第6話 ゴブリン退治(1)
それから3ヶ月半の月日がたった。
それまで、日々の過密な授業によって鍛え上げられた少年少女たちは、まだ発展途上ながらも、入学当初とは見違えるほどに逞しく成長していた。
そして1学期の授業を終えた彼らは、そのもうすぐ8月という夏のある日に、学期末の試験を行なうことになる。
すなわち、実際の冒険者が受けるのと同様の依頼を受け、それを達成しなければならないのである。
ただしこの試験には必ず、いずれかの教員がサポートとして付くことになっている。
エヴァンたちのパーティには、2人の引率が付き、少年たちの冒険を支援・監督することになった。
早朝、学校の門の前に集められたエヴァンたち4人の少年少女の前に、2人の大人の女性が立つ。
そのうちの1人、栗色のウェーブ・ロングヘアーの美女が、学生たちに挨拶をする。
「だいたいもう顔馴染みだけど、一応あらためて自己紹介するわね。今回あなたたちのパーティの引率を務めます、エリスです」
緊張によってやや上擦った声でそう言う彼女は、いつも通りの地味なローブの上に革鎧を身に着け、手には彼女の身の丈近くもある長さの木の杖を持っていた。
完全に真っ直ぐの杖ではなく、ゆるやかに捻じ曲がった形をしているその杖は魔術師の杖と呼ばれるもので、魔法の発動を補助する力を持った魔道具だ。
「んで、その引率の先生のサポートをするサヴィアよ。みんな、エリス先生は引率初心者マークで大変緊張しているので、あまり頼りすぎないよーに」
そう言って茶化すのは、エリスの隣に立つ赤髪クセっ毛の寮長だ。
今日の彼女は、体には軽装の革鎧を身に着け、腰に巻いた装備用のベルトには2本の小剣と、3本の短剣を装備していた。
ちなみに、エリスや学生たちもそうだが、背には荷物の入ったバックパックを背負っているし、腰には小物入れ用の革製のポーチを身に着けている。
「ちょっ、ちょっとサヴィア。そんなこと言って、学生たちが不安に思ったらどうするのよ」
「事実なんだし、取り繕ったってしょーがないじゃん。ていうか、ちゃんと不安に思ってもらわないと。安心して冒険されたんじゃヤバイよ?」
「それはっ……それは、そうだけど……」
「それに、だからあたしがいるんだし。寮長のあたしまでが駆り出されなきゃならないっていう人材不足は、つらいよねぇ」
「いや、それは……サヴィアの場合、どうせ寮長の仕事なんてほとんどしないんだから、そうやって少しは働いたほうがいいと思うけど?」
引率の教師たちがそう、学生たちそっちのけの日常をやっていると、4人の学生のうちの1人が、教師たちに向けて冷たい言葉をぶつける。
「あの、真面目にやってもらえませんか」
そう言った金髪ポニーテールの少女は、イレーンだ。
彼女は革鎧と短弓という武装で、背にはバックパックのほかに、多数の矢が入った矢筒を装備している。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「あっははは、真面目だな~。言い方キツイところまで、小っさい頃のエリスにそっくり」
サヴィアにそう言われ、イレーンは憮然としている。
その後ろでは、クリストファーがハラハラしながら教員たちと少女の顔色を窺っていた。
その銀髪の美少年は、革をロウと油で煮て硬くした硬革の鎧を身に着け、武器は身の丈ほどの長さの槍を、盾は縁を鉄で補強した木製の円形盾を、それぞれ背中に括り付けていた。
「イレーンは普段はこんな子じゃないニャー。エリス先生の前でだけこうなるニャー」
そう言ってイレーンの後ろから口を挟んだのは、寮でイレーンの同室である獣人の少女で、ミィという名前だ。
ミィの頭部には、明るい褐色の髪からぴょこんと、三角形の猫耳が2つ飛び出している。
身に着けている防具はクリストファーと同様の硬革の鎧で、武器は短弓と矢筒を背負っている。
