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2016年/短編まとめ

劣っているのは、一体どちら?

作者: 文崎 美生

数時間の差だった。

たった数時間の差で兄とか妹とか、そんな区別を付けられてしまうのだ。

血液型も誕生日も年齢も同じなのに。

双子なのに、そんな風に上下で線を引かれるのだ。


「いい加減、大人になりなよ。兄さん」


制服が汚れるのも気にせずに、河原で大の字になっている双子の兄に声を掛けた。

今日も今日とて、私の兄は子供だ。

たった数時間の差で兄になったくせに、どうして私よりも不真面目に適当に堕落出来るのか。


学校も途中からいなくなって、放課後にいそうな場所を探してみたら、何故か傷だらけなのだ。

高校生にもなって、何をしているんだ、と頭を抱えたくなる。

そんな私を見上げる兄は、ヘラヘラとした締りのない笑みを向けてきた。


「バンソーコーとか、ある?」


「……人の話聞いてた?」


切り傷やら青痣らしきものがある兄の顔を一瞥して、私は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

がさごそ、肩に引っ掛けていた黒い革のスクールバッグから、ポーチを取り出して、そのまま兄の顔面目掛けて投げ付ける私。


喧嘩して、勉強しないで、学校はサボって、家には帰らないで、怪我はして、何も変わらなくて――見ていてムカつくんだ。

じろり、私の視線を受けても、兄の様子は変わらない。

それどころか、のんびりとポーチを開けて絆創膏を取り出している。


「別にいいと思うけどな、このままで」


ぺりぺり、剥がされた絆創膏の包みは、風に流されて飛んでいく。

ゴミの処理も出来ないのか、コイツは。


「良いわけないでしょう。私達、もう高校生だよ?兄さんさ、この前も警察の人に迷惑掛けてたじゃない」


お母さんだってお父さんだって、呼び出されてたじゃない、私の言葉に眉を上げた兄。

私が知らないとでも思っていたのか。

夜中だろうと、何だろうと、バタバタと忙しない足音に、普段は物静かなお父さんの怒鳴り声が聞こえれば、誰だって目が覚める、気付く。


昔から血の気は多いほうだった兄だけれど、それは中学校に入ってから血の気が多いでは済ませられなくなっていった。

何を考えているなか分からない笑顔を浮かべて、売られた喧嘩は全て買い、とにかく毎日喧嘩三昧。


双子だからってだけで、知らない人に絡まれたこともある。

先生方も私を見て兄のことを口にする。

その度に私は悪くもないのに頭を下げて、兄の不出来を謝罪するのだ。


その時の教師の顔は本当に不快だ。

兄で溜まった鬱憤を私に吐き出して、頭を下げる私を見て自尊心を保とうとする。

あぁ、醜い汚い不快不愉快。


「変わらなきゃいけないの!いつまで子供でいるつもりなの!来年には就職進学もあるのに……」


変わってよ、お願いだから、吐き出したい言葉よりも先に兄が体を起こす。

太陽に透ける金に近い茶髪は、キラキラと光っていて腹立たしい。

山なりに投げ返されたポーチは私の手の中に収まる。


ぴんっ、無骨な指先が空を指す。

まだ日も高く、朝の天気予報では可愛らしい人気の女子アナが、今日は一日中晴れだと言っていた。

雲一つない青空を指しながら、兄は食えない笑みを浮かべる。


「いいんだよ、俺はこれで。これが俺だから」


諭すように言葉を紡ぐ兄を、私は睨み付ける。

細められた目の中、網膜に焼き付く兄の姿は、私の胃の辺りにある感情を揺らす。

そうして空に向けられた指先は、ゆっくりと下ろされて私へと向けられる。


双子だけれど二卵生。

双子だけれど兄妹だから二卵生。

同じとは言えない顔付きで、弧を描く口元が動いて言葉を紡ぐ。


「大体、変わらなくちゃって思ったのは、高校生になったからじゃ、ないだろ」


目の前に突き付けられた指先。

喰いちぎってやろうか、歯を一度だけ鳴らす。


「自分に不満があったから」


綺麗な綺麗な三日月型。

その口を今すぐにでも縫い付けてやりたい。

兄の言葉が、胃の辺りにある感情を掻き乱す。

口から手を突っ込まれて、胃の中まで突っ込んで、ぐっちゃぐっちゃにされている気分だ。

酷く、不快。


兄さん、そう呼ぶようになったのはいつからか。

お兄ちゃん、そう呼ばなくなったのはいつからか。

私よりも広く大きな背中を追い掛けなくなったのは、一体いつからだろう。

私よりも広く大きな背中に同じように背中を向けるようになったのは、一体いつからだろう。


双子は片割れとか、同じ存在とか、色々言われていて、個々として見られないことが多い気がするけれど、私達の道は完全に違った。

違って、見知らぬ人から見たらきっと双子だなんて思われない。


「で?見事変われた感想とか、ある?」


不快不愉快羞恥心――劣等感。

肩に引っ掛けているスクールバッグを、ポーチ同様に兄の顔面目掛けて投げ付ける。

うおっ?!なんて変な声を出しているのを聞いて、持っていたポーチも投げ付けておく。


たった数時間の差。

それが酷く私を縛り付けて、殺しに掛かる。

それが兄の余裕ですか、そうですか。

いつまで経っても私は妹で、勝てないんだって言われている気分になる。


お前みたいになんか、なるもんか。


吐き捨てて駆け出す。

なるもんか、なれるもんか。

私の鞄とポーチを持った兄が、私の背中を眺めながら溜息を吐き出して、あーあ、なんてボヤいているのを私は知らない。

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