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そらいけ! タンパンマン

 今日も今日とて我らがヒーロー・タンパンマンは、毛脛剥き出しの短パン姿。短パンそのものの頭をヒラヒラさせながら、二人の友達と一緒に空中パトロールをしていた。


 ちなみにその友達とは、鉄板焼きの鉄板そのものの頭を持つテッパンマンと、フライパンそのものの頭を持つフライパンマンである。なんでこのような妙ちきりんな連中が生まれたのかは定かではない。


「いい天気だねえ。うーん、紫外線が気持ちいい。頭の湿り気も取れるし日光消毒もできるし、言うことなしだね、テッパンマン」


 タンパンマンは背伸びしながらテッパンマンに同意を求めた。


「そんなこと思ってるのは、あなただけですよ。僕達には寒過ぎます。──ねえ、フライパンマン」

「おおよ。やっぱせめてガスコンロの炎くらいアツくないとな。目玉焼きもできやしない」

「そんなにアツかったら僕、燃えちゃうよ。化学繊維だから、あっという間にボーッじゃないか。黒こげになってポリ製のゴミバケツに捨てられちゃう。『ポリへ捨てる(ポリエステル)』なんちゃって」


「つまらないですね」 

 一人で盛り上がるタンパンマンに向かってテッパンマンが冷やかに言った。


「いっぺん、炒めたろか」

 フライパンマンも面白くなかったらしい。


「そもそも『ポリ製』って言葉は、ほぼ『ポリエチレン製』のことを指します。ポリエステル製なんかじゃないですよ。それに、幾らポリ製でもゴミバケツのことを『ポリ』とは呼びません」

「テッパンマン、そう真面目に反論しなくたって……」

「とにかく炒めたろ!」

「わあー、ま、待って!」


 タンパンマン達の友情に亀裂が生じかけた、その時である。突然、真下の森の中から女の子の声が響いてきた。


「オーイ。助けてえ。オーイ」

「行ってみよう」


 タンパンマンがすぐさま後の二人に呼び掛ける。

「おう!」


 皆、大いに乗り気である。メチャクチャ張り切っているといってもいい。もしも響いてきたのが男の声であれば、「何か聞こえたっけ?」「鳥の声だろ」「先を急ぎましょう」の完全無視モードだったのだが。


 三人は直ちに森へ急降下し、慌てて声の主を探し始めた。実は三人とも目下、恋人募集中なのである。まあ、皆、特徴的過ぎる顔だけにこれまでの戦果はさんざんなものだったが、タンパンマンは自分の顔の柔らかい手触りに密かな自信を持っていたし、フライパンマンとテッパンマンは、最近、知り合いの女性が「石鍋」という姓の男と結婚したのを知り、「石鍋が結婚できるなら、俺達だって」と内心、ハチャメチャな闘志を燃やしていた。


「こ、これは!」

「す、すごい」

「オオーッ!」

「キャア! 見ないで!」


 森の中を駆けずり回った末、ようやく声の主とおぼしき可愛らしい女の子を見つけた三人は、その姿を見て思わず唾を飲んだ。彼女は上半身こそ普通のセーラー服を身につけていたが、下半身はなんと下着一枚きりだったのである。──なお蛇足ではあるが、その下着はフンドシでもトランクスでもない。ああ、本当に蛇足だった。


「うわあっ!」

「あ、タンパンマン、鼻血出しやがった。きったねえ!」


 顔を真っ赤に染めたタンパンマンがいきなりヘロヘロになった。

「うーん。顔が汚れて力が出ない……」


 だが、フライパンマンとテッパンマンは、既にタンパンマンなど見向きもしていない。下着姿の女の子に夢中である。


「み、見ないで!あっち向いてよ」

「呼ばれたからわざわざ出向いてあげたんですが……」

「俺達の親切心を足蹴にしやがって。いっぺん焦げ目つけたろか」


 恩着せがましいことを言っているが、二人の本心はそのエロい目つきで明らかだ。

 そんな時、タンパンマンがフラリと立ち上がった。


「そうだ……。そんなに恥ずかしいんなら僕の顔を履くといいよ。ちょっと鼻血で湿ってるけど……」


 タンパンマンは自分の頭をスポッと取り外すと、女の子に差し出した。さすがは我らのヒーロー・タンパンマン。どんな時でも自己犠牲の精神を忘れない。ただ、ほとんどの場合、ありがた迷惑である。


