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3. お師さまとフェイスレスさん

「ギルバート!?」


 お師さまのそんな声に、彼は「おいおい……」と手を振って肩を竦めた。


「その名前で呼ばないのがマナーだろう?」


 そう言う彼に、お師さまは「だって……」と頬を膨らませた。


「貴方のネームなんて知らないもの」

「んまあ、そうだな。ここで会うのは初めてだもんな」


 お師さまの言葉に彼は納得した様に頷く。そして、長めの金髪をフサァっと搔き上げた。


「俺の事は『フェイスレス』って呼んでくれ」


 そう言って『キリっ!』とポーズを決めるイケメンの彼、フェイスレスさん。ヤバイ、この人超カッコイイ! や、やっぱりお師さまの彼氏なんじゃ……!?

 でもそんなフェイスレスさんに、お師さまは呆れた様にため息を付いていた。


「フェイスレスって…… 貴方のその厨二チックなセンス、何とかならないわけ?」

「おう! ジャパニーズ『チュウニビョウ』センスは最高じゃないか! 他にもジャパニメーションで培った知識を使って『サンダートルネード』や『スターバースト』、あとは『レーバティン』とかさ? 色々と候補を考えたんだよ~!」


 何だかわからないけど、どれも超カッコイイ名前ばかりだ。この人もしかして凄い人なのかも……!?


「……ああ、もう良いよフェイスレスで。他のだと呼ぶのが恥ずかしいから……」

「そうか? まあ、フェイスレスもカッコイイからな」


 そんな彼の言葉に、お師さまは再度、大きな溜息を付いて肩を落とした。どうやらフェイスレスさんのセンスに、お師さまはお気に召さないらしい。う〜ん、僕はカッコイイと思うんだけどなぁ……

 でもなんか、二人の会話がとても奇妙に聞こえるのは僕だけなのかな?


「それにしても…… 随分と凝ったわね。嫌いじゃないけど、ここだけでどれだけ容量喰ってるの?」

「う~ん、ZB(ゼタバイト)の箱を数個、それとTitanモデルをいくつか並列で組んでみた。全体のシステムの三分の一ぐらいかな……?」


 フェイスレスさんの言葉にお師さまは一瞬目を丸くし、それから「呆れた……」と呟いて肩をすくめた。


「普通に国防システム並みとか…… それもシステムの三分の一使うって…… 李君が怒るよ?」

「いやいやいや、李もノリノリだったぜ? 俺のチームは街だけだけど、あっちの塔なんか、メタちゃんと組んでるから処理速度が半端ないよ。しかもメタちゃんなんて、智天使ケルビムモデルのサンダルフォン…… だっけ? アレまで起動させてるし、李もオックスフォードのダチを引っ張って来てるんだぜ? 俺なんか可愛いもんだよ」

「――――なんだか頭痛くなってきた……」


 お師さまは、今度はこめかみを揉むようにして天を仰ぐ。けれど僕には、お師さまとフェイスレスさんが何を喋っているのか全くわからない。完全に置いてけぼりだ。


「ま、衛星一個丸ごとだし、容量はまだ余裕がある。それに例のアレも順調に育ってるんだ。ノープロブレムだよ」


 フェイスレスさんはそう言って、項垂れるお師さまの肩をポンポンと叩いた。お師さまは三度、大きく、そして深い溜息を吐いていた。


「ところでスノー。そろそろワンコ君に俺を紹介してくれよ」


 そう言って僕を見るフェイスレスさんに、お師さまは「……ま、そうだね」と呟いた。


「ノラ君、『コレ』が私の知り合いのギル…… フェイスレス。先行してここでの活動拠点、家を手配してもらったの」


 お師さまの言葉に、フェイスレスさんは「コレって……酷くね?」とボヤいているが、お師さまは別段気にした風もなく、今度は僕を紹介した。


「で、彼が私の弟子のノラ君だよ」


 お師さまがそう言うと同時に僕は頭を下げた。


「は、初めまして、ノ、ノーラッド・トルマーニャです。よろしくお願いします」

「ああ、改めてフェイスレスだ。よろしくな。なあ、俺もノラ君って呼んでも構わないかい?」

「え、ええ、ぜ、全然構いません」


 初対面の人と話すのは緊張する。噛みまくりだし、ついつい声が上ずってしまう。そんな僕の様子にフェイスレスさんは笑っていた。


「なんでそんなに緊張するんだよ〜? なあ、スノーが師匠なら、俺とはダチになろうぜ?」

「貴方と違ってノラ君は繊細なの。私の可愛い弟子を悪の道に誘うのはやめて欲しいんだけど」

「悪の道って、オイ! 男同士ならではの情報交換だって。女の子のスノーには話し難い様なデリケートな事でも、俺なら無問題だろ?」


 話を聞いている感じでは、どうも彼氏って訳では無さそうだ。少し安心した。

 でも、そうしたら二人はどう言った関係なんだろう?


