第4話 寮生活の始まり
学長の次は、学生寮を仕切る寮長に挨拶に行くことになった。
学校の敷地、北の端に、学生寮として使われている2つの巨大な建物がある。
2つの建物はそれぞれ男子寮と女子寮で、それぞれが数百人という人数を収容できる、石造りで4階建ての巨大建造物である。
そして、そのうちの女子寮、入口すぐの場所に、寮長の部屋はあった。
エヴァンとイレーンの二人はその寮長の部屋の扉の前に立ち、学長室でそうしたのと同様に、ノックをする。
だが、部屋の中からは何の反応もなかった。
「……?」
2人は顔を見合わせる。
聞こえなかったのかと思って、エヴァンは再度強めにノックをしてみたが、やはりしばらくたっても反応がない。
そこに、2人の背後から声がかかった。
「あら、さっきの。今度は寮長に挨拶?」
2人が振り向くと、教員棟の廊下でも出会ったローブ姿の女性が、女子寮の入口から入ってきたところだった。
女性の質問にエヴァンが答えようとすると、それを制してイレーンが前に出る。
「はい。でもノックをしてみたんですけど、いないみたいで。……ひょっとして、寮長さんですか?」
女性はイレーンの質問に一瞬きょとんとして、次には「ああ、違う違う」とたおやかに笑う。
「私は寮長じゃないわ、ただの教員。……でも、ちょっと待っててくれる?」
そう言って女性は、寮長室の扉の前に進み出て、エヴァンがしたのと同じようにノックをする。
が、やはり返事はない。
すると女性は、
「サヴィア、入るわよ」
そう言って、部屋の扉を開けて、中に入って行く。
「ごめんね、ちょっと待ってて」
そして2人にそう言い残して、扉を閉めた。
2人が耳を澄ましていると、中からはこんな声が聞こえてくる。
「もう、サヴィア! 起きて! 新入生が来る時期だっていうのに、こんなにしててどうするのよ!」
「……あぁん? あれ、エリスじゃん。どうしたの」
「どうしたのじゃありません! 寮長がそんなんじゃ、寮生に示しがつかないでしょ! ほらお酒しまって!」
「あーもう、うるさいなぁ。あんたあたしのお母さんかよ。だいたい、いいんだよ、寮なんてぐうたらしてれば。授業で気ぃ張って、寮でまで気張ってたら、もたないって」
「だとしても! せめて新入生の前でぐらいはしゃんとして! 分かった!?」
「へぇへぇ、分かりました。……ふわぁあああ」
そうして何やら片付けの音が聞こえたかと思うと、しばらくしてローブの女性が扉から出てきた。
「お待たせ、どうぞ。じゃあまた、授業でね」
そう言ってローブの女性は、女子寮の奥へと歩いて行った。
エヴァンたちが気を取り直してノックをし、入室の許可を受けて部屋に入ると、そこにはいかにも起き抜けといった風体の、1人の若い女性が椅子に座って待っていた。
部屋は即席で片付けた感じで、よく見ると部屋の角っこに布がかけられた場所があり、その下には雑多な物が寄せ集められているようだ。
そこにいる女性──寮長は、歳はあのローブの女性と同じぐらいだろうか。
エヴァンと似た色の赤髪はクセっ毛のショートカットで、眠たそうな瞳の色は綺麗なグリーン。
身なりをちゃんとしていれば美人、といった容姿である。
寮長は、エヴァンとイレーンが挨拶をして自己紹介すると、
「ああ、あのダブル特待生の。すごいわねー、貴族のボンボンどもとあたしに、爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。あ、あたしは寮長のサヴィア。別に覚えなくていいよ。これ1本ずつ、あんたたちの部屋の鍵ね。寮規則は部屋に置いてあるから一応目ぇ通しといて。あんまりやんちゃしすぎるようだと、ぶっとばさなきゃいけないから、面倒だからやめてね。特に女子寮は2階から男子禁制だから、ちちくり合いたければお外でやること。以上。じゃあ頑張って、負けるな若人たち」
そう一気にまくし立てて、エヴァンたち二人にそれぞれの部屋の鍵を押し付けると、ほいほいほいと二人を部屋の外に押し出してしまった。
ばたんと寮長室の扉が閉められ、廊下に放り出された2人は、ぽかーんと呆けるばかりだった。
イレーンと別れたエヴァンは、男子寮の4階に割り当てられた自分の部屋に向かった。
1つの階だけでも百近い数の部屋があるマンモス寮の中から、多少迷った末に、ようやく自分の部屋を探し当てる。
「……ん?」
寮長から渡された鍵を挿して扉を開けようとするエヴァンだったが、その扉の鍵はすでに開いていた。
エヴァンはそのまま扉を開け、部屋の中に入る。
2人部屋だった。
まず入って目の前に、2段ベッドが縦向きにドンとあって、それが奥行3m、横幅4mほどの広くない部屋を、左右にやんわりと仕切っていた。
そうしてできた部屋の左右の空間には、それぞれ横の壁に合わせて机と椅子が配置されており、ベッドの左右の脇には、衣服を入れる用途と思われる大きな木箱がそれぞれに置かれている。
そして、その左右に仕切られた部屋の片方、右側の空間に、1人の少年がいた。
さらっとした銀髪の、上等な衣服を身に付けた美少年だ。
歳はエヴァンと同じぐらいだろう。
理性を湛えた青い瞳を持ち、全体に大人しそうな印象を宿している。
彼は荷物を入れた大袋から、衣服などを取り出し、整理しているところのようだった。
部屋に入ってきたエヴァンを見ると、ぺこと小さく会釈をして、やっていた作業に戻る。
エヴァンは、背負っていた大荷物を左側のスペースに置くと、銀髪の少年の前に行って握手を求めた。
「エヴァンだ。これからこの部屋、一緒に使うんだろ。よろしくな」
そう言うと、相手の引っ込み思案の少年もようやく立ち上がって、握手を受ける。
「僕はクリストファー・マクレーン。キミは、その……騎士や貴族の家の子ではないの?」
エヴァンのあまり上等ではない服装を見て、あるいはエヴァンが家名を名乗らなかったことを受けて、クリストファーはそう質問する。
「ああ。この近くのナルカ村の出身。騎士や貴族なんて今までほとんど見たこともない。クリストファーは?」
「クリスでいいよ。僕はマクレーン家の三男。貴族家の息子って言っても三男じゃね。この学校には、自分1人で生きていける力を身に付けるために来たんだ」
「へぇ、貴族なのか。すげぇな」
「世襲の地位だし、別にすごくはないよ。エヴァンの家は農家? 学費よく出せたね」
「お金のことはよくわかんねぇけど、特待生だから、学費とかないらしい」
「うそ、特待生!? そっちのほうがすごいよ!」
そんな感じで、同室のクリストファーとは意気投合。
そうしてエヴァンの新たな生活が今、始まるのだった。