「そ、そんな……悪いわ……」

と、口では言っているが、女の子が内心、嫌がっているのは言うまでもない。目と鼻と口がついた鼻血まみれの短パンを履くのなんて、誰だって願い下げだ。


「遠慮しないで……。困ってる人に履いてもらうのも、僕の使命なんだから。顔はまた、ジャージおじさんに縫ってもらえばいいし……」

「お嬢さん……。人の厚意は素直に受けるものですよ」


 テッパンマンが本心を押し隠しつつ、上っ面だけの紳士的な口調で忠告する。


「そ、そうだ。あなた達、飛べるんでしょ。どこかでサーッとスカート調達してきてもらえないかしら。お金ならあるのよ」

「お金は……おっかねえ……。──うぐっ!」


 どこから出しているのかわからないキテレツな声でダジャレを飛ばした首無しのタンパンマンは、フライパンマンに蹴りを入れられ、あっけなく気絶してしまった。


「へへ。お嬢様。そういうことは先におっしゃっていただきたいもんですなあ。ちと手数料は高うござんすが、よござんすか?」

 

 フライパンマンが文字通りの鉄面皮に結構無理して下卑た笑みを浮かべながら、揉み手で女の子に近づいていく。


「『ふっふっふ、大黒屋、お主もワルよのう』ですね」


 片やテッパンマンはどす黒い顔を僅かに歪めてふてぶてしく笑いつつ、語尾だけは丁寧にしてアイデンティティを保った。


「ちょっとぉ、足元見てくれるわねえ」

 女の子が涙目で抗議する。


「足元なんて見てねえぜ。見てるのはパンツ」

「そうですよ」

「キャアッ! もうイヤあ!」

「ああっ! 鼻血まみれの短パン、慌てて履きやがった」


 一瞬、ザマミロという表情をみせた女の子だったが、すぐさまベソかき顔になった。


「ああん、カピカピになってるぅ」

「鼻血、乾いてしまったみたいですね」


 その時、我らがタンパンマンが喜びの叫びとともに復活した。


「──うおおおお! 密着っ!」


 ただし、復活したのは顏のみ。顔に当たる心地いい温もりと感触が、タンパンマンの意識を蘇らせたのだ。

 だが、幸せはそう長くは続かない。


「自分ばっかりいい目みるなんて、ずるいですよ」

「いっぺん焼き色つけたる!」

「ギャア──ッ!」


 テッパンマンとフライパンマンがよってたかってタンパンマンの脛毛を抜くと、離れた顔面にまで痛みが伝わったらしく、哀れ、彼はまたしても気絶してしまった。



 三十分後、女の子と極悪トリオは無事和解し……。

「誰が極悪じゃい!」

「誰がですか!」

「君達だよ。君達。僕までいっしょくたにされて、いい迷惑だよ。──グエッ」

 タンパンマンは意識を取り戻し……たと思ったら、つい今しがた冥土に旅立ち……。

「旅立ってない!」


 そして、女の子は念願の新品のスカートを手に入れた。その際、タンパンマンの頭は、ポリ製のゴミバケツに捨てられたが、それは彼としても本望であったろう。



「そっかあ、君の名前はナンノさんっていうのか」

「うん。そうナンノよ」

「あはは、君って面白いね」

「よく言われるわ」


 なぜかいきなり女の子と首無しタンパンマンの会話が弾んでいる。


「──おい、今の一連の台詞、なんか、唐突過ぎないか?」


 フライパンマンが怪訝そうにタンパンマンに問うた。


「いいんだ。そろそろドラマを進めないとね。ちょっと話の展開がスローリーよ。──ああっ! ストーリーとスローリーを掛けようと思ったのに、うまくいかなかった」

「てめえが話の展開遅らせてるんじゃねえか」

「嘆かないで、タンパンマン。あなたのギャグはいつだってうまくいってない」


 フライパンマンがタンパンマンをどつき、テッパンマンがけなす。見かねてナンノが間に割って入った。


「内輪もめはやめなさいな。お金、あげたでしょ」

「スカート、買ってきてやったじゃないか。偉そうに言うな」

「ふん。ケチ」


 その時,ナンノの腹がグーッと鳴った。

「あら、スカート履いて安心したら、急にひもじいのを思い出しちゃった。あたし、神殿を抜け出して三日三晩、何も食べてないのよ」


 ナンノは恥ずかしそうに早口で言い訳をした。


「じゃあ、スカート脱ぎゃいい。空腹を忘れる」