「み、ミィ! 別に私は、そんなんじゃ……」
「それよりエリス先生、今日の依頼って、どんなのなんだ?」
イレーンの抗弁を遮ってエリスに質問する赤髪の少年は、エヴァンだ。
彼は入学してからのわずか四半期ほどの期間だけでも身長を大きく伸ばし、トレーニングの成果で筋肉も付いてきて、そろそろ大人の男と比べても遜色のないほどの立派な体つきになってきている。
武装は、革の上に鱗状の金属片を貼り重ねた鉄鱗鎧に、長剣を腰に下げ、加えてクリストファーのものと同じ円形盾を背中に括り付けているというもので、一行の中で最も戦士らしい出で立ちだ。
そのエヴァンの質問を受けて、エリスが答える。
「依頼の内容は、ゴブリン退治と、さらわれた子どもの救出よ。アルベールの近隣にある村、その近くの洞窟にゴブリンの群れが棲みついて、しかも村の外で遊んでいた子どもが1人、そのゴブリンたちにさらわれてしまったらしいの」
さらに、エリスの説明を継ぐ形で、サヴィアが補足する。
「本来なら1年生の1学期末にやらせるような依頼じゃないんだけどね。難易度の低い依頼だけじゃ、学生全員分をカバーするには数が足りないって問題もあって、学年で一番能力が高いと判断されたあんたたちのパーティに任せることになったってわけ」
「もう、サヴィア、そういう裏事情は……」
「変な見栄張らずに、情報は最大限伝える。情報不足で死人が出てからじゃ遅い」
サヴィアにそうぴしゃりと言われれば、エリスはむぐと口をつぐまざるを得ない。
サヴィアはさらに、今度は学生たちに言葉を向ける。
「ちなみにあんたたち、何でこの依頼が難易度高いか、イメージできる? 例えばもっと単純な、『ゴブリンを退治してほしい』ってだけの依頼と比べての話だけどさ」
そのサヴィアの質問に、イレーンとクリストファーの2人が、そろそろと挙手をする。
「はい、じゃあそっちの銀髪へなちょこ美少年」
「へなっ……」
サヴィアに指されたクリストファーは愕然とした顔をするが、すぐに気を取り直して答える。
「えっと、さらわれた子どもを救出しなきゃいけないってことは、もしゴブリンたちがその子を人質に取ったりした場合、どうにもできなくなるから……じゃないですか? あとは、救出対象がいると、無差別な攻撃……例えば洞窟の前でたき火をして、洞窟に煙を送り込んで燻り出すみたいな、そういう手が使えなくなるっていう問題もありますし……」
クリストファーがそう回答すると、サヴィアは、
「ん、グッド。頭のいい優等生らしい回答で、考えとしては及第点かな。──そっちのツンツン子ちゃんは、ほかに何かある?」
そう言って振った先は、イレーンだ。
「イレーンです、サヴィア寮長。……でも、ほかに何かあるんですか?」
そこに、エヴァンが口を挟む。
「そのさらわれたって子どもが、実際はもう死んじまってた場合はどうするんだ? それとか、本当はさらわれてなくて全然別のところにいて、ゴブリン全部倒しても見つからなかったりしたら」
そのエヴァンの言葉は、ただ疑問を口に出しただけに過ぎなかったが、サヴィアはニヤッと笑って、
「オーケー、それが出てくれば満点。さらわれた子どもの救出、なんて依頼している側もさ、思い込みでモノ言ってる場合があんのよ。だから……」
そう講義を続けようとするサヴィアに、ミィが「にゃーにゃー、サヴィア寮長」と声を掛ける。
「うん? 何さ、猫ちゃん」
「面子を潰されて仕事も奪われたエリス先生が、後ろでいじけてるニャー」
見るとサヴィアの後ろで、美女が校庭にしゃがんで、のの字を書いていた。
さすがのサヴィアもこれには苦笑して、
「あ、ごめん、そういうつもりじゃなかったのよ、エリス?」
「……いいもん。私に実力がないのがいけないんだもん。私も生徒たちと一緒に、サヴィア先生に冒険のこと教えてもらうもん」
ぐすっと涙目で、のの字を書く作業を続けるエリスであった。