「フェイスレスさんは、お師さまとはどう言った知り合いなんですか?」

「ああ、恋人同士だ」


 即答されて絶句する僕。

 ま、ままま、マジですかぁぁぁっ!?


「んな訳ないでしょ!」


 言葉と共に、ボゴッとお師さまが持っていた杖でフェイスレスさんの頭を殴り、フェイスレスさんが地面に沈む。ちょ、お師さま、いま結構エグい音がしましたけど……


「馬鹿な事言わないでよね。ノラ君本気にするじゃ無い」

「フ、フルスイングとか、マ、マジありえねぇ……」


 フェイスレスさんは「クッソ痛てぇ……」とかボヤきつつ後頭部を摩りながら立ち上がった。


「ひでーよスノー、場の空気を読んだ、ウエットに富んだジョークじゃないか……」

「場の空気を読んであれなら頭沸いてるわよ。さっきも言ったでしょ? ノラ君は貴方と違って繊細なの。あまりお馬鹿なこと言うと、冷凍肉にするからね」


 冗談の様で、決して冗談じゃない宣言をしてお師さまは手にした杖を軽く振って見せた。割と穏やかそうに微笑んではいるものの、目はまったく笑っていない。そんなお師さまに、青い顔のフェイスレスさんはコクコクと頷いていた。

 今の言葉で、少なくとも背筋は冷えたみたいだ。物理的に凍らなかっただけラッキーだと思いますよ、フェイスレスさん。


「彼は、今手掛けてる仕事の仲間なの。他にも何人かいるんだけど、たまたま今動けるのが彼だけだったの」


 先程の僕の質問にお師さまはそう答えた。


「お師さまの仕事仲間ってことは…… フェイスレスさんも魔導師メイジなんですか?」


 僕がそう質問すると、今度はフェイスレスさんが「いいや……」と首を振った。そして腰に取り付けた革製のポーチの様なものから、折れ曲がった鉄製のブーメランみたいな物を取り出し、それを指で引っ掛けながら器用に回して見せた。


「俺の得物はコレ、『銃』だよ。こう見えて、実は銃砲師ガンナーなんだ」


 なるほど、コレが銃という物かぁ…… 聞いたことはあったけど実際に見たのは初めてだ。

 パウダーって言う発火性の粉の爆発力を利用して、鉄や鉛のつぶてを、凄い速さで飛ばして目標にぶつける武器で、物によっては鉄のつぶてじゃなくて、魔法を封じ込めた触媒塊を飛ばせる物もあるとか…… 確か、昔お師さまから借りた本にそう書いてあった。


「ま、俺もスノーと同じで、此処じゃプログラムへの積極的な干渉アクセスは出来ないから、飾りみたいなもんだけどね」


 そう言ってフェイスレスさんは肩を竦めつつ、また銃をクルクルと回しながら腰のポーチに仕舞った。一連の動作が滑らかで、速くて美しい。やっぱりカッコイイな、この人。


「おっ? 俺の華麗なガンアクションに見とれちゃったか?」


 フェイスレスさんは再び腰から銃を抜き、僕に見せてくれる。


「因みにこの銃はシングルアクション回転式リボルバーって言ってな、ここの撃鉄をこうやって起こすと、この回転弾倉が連動して……」


 そうフェイスレスさんがウンチクを始めようとした時、「はいはいっ!」ってお師さまの声と共に、パンパンと手を叩く音がした。


「銃の説明は後回し。先に家を案内してよ、フェイスレス。日が暮れちゃうわ。ノラ君も、この人に付き合ってたらアッと言う間に時間が無くなっちゃうわよ」


 そんなお師さまの言葉に、フェイスレスさんは「せっかちだなぁ……」と呟きつつ、渋々と言った様子で銃を仕舞うが、その瞬間お師さまに睨まれ、「よ、よし、早速家に行くか!」と勢いよく宣言し、スタスタと歩き出した。