「そんな言い方ってないでしょ」


 フライパンマンの乱暴な物言いに、ほっぺたを膨らませてナンノがむくれる。


「ちょっと待って。今、神殿って言ったね。ナンノさんはもしかして、この先にあるドッコイ神殿にいる人?」

「ああん。そんなの後回し。お腹空いたあ。我慢できなあい」


 タンパンマンの問いを無視し、ナンノは手足をバタバタさせて、駄々をこねた。


「わがままだなあ。でも、僕達、食べ物持ってないよ」

「フライパンマンがお金持ってるわ。スカート代と手数料ってことで、さっき全財産渡したの」

「手数料は買い物帰りにパチンコでスッた。もう一銭もない」

「そんなあ。じゃ、何か作ってよ。あんた達、鉄板とフライパンなんだから料理はお手のもんでしょ」

「材料がなきゃなあ。──フライパン……齧るか?」

「鉄板、齧りますか?」

「くすん。お腹減ったよう」


 ナンノは両手で胃の辺りを押さえてうずくまった。


「そうだ。僕の友達の友達に、頭が食べ物の奴がいるんだ。テレパシーで呼んであげようか?」

「えっ?それって、もしかして、アンパンマン?」


 タンバンマンの申し出に、ナンノの目が輝いた。


「いや、ザンパンマン、っていうんだけど」

「げっ!」


 輝いた目が一瞬にしてブラックホールと化す。


「──念のために聞くけど、どんな頭なの?」

「薄汚れたポリパケツの中に干からびた御飯が詰まってて尾頭付きの魚の骨が突き刺さってて、タクアンの尻尾やら刺し身のツマやらパセリやらがごまんとトッピングされてて、とどめに各種汁物が絶妙にブレンドされた特製スープがぶっかけられてる、栄養満点、ピタミン豊富、カルシウムもたっぷりの究極の頭さ。今すぐ呼んであげるからね」


 ナンノはげんなりした顏でこう答えた。


「悪いけど、遠慮するわ。そんなの食べるくらいなら、ほら、そこに大量に生えてる正体不明のキノコを食べてやる。食用か毒キノコか、二つに一つ! 人生はギャンブルよ!」

「物がキノコだけに、これがホントの『いキノコりゲーム』だな。うわっはっは!」

 フライパンマンが会話に割り込んで大笑いする。


「あはははは」

 フライパンマンに迎合するように、テッパンマンも笑った。


「──くだらない」

 会話に水を差されたタンパンマンが不貞腐れた声で言う。


「くだらないだと!」

「くだらないだって!」

「じゃあ、何か? タンパンマンは、そこのキノコを食べても、命に別状がないばかりか、腹も下らないと主張するわけだな」


 フライパンマンがタンパンマンに詰め寄った。どうにもこうにもムチャクチャな言いがかりである。


「そ、そんなこと言ってないよ。僕は、ギャグとしては『この先生きのこる』みたいで、ちょっとありきたりかなと……」

「いいや、言った。腹も下らないと言った」

「言ったと思います」


 しどろもどろになるタンパンマンに、テッパンマンが追い打ちを掛けた。


「それほど自信があるんなら、さっそく毒味をしてもらおう」

「僕、今、頭がないんだけど……」


 フライパンマンが虚を突かれたような顔をした。


「うーむ。確かにそれじゃ何も食えんわな。役立たずめ。頭がないだけに、これがホントの『能無し(脳無し)』だな」

「フライパンマンもだんだんタンパンマンみたいになってきましたね」

 テッパンマンは誰にも聞こえないような声でそう呟くと、チッと舌打ちをする。


 そうこうしているうちに、謎の少女ナンノはひもじさのあまり、とうとう倒れてしまった。


「ありゃりゃ」

 慌ててタンパンマンが介抱する。

 フライパンマンとテッパンマンが、やれやれといった調子で肩をすくめた。


「チェッ仕方ないな。一文の得にもならないが、ちょっくら家まで戻って、食いもんでも探してくるか」

「じゃ、僕は、ジャージおじさんの所へ行って、タンパンマンの新しい頭をもらってきてあげますよ」

「みんな……ありがとう。何だかんだいっても、やっぱり君達はやさしいんだね」

「今頃気づきましたか」

「友達甲斐のない奴だぜ」

などとテッパンマンとフライパンマンは言っているが、本音はこうであった。


(俺も腹減ったな。早く家に帰ってなんか食おう)

