第七十五話 詠唱と勘違い
俺は黙々とグランドに向かって歩くベイル先輩の後ろを黙々と歩いてついて行く。
そして、俺の後ろをライア君やジャグナル君、ドーラ君やバルテル君が黙々と歩く……なんて事はなかった。俺の後ろはお祭り騒ぎのように賑やかになっていてジャグナル君やドーラ君は一年の生徒に声をかけていて俺の後ろにはゾロゾロと人が増えてきた。
ライア君もライア君で話を誇張して『ライト君が学校統一に乗り出した』とかシャレにも冗談にもならない事言いながら観客を集めている。
そして、その噂は上級生にも伝わったのか上の階もなりやら慌ただしい感じがする。
「さて、準備はいいか?」
そのままなんとも言えない空気の中、グランドに着いてしまいグランドの中央に向かい合った時には俺の後ろには一年生、ベイル先輩の後ろには三年生、校舎の窓からは二年生が見ているというなんとも言えない構図になってしまった。
こ、これは逃げられない……何だろう? ボクシングの世界タイトルに挑戦しているような光景だ。俺はボクシングのボの字もかじった事なかったのに……。
そして今、このなんとも言えない光景を一瞥したベイル先輩が俺に声をかけてきたのだ。ちなみに毎度の事ながら先生達は出て来ない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺はベイル先輩に一言入れ、その間に屈伸や肩や首を回して準備するふりを小声で身体強化の魔法を詠唱でかける。
さっきまで『ちょっとトイレ』なんて言える雰囲気じゃなかったし魔法を詠唱出来る余裕なんてなかった。ベイル先輩の力は未知だし、あの雰囲気からしても無詠唱の身体強化だけで対応できるか分からない。
俺は安全を行くタイプだ。
なら、詠唱の身体強化の魔法をかけた方がいいに決まっている。幸い、ベイル先輩からも距離があり後ろの生徒は巻き添えを喰らわないように距離を取っているから聞こえる事はないだろう。
二年生なんて校舎だし。
「ほう、入念な準備だな。俺に勝つつもりか。……おもしろい。様子見だと思っていたが、少々本気を出してやろう」
俺が詠唱を誤魔化す為にしてた行動を見てベイル先輩が呟く。
えっ!? そんなつもりじゃないです! 詠唱するのにちょっと時間がかかっただけで!! そんな獣みたいな獰猛な目にならないでください!!




