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しばらく長と話していると、家の中が俄かに騒がしくなった。玄関の電気がつき、勢いよくドアが開かれる。中からは両親と、少し遅れてユリの妹であるサツキが飛び出してきた。父親は剣を抜き身で持ち、辺りを警戒するように窺っている。
「外で狼の吠え声が聞こえるって、サツキ、が……」
父親の声が途中で途切れる。階段下の長と、リィを交互に見る。ぽかん、と間抜けな様子で口が開いた。
「何、でユリとナイトウルフが……」
「ユリ!!こっちに来なさい!サツキもママから離れちゃダメよ!!」
甲高い叫び声が父親の言葉を遮った。母親がリィとサツキの腕を引き寄せ、二人を抱きしめる。離すまいと。絶対に守る、と。強く、強く。そのきつく力の込められた母親の腕を、リィは。
ガンッ
「いっ……え……!?」
一片のためらいもなく殴りつけ、無理やり抜け出した。母親のあげる痛みと驚きの声を尻目に、リィは風の力を使い、勢いよく階段の上を跳んだ。音もなく長の隣へと降り立てば、ユリの家族は目を見開いてこちらを凝視していた。その三対の瞳に映るのは、驚きと困惑、そしてかすかな恐怖。
「ユリ、あなた……」
「俺は、ユリじゃない」
リィは母親の言葉を遮った。その目、その表情には、一欠片の情も浮かんでいなかった。
内心の読めない金色の瞳で、リィはじぃっとユリの家族を見つめた。
「俺はもう、ユリじゃない。リィだ」
淡々と繰り返すリィを横目で見つめながら、長は機嫌良さげに尾をゆらりゆらりと揺らし続けていた。
そうだ。こいつはもう、お前達と同じ【ヒト】ではないのだ。
リィは言葉を続ける。嘗ては家族だった、その人達から目を離さずに。
「ユリという名の人間は、9年前のあの日、」
あの日、ユリというヒトは消えた。
「あなた達に捨てられて、死んだ」
そして、新しくリィという狼が群れに生まれたのだ。ヒトであることを否定し、狼でありたがる、ヒト型なのに、ヒト嫌いの仲間が。
「長に拾われたあの時から」
俺が拾い、名付けたあの日から、リィは。
この子は。
「ヒト族のユリは死んで、魔狼族のリィが生まれた」
愛しい愛しい俺の子だ。
「あなた達が、ユリという存在を否定した。ユリという存在を殺した。……だから俺は、リィになったんだ」
ユリの父親であったヒトの手から、剣が滑り落ちた。
カラン、と乾いた音だけが静寂の中を響いていった。
ナイトウルフ
宵闇の様な毛色をした、四つ足で立った状態で頭から前足まで1.0〜1.5m程の狼。瞳は金色。闇、風、火属性の魔法を使うとの情報がある。通常は5〜30匹程の群れで行動し、森の深部で生息している。
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最初の方は一話一話が短いですが、話が進んでいくと長くなると思います。ご了承ください。