(首無しのタンパンマンなんて、薄気味悪くてこれ以上見てられませんよ)


 気を失ったナンノと動けないタンパンマンを残し、テッパンマンとフライパンマンは去っていった。その時である。大地を揺るがす大きな地響きとともに、巨大な鉄の魔神が出現し、不気味な唸り声を発した。


「な、なんだ? ──お、おいナンノさん! しっかりして! 気絶してる場合じゃないよ」

「う、ううーん。あれ、あたしったら、今まで何を……? ──ところで、御飯は?」

「それどころじゃない! あれ見てよ、あれ!」

「あっ! あれは、まさしくドッコイ神殿の守護神『ドッコイ・ダイサーク』!」

「ドッコイ・ダイサークだって?」

「ドッコイ神殿の神々を守護するために造られたスーパーロボットよ。今は悪い奴らに操られてるの」

「侵入者を拘束スル……。侵入者を拘束スル……。ドッコイ、ドッコイ」


 ドッコイ・ダイサークは抑揚のない機械的な声を発しつつ、二人に向かって大きな腕を伸ばした。


「逃げるわよ」

「と、言われても……力が出なくて……」

「ドッコイ! ドッコイ!」

「キャア、タンパンマン助けて!」

「うわあぁ! ──ナンノさん、僕を盾にするなんて……ひどいや……。ガクッ」


 ナンノに後ろから羽がい絞めにされたタンパンマンは、ドッコイ・ダイサークの腕の直撃を受けてあえなく気を失った。そして、そのまま魔神につまみ上げられ、いずこへともなく連れ去られてしまったのである。


「待っててタンパンマン。あなたが自分の身を犠牲にしてあたしを守ってくれた恩、決して忘れないわ。きっとテッパンマン達と一緒に助けに行くからね」

と、棒読み口調で言うだけ言って、一目散に逃げていくナンノであった。



 さて、ここはドッコイ神殿の内部。この神殿は、元来、夫婦の神様が二人で住まう美しい神殿だったが、今やすっかり悪人のアジトと化してしまっていた。その悪人の名はゾウキンマン。薄汚れた雑巾そのものの顔を持つ、タンパンマンのライバルである。威張りたがりで人を困らせるのが生き甲斐という、ねじ曲がった心の持ち主だが、ガールフレンドのフキンちゃんには頭が上がらない。


「ゾウキンマン! こっち来て!」

「今度は何? フキンちゃん、ホントにもう雑巾使いが荒いんだから。オレさま、いい加減擦り切れちゃうのだ」

「この望遠鏡覗いてみて。魔神が面白いもの運んでくるわよ」

「どれどれ。──やや、あれは首無しのタンパンマン。どういうこった?」

「さあね。でも、タンパンマンたら、ボロボロになっちゃってて、いい気味だわ」

「──いや、あれは罠だぞ」

「罠?」


 フキンちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「タンパンマンめ。オレさまの企みを嗅ぎつけたに違いないのだ。きっと、わざと捕らえられたふりをして、神殿に入り込もうって作戦なのだ」

「そうかしら」

「フッフッフ。オレさまの読みに間違いはないのだ。断じて思い通りにはさせないぞ。ドッコイ・ダイサークを使って世界を征服し、雑巾で汚れを拭いたら死刑、という法律を作る──オレさまのこの壮大な計画を、タンパンマンなんかに邪魔されてたまるもんか」

