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拙い文章ですが、物語の最後までお付き合いいただければ幸いです。
カチャ。
小さな小さな音を立て、恐る恐るユリは扉を開けた。
(……寝付けない)
学園への出発を明日に控えた今晩は流石に緊張していて、布団に入っていても、ちっとも眠くなれなかった。だったら布団に入っている意味もない。そう思ったユリは、外の空気を吸おうと親にばれないように、外に出た。
すでに月は夜空の頂点を過ぎ、緩やかに下りつつある。ぽつりぽつりと電灯が灯っている部分だけが闇から浮き上がり、どこか現実味のない光景を作り出している。虫の音すら聞こえない、静かな夜だった。
夢の中のような、幻想的な月夜だった。
ユリは外階段の最上段に座り、ぼんやりと空を仰いだ。
(……月を見ていると、何かしら思い出せそうな気がする)
そんなことを考えながら、ただ、時が過ぎるのに身を任せていた。
ユリは、いわゆる記憶喪失と呼ばれるものだった。3歳から8歳の間の記憶が無いのだ。格別それを不便だと感じたことは無いけれど、思い出したいとは思う。何か、重要なーー人生を左右するほどの何かを忘れてしまっているような気がするのだ。
(……それに、)
自分はどうして、何故自分だけが、魔術を使えないのかという問いの答えも、その空白の中に潜んでいる気がする。あくまで気がするだけなのだが。
近くで物音がして、ユリは我に返った。階段の一番下から聞こえたような気がする。
視線をそちらに向けてみれば、輝く一対の金色がそこにはあった。夜の闇を溶かしこんだような暗い色の巨大な体躯と、深い輝きを宿す金色の瞳を持つ狼が悠然と佇んでいた。
目があった瞬間、その輝きに囚われた。目が、離せない。その瞳を覗き込んでいると、何故だか胸の奥が苦しくなってくる。
自分は、この狼を知っている。その毛並みの柔らかさを。その狼の賢さを。そして、優しさを。
知っているのだ。
知っているのに、思い出せない。必死に記憶を探っても、何一つ思い出は出てこない。
ユリはもどかしさに顔を歪めた。
その巨狼は不意に尻尾をゆらりと揺らすと、遠吠えをした。
その瞬間、ユリは頭の中を電流が駆け抜けたように思った。一瞬で頭の中が何かで満たされた。思わず立ち上がり、よろめきながら一段、二段と階段を下る。
再度狼と目を合わせた瞬間、頭の中を駆け抜けたものが何だったかのかを悟った。
『リィ』
狼ーーーー長が小さく唸った。
そうだ。自分は、俺はリィだ。ユリではない。ユリと言う名はあの日、捨てたのだ。
思い出した。魔狼族と共に過ごした日々を。魔法を、この世界の常識を学んだあの日々を。
『長』
唸り返せば、長は満足げに尻尾を揺らした。
あぁ。その仕草を見るのもひどく久しぶりだ。
『ただいま、長』
文章力皆無な作者ですが、少しでも気に入っていただけたら嬉しいです。
誤字、脱字は連絡をお願いします。
最初に投稿をした時はエラー表示が出てしまったので、投稿できてないものと思い再投稿して眠りについたのですが、まさかの二重投稿になってしまっていました。片方は削除しました。もう片方を見てくださった方、ありがとうございました。