第3話 学長セドリック
市壁に囲まれた王都の中で、さらに塀に囲まれたアルベール冒険者養成学校。
出入りの門は開かれているが、その門の前には守衛が1人立っている。
守衛は体格のよい若い男性で、体には硬革製の軽装鎧を身に着け、腰には剣を穿いていた。
エヴァンとイレーンが守衛に学生証を見せて案内を乞うと、まずは学長に挨拶に行くように言われ、学長室の場所を教えてくれた。
2人は守衛にお礼を言って、学校の構内に足を踏み入れる。
2人が通っていた初等学校は、近隣の比較的大きな村にある木造校舎の学校で、規模も小さな素朴なものだった。
だがそれと比べて、この冒険者養成学校の校舎は、比較にならないほど立派なものだ。
どの建物も石造りで、だいたいが3階建て。大きいものだと4階建てのものもある。
エヴァンとイレーンの2人は、その立派な校舎群と広い敷地に再び圧倒されながら、そのうちの教員用の棟へと足を踏み入れる。
「あら。あなたたちは、新入生?」
教員棟に入ると、入ってすぐの廊下で、1人の女性と出会った。
20歳代中頃ほどの整った容姿の美人で、ゆったりとウェーブした栗色のロングヘアーと、グリーンの瞳が魅力的だ。
衣服は草色のローブを着ているだけの素朴さだが、それと彼女の優しげな笑顔とが相まって、美人にありがちな近寄りがたさを緩和している。
「は、はい! 学長に挨拶に来ました!」
そう言って、美人を前にして背筋を伸ばしたエヴァンを横目に、イレーンはどこか面白くなさそうな顔をしている。
女性はそんな2人を見てクスッと笑い、
「学長室はこの奥よ。これから頑張ってね。うちの学校、厳しいわよぉ」
などと脅しながら、教員棟を出て行った。
女性が出て行ったのを見届けると、イレーンはエヴァンを肘で小突く。
「なんだよ」
「鼻の下伸ばして、みっともない」
「してねーよ!」
「してた! 学長室、この先だっていうんでしょ。行こう」
言ってイレーンは、すたすたと先に行ってしまう。
エヴァンも頭を掻きむしりながら、そのあとをついていく。
重厚な木製の扉に、「学長室」と書かれたプレートが貼られている。
エヴァンが扉をノックすると、中から「どうぞ」と男性の声が聞こえてきた。
2人はそれぞれに「失礼します」と声を張り上げて、扉を開け、中に入ってゆく。
ゆったりとした、落ち着いた雰囲気の部屋であった。
立派な執務机と本棚があるほかは、多少の調度品と、花瓶に花が飾られている程度。
貧相ではないが、華美でもないといった部屋だ。
執務机の席には1人の男性が座って、書類の処理をしていたが、訪問者が部屋に入ってくると顔を上げ、少年たちを見た。
「学長のセドリックだ。キミたちは、新入生かな」
そう穏やかな声で言った男性は、おそらくはまだ30歳代後半ほどの年齢であろう、銀髪碧眼の若い男だった。
身なりは全体にきちっとしていて、その目には静かな自信を湛えている。
「はい! ナルカ村のエヴァンです!」
「い、イレーンです! よろしくお願いします!」
二人が緊張気味に自己紹介をすると、学長──セドリックはわずかに驚きの表情を見せた。
「エヴァンにイレーン……。ひとつの村から特待生が2人も出たと聞いていたが、キミたちがそうか」
特待生は、毎年300人ほどいる合格者数のうちの、わずか10人ほどである。
アルベール王立冒険者養成学校は、アルベール国内の100近い数の都市、およびその都市群を支える1,000を超える数の農村から学生を募っているのであるから、エヴァンとイレーンのようなケースは、確かに驚くべきものと言える。
「キミたちのこれまでの努力に敬意を表する。歓迎するよ、エヴァン、イレーン。──ところで、キミたちにひとつ、伝えておきたいことがある」
そう言うと、セドリックは席から立ち上がり、執務机を回り込んでエヴァンとイレーンの正面に立つと、2人を見下ろした。
「今後、私がキミたちに望むのは、良い成績を取ることではない。落第さえしなければ、特待生の地位は卒業まで保証される。それよりも、私がキミたちに望むのは──『生きてこの学校を卒業すること』だ」
ごくっと、イレーンが唾を飲む。
エヴァンは、ただセドリックを見据えている。
「無論本校でも、理念に反しない範囲で、可能な限りの安全配慮はしている。だがまったくの温室育ちでは、優秀な冒険者は育たないとも考えている。この理念に則り、各学期末には実際の冒険者が受ける依頼を達成することをもって、試験としている。ここで命を落とす者も、残念ながら、存在するのが現実なのだ」
セドリックはゆっくりと窓際まで歩き、開かれた木窓から外を窺いながら話を続ける。
「毎週の授業は、期末の試験を命を落とさずに達成するための、力を身に付ける時間だと思ってほしい。だがこの授業も、楽なものではない。その厳しさに耐えられずに学校から逃げ出す者の数は、毎年相当の数に及ぶ」
セドリックは少年たちの方へと向き直り、木窓から差し込む光を背に受けながら、話を続ける。
「私は自信を持っている。生きて本校を卒業できた者は、数々の修羅場を運よく潜り抜け生き延びたベテランの冒険者に匹敵、あるいはそれを凌駕するほどの、本物の実力を身に付けることができると。だがそれは、我々教師陣の力によって成るものではない。キミたちひとりひとりのたゆまぬ努力が、結実するのだ。頑張ってほしい」
セドリックは、そう話を締めくくった。
エヴァンは緊張しながらも、自分の気持ちが昂ってゆくのを感じていた。