「あ、フローリングにインクの染みが付いてる! あんたの頭で拭いといて」

「ククククク、言ってるそばから……」

「ゾウキンマン! あたしの言うことが聞けないのなら絶交よ! ダスキンマンの所へ行っちゃうんだから」

「そんなあ。オレさまより、あんな黄色いレゲエ野郎の方がいいってえの?」

「百万倍素敵よ」

「クゥーッ! 今まであんなに尽くしてきたのに……」

「だけど、何でも言うこと聞いてくれるゾウキンマンは大好き!」

「えへへへ。そ、そう?」

「だ・か・ら! 言うこと聞くの? 聞かないの?」

「聞きます聞きます。──フローリングをフキフキフキ、と」

「ようし! じゃあ、一緒にいてあげる」

「ワーイ」

「ところで、逃げ出したナンノはどうなったの?」

「それが……まだ」

「見つかんないの? グズね! タンパンマンを呼んだのも、きっとナンノの仕業よ。みぃんな、あんたがナンノの牢屋に鍵を掛け忘れたせいだかんね。このドジ! マヌケ!」

「スカート脱がしておけば、恥ずかしくて逃げ出せないと思ったのに」

「馬鹿! だからあんたはゾウキンなのよっ!」

「どういう意味?」

「こってり絞られるのがお似合い、ってこと」

「うまい! さすがフキンちゃん」


 フキンだって絞られるじゃないか、と内心不満に思いつつも、ついおべんちゃらを言ってしまう健気なゾウキンマンであった。



 さて。こんなくだらないやり取りが続けられている間に、ドッコイ・ダイサークはとっくに神殿へ到着してしまっていた。神殿の扉を開け、太い腕をググッと突っ込むと、とある狭い部屋にタンパンマンを押し込め、姿を消した。


「う……こ、ここは?」

「ドッコイ神殿の中である。かわいそうにお主もゾウキンマンに捕まったのだな」


 白いあごひげを蓄えたなかなか威厳のある老人がタンパンマンを見下ろしている。


「ゾウキンマンだって? また、あいつがからんでいたのか」


 首無しのタンパンマンは悔しそうな声を出した。


「ゾウキンマンを知っておるのか?」

「ええ。友達じゃないですけど。──ところで、あなたは?」

「神である。我はドッコイ神殿の主神『ゴッド・ドッコイ』なり。この世のほとんどのものをいい感じに司る偉い神様である」

「えっ、神様なんですか? だったらここから出してくださいよ」

「それはできぬ相談である。我もこの狭い部屋に閉じ込められておるのでな」

「どういうことです? 神様なのに」

「先に我が妻がゾウキンマンに捕まってな、妻の身の安全の保証を条件に、三つだけあやつの願いを叶えることにしたのである。そしたらなんだかんだと言いくるめられてしまって、結局、何倍もの願いを叶えさせられてしまった。その際、色々と細かい要求を受け入れざるをえなくなり、その流れでずっとここに監禁されておる。神が自ら約束を破るわけにもいかぬゆえ、逃げ出すこともできぬし、お主を助けることもできぬ」

「ゾウキンマンが、神様の弱みをうまく突いたということですね」


 ゴッド・ドッコイがうなずく。


「ゾウキンマンは、あんな雑巾みたいな面だが、なかなか悪知恵が働く奴だ。どうやら我よりも魔神ドッコイ・ダイサークの方を狙っていたようじゃな。やりたいことが終われば妻を解放すると言っていた。さすれば、我も自らの意志でこの部屋を出ることができる。お主を出してやることもできよう」



 同じ頃、謎の少女ナンノも、戻ってきたテッパンマンとフライパンマンに事情を説明していた。

「そうか、あんた、神殿の女神様だったのか」

「うん。あたしは、何だかよくわからないものを適当に司る女神。『ナンノ・ゴッデス』」

「何だかよくわからないもの、っていったい何ですか?」


 テッパンマンがかしこまって尋ねると、ナンノは呆れたように溜息をついた。


「──あんた達のことよ!」

「げ、俺達の神様だったのか! 自分でも薄々感じてたが、やっぱり俺達って『何だかよくわからないもの』だったんだな」

 フライパンマンは激しくショックを受けた様子だった。


「ホント、みんな罰当たりなんだから。ま、何百年間もずっと監督放棄してたから、知らなくたって無理ないかもね。急に女神風吹かせたりなんかしないから、安心して。──でも、あのゾウキンマンだけは許せない」

「ゾウキンマン! また、あいつか!」

「毎度毎度ちっとも懲りませんね」

「お願い、手を貸して。神殿に閉じ込められてるうちの亭主を助け出し、ゾウキンマンに天誅を加えなきゃ」

「え、亭主って、どういうことですか?」


 テッパンマンの目が点になった。


「本当に何も知らないのね。──あんた達も名前ぐらい聞いたことあるでしょ。ゴッド・ドッコイ。あたしの旦那だから『夫・ドッコイ』ともいうわ」

「亭主持ちかよ……」

「はあ、こんなに若作りなのに既婚者ですか……」


 二人の「何だかよくわからないもの」は肩を落とした。二人が恋人募集中の身でありながらナンノを乱暴に扱っていたのは、彼らの本能として、鉄のように打たれ強いパートナーを求めずにはいられなかったからである。決してナンノを対象外にしていたわけではなかった。