 うむ、お師さまとフェイスレスさんの関係がなんとなくわかった気がする。

 そんなこんなで、僕達はフェイスレスさんを先頭に、大勢の人が行き交う大通りを街の中心部目指して歩いて行った。

 正面に見える大きな塔蒼天回廊。そしてそれが見下ろす巨大都市メタトロン。

 この街で、僕はこれから始まる暮らしに少しの不安と、大きな期待に胸のワクワクが止まらなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 少し湿った空気とカビ臭い匂い。

 長年回廊に挑んでいる古参の者は、その空気だけで、ここが回廊の下層域、それも一桁の階だと気づくだろう。石を積み上げた壁、そして石畳。外部に面した開口もなく、松明などの明かりとりも無いのに仄かに明るいのは、天井がボンヤリと発光しているからである。その石がどの様な物なのかは謎だが、回廊内の迷宮はどこも同じ様に、灯りを必要としない場所がほとんどであった。

 ここは蒼天回廊7階。その迷宮を進む一団があった。

 ランカーと呼ばれる、塔の探索と、内部に生息する怪物セラフを狩り、その倒したセラフから得られる戦利品、主にセラフィナイト(天使の石)を売って生活の糧を得る者達である。

 集団は四人。皆武器や鎧などの装備はマチマチな上に、質もそれ程高く無いものばかりで、未だ低ランカーと言った感じである。

 その集団の先頭に、赤い髪を後ろに束ね、布で口許を隠した女がいた。

 刀身の背中の部分がわずかに湾曲した片刃刀剣、カタナという東洋の武器を背中に背負い、鎖を編んだ黒い胴衣に、同じく黒色の薄い金属のバストプレートを付け、その上から黒い、俗に言う『忍び装束』を着込んでいる。

 防具による防御力の上昇より、装備の重さでスピードが鈍るのを嫌った、攻撃回避率の高さに重きを置いた高速戦闘型の交戦スタイルが彼女の信条であった。

 戦士系職のアドバンテージの一つでもある『装備可能防具の豊富さ』を捨て、そんな軽装を選ぶ時点で、彼女が低ランクでは無いことがうかがえる。

 実際、彼女は他の三人と違い、低ランカーではない。彼女はこのチームに助っ人兼ガイドとして雇われた、『忍者』と呼ばれる職種である。


「今回は良い稼ぎになったな。それもこれも、トモエさんのお陰だよ」

「ホントホント、助かりましたよ〜 トモエさん」


 前を歩く彼女、トモエの背中からそんな声が掛かり、そして笑い声が続く。

 そんな声を背中に聞きながら、トモエは布で隠した口で小さく舌打ちする。それと同時に胸の奥にチクリと微かな痛みを自覚した。そしてそれを隠す様に口を開く。


「低層とは言え、気を抜かない。ゲートを潜るまでは何が起こるかわからないから……」

「相変わらずクールっすねー トモエさんは。でもそれだからこそなんですよね〜」


 トモエの言葉にチームリーダーである戦士職の男がそう返すと、他の二人も同様に頷いていた。

(呑気な事を……)

 トモエはそう心の中で呟く。低層では大物と呼ばれるセラフを撃破し、いつもの数倍の稼ぎに浮かれるのは仕方無いが、そういう時に限って予想外のアクシデントに見舞われ全滅する、なんて言う話はいくらでも耳にする。良くある話だ……

 トモエは、これから彼等が辿るであろう運命に思いを馳せ、わずかに逡巡する。そんな時、微かに歩みが緩んだトモエの変化に、リーダーが気づいた。


「? どうしたんですか? トモエさん」


 そんな声にトモエは立ち止まり、小さく息を吐く。先ほど自分の中に湧いたわずかな逡巡が、トモエの心にチクリと針を刺す。それと同時に、自分の中に、まだソレが残っていたのかと疑問符を打ち、自嘲の笑みを浮かべ…… 振り向いた。


「この先に、凄い効率的なとっておきの狩場があるんだけど…… 寄って行かない?」


 そんなトモエの吐く甘い蜜に、三人は一も二もなく飛び付く。ここに至るまで、警戒し、疑う事を簡単に忘れさせるほど、トモエは時間を掛けている。


(馬鹿な……人たち……)


 心の中の呟きが、彼女の口から漏れることは無い。頷く三人に再び背を向け、トモエは歩き出す。

 強者を死地へと運ぶワルキューレ……

 トモエは遠い昔に、そんなお話を聞いた事があった。

 塔に探索に出た低ランカー達が帰って来ない。この街では珍しくも無い。

 それは本当に、良くある話だった。


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