
私を感激した表情で見つめてくるのでそれに応えるように笑顔を向ける。
「アンナさん、この紅茶を持って来る時に不審な点は無かった?」
「不審な点ですか?・・・う~ん。紅茶に使う水は蛇口からですのでそこに毒は無理ですし、食器や茶器や鍋など全て念のため使う前に一度洗うようにしてましたのでそれらに塗られていた可能性も無いと思われます。それに茶葉も厳重に管理してありましたので・・・あれ?」
「どうしたの?」
「そう言えば気のせいだと思っていたのですが、今思えば茶葉が入っていた缶が僅かにずれていたような・・・」
「・・・茶葉はどうやって管理してたの?」
「棚に仕舞い扉に鍵を掛けてあります」
「その鍵はいつもどこに?」
「お城の衛兵室に預けてあります・・・」
「・・・だとすると、誰かがその衛兵の隙を突いて鍵を持ち出した可能性は高そうだね」
「そんな!!」
「アンナさん、とりあえず今すぐ茶葉を全部持って来て!あとジークに『動き出した』と伝えて欲しい」
「・・・分かりました!」
私が真剣な表情で言うとアンナさんも真剣な顔つきになりすぐさま部屋から出ていった。
そして暫くすると、茶葉の缶をワゴン一杯にして運んで来たアンナさんと焦った表情のジークが部屋に駆け込んで来たのだ。
「サラ!大丈夫か!?」
そう言って私を強く抱き締め無事を確認してくるので、身を捩ってその腕からなんとか逃れた。
「ジーク落ち着いて!私は大丈夫だから!大体はアンナさんから聞いてるよね?」
「・・・ああ、話を聞いた限り恐らくサラの考えた通り、茶葉に毒が仕込まれていた可能性が高いだろう。一応鍵を管理していた衛兵に確認をしたのだが、どうやら昨夜差し入れがありそれを食べた後少し眠ってしまったと白状したんだ。その者には罰として暫く辺境の地に異動させておいた」
「そうなんだ・・・」
・・・その衛兵さん、この事に懲りず辺境の地で頑張って強くなって来てください!!
「サラお嬢様、この茶葉はどう致しましょう?」
「ああ、そのさっきの紅茶が置いたままの机の上に置いて。あと、出来れば蓋の閉まる瓶が欲しいんだけど?」
「すぐ持って参ります!」
そう言ってアンナさんは再び部屋から出ていき、少ししてからいくつかの瓶を持って戻って来たのでそれも机の上に置いてもらった。
「・・・サラ一体何をするつもりなんだ?」
「あ~ジーク、暫くこの部屋に他の人が入って来れないように出来る?」
「それは出来るが・・・」
「ならお願い。この部屋には毒の事を知っている私とジークとアンナさんだけにしたいから」
「・・・分かった」
そう言ってジークは部屋を出ていき、そしてジークが絶対信頼できると言う二人の騎士を連れて戻り廊下側の扉の前で警護してもらった。
私は机の前の長椅子に座り指をポキポキ鳴らしてから背伸びをする。ジークとアンナさんは私の後ろに立ち困惑しながら見ていた。
「さて始めますか!」
まずカップに入ったままの紅茶をポットに戻し入れ、そのポットの注水口に手をかざし風の魔法を掛ける。そして中から紅茶を水球にしてフワフワと浮かび上がらせた。
それを見た二人が驚きの声を上げるがとりあえず無視。
次にその水球を両手でかざし、水と風の魔法を織り混ぜそのまま両手を横に開く。すると紅茶の水球から小さく透明な水球が分離する。そして紅茶の水球をポットの中に戻し透明な水球を用意した瓶の中に入れて蓋をするとその中で水球は崩れ液体となった。
「はい。とりあえずこれがこの紅茶の中に入っていた毒だから」
私がそう言って瓶をジークに手渡すのだが、ジークは唖然とその受け取った瓶を見つめていた。横を見るとアンナさんも同じ表情をしている。
・・・こうなると思ったからあまり他の人にこの力見せたく無いんだよね。
そうため息を吐き、二人をそのままにして次の作業に入る。
次に茶葉の缶を手に取り蓋を開け、風の力で中の茶葉を空中に浮かび上がらせ今度は土と水と風の魔法を織り混ぜて茶葉を一端元の青々とした茶葉に戻す。すると元に戻った茶葉とは別に先程よりも小さく透明な水球が所々に浮かんでいる。
払うように手を横に滑らせ茶葉と水球を分離させると、バラバラだった水球を一つに纏めてまた空の瓶に入れる。
そして残った茶葉に今度は火の魔法も加え再び元の乾燥した茶葉に戻してから缶に詰め直す。
「はい。これが茶葉の方に入っていた毒ね」
「・・・見事な力だな」
私がジークに瓶を手渡そうとすると別の手がそれを受け取った。
「ゼクス!?」
「我の事は気にせずそのまま作業を続けて良いぞ」
いつの間に来ていたのかゼクスも後ろに立て私の作業を興味深く見てくる。私はゼクスの神出鬼没な所に呆れながらも、次々と茶葉の毒抜き作業を進めていったのだった。
※茶葉の製造過程は適当なのであまり気にしないで下さい。