 恋人ゲットの夢が費えた今、もはや二人のテンションはだだ下がりである。しかし、女神とわかった以上、その頼みを聞かないわけにはいかない。


「まあ、乗り掛かった舟です。協力はしましょう」

「仕方ねえな。──ところでタンパンマンはどうすんだ?」

「そうね。物のついでに助けてあげてもいいわね」

「ついで、か……。タンパンマン……かわいそうな奴……」

「それじゃあ、事情説明おしまいね。ほら、さっさと御飯作って。お腹減ってもう動けなあい! チャーハンと焼肉十人前よろしく!」

「動けないわりには元気な声出すじゃねえか」

「やれやれ。勝手な女神様ですね」



 再び神殿内である。タンパンマンは、閉じ込められた部屋から抜け出そうと焦っていた。しかし、どこにも出口は見つからない。


「無駄である、タンパンマン。この部屋は、入るのは簡単だが、ところどころ空間がねじ曲がっていて、神以外出られない仕組みになっている」

「せめて新しい頭があったら、こんな壁くらい軽く壊せるのにな」

「待つのだ。チャンスはきっと来る」

「わかりました。ただ、こうならないといいのですが」


 タンパンマンはどこからともなくマッチを一本取り出した。少し表情がぎこちない。どういうわけか恥ずかしそうにモジモジしている。


「何だ?」

「マッチ棒け? ──待ちぼうけです」

「自分のダジャレを解説しなければならないことほど、虚しいことはないぞ」

「…………そのお言葉……身に沁み入ります……」


 その頃、ナンノ達は……。


「そろそろ、神殿に突っ込むぜ。いいな!」

「オー!」

「ああん!お腹いっぱいで動けなあい!」

「愚かな……」


 そして、ゾウキンマン達はといえば……。


「おーい、フキンちゃん! オレさまを見捨てないでぇ!」

「フンだ。あたし、もう頭にきた。ここ、出てく! ダスキンマンより一兆倍素敵な愛しのショパンマン様の押しかけ女房になって、ピアノ弾いて暮らすわ」

「グフフ、似合わねえー!」


 その思わず飛び出した失言が、フキンちゃんの逆鱗に触れた。


「なんですってぇぇ! ウオオオオオ、怒ったわ! 火事場のクソ力じゃあいっ!──四十八の殺人技の一つ、フキン肉バスター!」

「グエ」

「フキン肉ドライバー!」

「ムギュ」

「とどめよ。ムーミント・スナ・フキン!」

「ウギャー!」


 ………………。

 相変わらず、取り込み中のようである。

  


 さて、そんなこんなで、やっと出発したナンノ達一行だったが、案の定、ドッコイ・ダイサークに襲撃されてしまった。

「テッパンマンにフライパンマン。なるべく魔神の攻撃を引きつけておいてちょうだい。その隙にあたしが神殿に潜り込むから」

「わかりました。ご武運を」

「腕が鳴るぜ」


 ドッコイ・ダイサークは「ドッコイ! ドッコイ!」と叫びながら、フライパンマンとテッパンマンを執拗に追い掛け回した。


「侵入者ハ排除スル。──『ハートウォッシャー・ビーム』!」


 七色の光線が二人を直撃した。


「あ、あの光線は!」


 時々振り返って成り行きを確認していたナンノが絶望の表情を浮かべる。


「あれはどんな汚れた悪の心も、一瞬で純白の無垢な心に染め上げてしまう、神様専売の洗礼洗脳光線。ただしそれを浴びたものは美しい心を持つと同時に、何の意欲も持たない役立たずになってしまう。あの二人、もう使い物にならないわ」


 ところが……。


「ロープで足を引っ掛けて転ばせてやろうぜ!」

「いいですね。それっ!」


 相も変わらず元気な二人の声が響いた。


「あれ?」


 ナンノがびっくりして足を止める。こんなはずはないのだ。だが、二人は何の影響も受けていないかの如く、賑やかに飛び回っている。


「あの女神、亭主持ちで性格は悪いが、顏だけはいいから、ここでいいとこ見せて、たんまりご褒美を要求してやるぜ。ぐへへへへ」

「確かに亭主持ちではありますが、性格も輕いし活躍次第では何かさせてもらえるかもしれませんね。うひひひひ」


 それらの声はナンノの地獄耳に──いや、天国耳ヘブンズイヤーに確かに届いた。


(あたしが聞いていないと思って、好きなこと言ってるわね。なるほど。あれが彼らの本音。──黒い、黒過ぎるわ。まさか神の力が及ばないレベルでどす黒いとは。ダークマターもビックリね)


「排除スル。──『踏み絵手裏剣』!」


 ドッコイ・ダイサークが四角いレリーフのようなものを次々と手裏剣状に回転させて投げつける。


(あ、あれは神の似姿が刻まれた手裏剣。あれで攻撃されるということは、神の直接の裁きを受けることと同義となる。信仰に篤い者ならば、命中せずとも死刑にも等しい絶望に陥るはず。──まあ、効かないだろうけどね)


 とナンノが思っているそばから、フライパンマンが地面に突き刺さった手裏剣をかき集めている。


(何してんのよ、あれ)


 訝るナンノを尻目に、フライパンマンは自分の頭に謎の液体と手裏剣を入れ、グツグツと煮込み始めた。


「ドッセーイ。フライパンは煮物にも使えるんだぜ!」

「さすがはフライパンマン!」

(馬鹿じゃない? 食べられないものを、なんで煮てんのよ)

「どんどん煮るぜ!」

「煮ましょう」

(ま、まさか。『神の似姿』を『神の姿煮』にっ!──なんて馬鹿馬鹿しい)

「はっ! そうか」


 はたと思い当たって、ナンノは思わず叫んだ。


(『ハートウォッシャー・ビーム』には、人を純粋無垢にする力がある。心を白く染め上げる方の力は二人の黒さに太刀打ちできなかったけど、二人のピュアな本性をさらけ出すことには成功してたんだ。すなわち、あいつらの本性はとことんクズで馬鹿!)

「排除スル。──『ドッコイ・張り手』!」

「フギャー」

「どっひゃああ!」

「結局、あいつらには普通の打撃技が一番効くのね。──見捨てていこう、うん」


 ナンノは神殿に向かって走り始めた。もう振り返ることはない。



 それからしばらくして。


「神様。なんだか外が騒がしいですね」

「うむ。本当に騒がしいのである」


 タンパンマンとゴッド・ドッコイがそんな会話を交わしていると、部屋の中に一つの影が勢いよく飛び込んできた。


「あんた、助けにきたわよ!」

「ナンノ! 無事だったのであるか」

「自力で脱出したの。褒めて褒めて」

「おお、よしよし」

「ナンノさん!」

「──あらあ、タンパンマンも、いたの?」

「いたの、ってそんな言い方しなくたって……」

「一応、新しい頭、預かってきたわよ、ほら!」

「ありがとう。──げ、ダサいクリームイエロー……。後で返品交換できないかな?」


 不満の声を漏らしながらも新品の頭を得たタンパンマンは、全身に熱い熱い炎の如き「短パンエネルギー」が漲るのを感じ、同時に「短パンエネルギー」って何? と、ふと思った。


 ──行け、タンパンマン! そら行け、タンパンマン! つまらん疑問は捨てろ。逆襲の時は来た!


「元気1.00倍タンパンマン! ようし、みんな、壁を破って脱出だ! ──あれ、神様達、どこ行ったの? もしかして、もう出ちゃったの……かな?」


 ナンノが無事に脱出したのを知った時点で、ゴッド・ドッコイにはゾウキンマンとの取り決めを守る必要がなくなってしまったのである。



 タンパンマンはそこら中を駆けずり回って、やっとの思いでナンノとの合流を果たした。


「おや、神様は?」

「今回は管轄外だから、あたしに任せるって。今は寝室で休んでるわ」

「管轄外?」


 ナンノは、自分とゴッド・ドッコイの関係を話し、各々が管轄する対象について簡単に解説した。


「──そうですか。すると今回は、僕達だけでゾウキンマンをやっつけなきゃならないわけですね」


 相手が女神だと知って、タンパンマンも若干言葉遣いが丁寧になっている。


「大丈夫?」

「いつもやってることですから」

「おお、なぜかタンパンマンが輝いて見えるわ」

「何せピカピカのおニューなもんで」


 そう言って胸を張りながら、タンパンマンの表情に少し陰りが見えるのは、やはり顏の色がクリームイエローだからだろう。黄ばんだパンツみたいで嫌だなと密かに思っているのだった。


「じゃあ、行くわよ。ゾウキンマンはすぐそこの「神託の間」にいるわ」

「わかりました。突入します! ──ゾウキンマン! 覚悟しろ!」

「おとなしく降伏しなさい! 猶予を十秒あげるわ。十……九……八七六五四三二」

「ああっ! ナンノさん、あれ見て、あれ!」

「何よ、うるさいわね。数えそびれたじゃない」

「ゾウキンマン……ノビてる」

「え……ぁ?」


 タンパンマンの指さした方角には、文字通りボロ雑巾となって床に伸びたゾウキンマンと、気まずそうに斜め上を見上げ、掠れた音の口笛を吹いているフキンちゃんの姿があった。


「えーと……。あの、あたし、ゾウキンマンに騙されてて……。ついさっき、悪い奴だってこと知って……勇気を振り絞って戦ったんですぅ。──はい、これ、魔神の自動操縦装置。……それではみなさん、さようなら」


 フキンちゃんは、小さなリモコン装置をナンノに渡すと、ゴキブリよりも素早くその場を去った。


 タンパンマンとナンノが思わず顔を見合わせる。


「ひょっとして、これで一件落着? なんか、納得いかないわね」

「せっかくエネルギー満タンなのに……」

「あたしもなんだか、気がすまないっていうか……」

「物足りないですよね」

「じゃあ、そこのボロゾウキン、もっとギタギタにしちゃいましょ」

「それがいい! ──ターン、パーンチ!」


 ドカーン! タンパンマンの必殺パンチが炸裂する。


「ライライケ──ン!」


 意味不明の叫びを残し、ゾウキンマンは空の彼方へ消えた。


「ああ、せいせいした。ありがとね。タンパンマン」

「ええと……あのう……」


 今回はろくに活躍しなかったので、礼を言われてちょっと気が引けるタンパンマンである。

 そこへゴッド・ドッコイが忽然と現れた。


「あ、神様」

「ナンノや。タンパンマンは結果を見ればクソの役にも立っていなかったとはいえ、なんとなく事態を好転させるほんの小さなきっかけを作った男である。感謝の印として何かしてやったらどうかな」

(ウーン。褒められている気が全然しない)


 内心で大いにヘコむタンパンマンに向かって、ナンノが大輪の花のような明るい笑顏を見せた。


「そうね、そうだわ。神として正しき者にはちゃんとご褒美を与えなきゃね。──タンパンマン、感謝の印に一つだけ願いを聞いてあげる。何か言ってみて」

「そんな……悪いですよ」


 柄にもなくタンパンマンが遠慮する。


「いいっていいって。何でも言ってみてよ」

「じゃあ、この頭の色を、クリームイエローじゃなくて、ぐんじょう色に」

「随分と、チンケな願いね」

「チ、チチ、チンケとは何ですか、チンケとは」

「チンケな割には切実な願いなのね。まあ、いいわ。願いは確かに聞いてあげたわよ」

「あのう。何の変化もないようなんですけど」


 タンパンマンは手鏡で顔を見ながら戸惑った表情を浮かべた。


「そりゃ、そうよね」

「もしかして、願いを聞くって、本当にただ聞くだけ?」

「モチロン」

「うむ。女神に願いを直に聞いてもらえるとは、光栄なことなのであるぞ」

「か、神様ぁ……」

「喜びなさい。あたしさ、『人の話を全然聞かないね』って、よく言われるんだけど、今回は特別にサービスしとくわ。──あれ、どうかした?」

「そ、そんなあ……」


 期待を手ひどく裏切られたタンパンマンの両目から、じわりと涙がこぼれた。こぼれた涙は顔の皺をツツツと伝わり、ちょうど短パンの股間の辺りを集中して濡らしていく。たちまちのうちに、とっても恥ずかしい顔ができあがった。──しかも……。


「うーん……。顔が濡れて力が出ない……」

 またしてもへろへろになってしまうタンパンマンだった。



 神殿の外では、ドッコイ・ダイサークがピタリと動きを停めていた。無論、遠隔操作によって停止したのだが、それを知らないテッパンマンとフライパンマンは、誰の攻撃で停まったのかということに関して、互いに自分の攻撃が原因だと主張して譲らなかった。


「おのれ、俺の手柄を横取りしようとは断じて許せん」

「あなたこそ、私の功績を奪おうとするなど、恥を知りなさい」


 今や欲望まみれの本性をむき出しにして、二人は睨み合う。

「くたばれ! ──フライパーンチ!」

「滅びよ! ──テッパーンチ!」


 文字通り、激しい火花が散った。


 だが、二人は知らない。彼らの女神がもはやどちらにも決して微笑まないということを。

 

おしまい



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― 新着の感想 ―
[一言] 分かりやすく、そしてどうしようもない感じが好きです。 面白かったです。
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