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第2話 王都アルベール

 エヴァンはあの小さな冒険から生還した後、自分は将来、冒険者になりたいと両親に訴えた。


 しかしエヴァンは、小さな村の農家の長男として生まれた子どもだった。

 農家では長男が家業を継ぐのが普通であり、両親はエヴァンの希望を退け、将来は家と畑を継ぐように言った。


 けれどもエヴァンは、諦めなかった。

 しつこくしつこく、自分は冒険者になるんだと、両親に反抗した。


 そのうち、エヴァンの両親はこう言うようになった。

 このアルベール王国の首都アルベールには、王立の冒険者養成学校がある。

 エヴァンが11歳で初等学校を卒業する際、その学校の編入試験に特待生として合格することができたなら、冒険者になることを認めてやってもいいと。


 これはエヴァンの両親が、エヴァンを諦めさせるために出した課題だった。

 それまで、初等学校の授業も真面目に受けず成績も悪かったエヴァンだから、それで少しでも勉強するようになれば一石二鳥だという、エヴァンの両親の思惑だったのである。


 だからまさか、エヴァンがそこから猛烈に勉強と訓練を積み始め、本当にアルベール冒険者養成学校の編入試験に特待生として合格してしまうことになるとは、思ってもいなかった。

 エヴァンは、座学分野の試験ではそこそこ優秀といった程度だったが、運動関連の実技試験では試験官を驚かせるほどの能力を発揮し、実力で特待生の権利をもぎ取ったのである。


 そうなってしまえば、エヴァンの両親とても、エヴァンの希望を認めざるを得ない。

 家は次男に継がせることにして、首都アルベールの全寮制の冒険者養成学校に、エヴァンの編入を認めることになった。




 現在のアルベール王国は、初等教育が大陸中でもトップクラスに発展しており、6歳から11歳までの5年間は、貧しい農村の子どもたちも含め、ほぼすべての国民が初等学校に通うことができる。

 子どもたちはそこで、共通語の読み書き、算数、歴史、地理、生物、それに魔術に関しての基礎知識を学び、運動分野では乗馬や水泳などに加えて、武器を使った戦闘の基礎訓練を行なうことになる。


 11歳で初等学校を卒業すると、その後は職業訓練を始めるのが一般的で、15歳で成人として認められる。

 この職業訓練として大学に進学する者もいるが、これは裕福な家庭に生まれた者でないと、通常は難しい。

 大学4年間の学費は高く、裕福でない家庭では、その額を用意することがほぼ不可能だからだ。


 アルベール王立の冒険者養成学校も大学の一種で、その4年間の学費は、エヴァンの家の年収の4倍ほどにも及ぶ。

 つまりは、家の年収すべてがエヴァン1人の1年間の学費だけで吹き飛ぶ額なわけで、貧乏子沢山で貯蓄もろくにできないような農家に、とても捻出できる額ではないのである。


 しかし特待生ともなれば話は別で、学費と入学金が完全免除、教材も無料で支給されるほか、全寮制の寮での最低限の生活まで無料で保障されるという至れり尽くせりぶりである。

 これは、優秀な冒険者を養成することが、国防や治安の強化という観点からも望ましいと判断されているためだ。


 そんなわけで、晴れて特待生として入学を果たすことになったエヴァンだったが、実は、村でアルベール冒険者養成学校に特待生として合格したのは、エヴァンだけではなかった。

 エヴァンの幼馴染みの少女イレーンもまた、エヴァンの背中を追うようにして勉強と訓練を重ね、特待生の地位を獲得していたのである。

 彼女の場合は、エヴァンとは逆に座学で飛び抜けた好成績を収めていて、実技はそこそこといった具合だった。




 村を早朝に出発し、最も近い都市から半日ほど乗合馬車に揺られて、夕刻前。

 11歳になったエヴァンとイレーンの2人が、王都アルベールの街門前に到着する。


 実は、エヴァンの住む村から2番目に近い都市が、この王都アルベールなのである。

 この地理的な有利がなければ、エヴァンの両親は、王都で行われる試験を受けさせようとも考えなかったかもしれない。


「にしても、何度来てもすげぇな」


「……うん。すごい」


 乗合馬車から降りて、街門での門番の出入りチェック待ちの行列に並びながら、2人は自分たちの視界に君臨する王都アルベールの外観を、羨望するように眺めていた。


 大人の背丈を3人分重ねても手が届かないほどの高さの、立派な石造りの市壁。

 その、左右を見ても終わりが見えないぐらいの長大な市壁には、およそ30m置きぐらいの間隔で尖塔が用意されていて、侵入者からの防衛の役割を果たしている。


 市壁と街道が交差する地点で人の出入りをチェックしている大きな街門は、大型の馬車がゆうにすれ違えるほどの幅と高さを有していて、出る方と入る方のそれぞれで、別々に人や物の出入りチェックが行なわれている。


 その手前側の道の脇にある見張り小屋も、石造りで2階建ての立派なものだ。

 おそらくは、見張り数人が寝泊まりできるベッドと家具を収納してなお、余りあるような大きさである。


 また、王都に向かって右手側、エヴァンたちが今いる街道から200mほど離れたあたりには、街道とほぼ平行に川幅30mほどの河川が走っていて、それがそのまま王都の領域を縦断している。

 その河川の貫く部分だけは市壁がないのだが、川の向こう岸から、またさらに市壁が続いているような形だ。


 正面に向き直って、市壁の向こう側はと見ると、遠くの高いところに、これまた立派な石造りの王城が見える。

 都市の中央部、王城や貴族の邸宅のある地域に向かうにつれて高地になっていて、そこから外側を見下ろすような形状になっている。


 それらの壮観な姿は、2人とも初めて見るわけではなかったが、これまでの人生のほとんどを村の風景の中でのみ過ごしてきた2人にとっては、とても刺激的なものだった。


「これから俺たち、この中で暮らすんだよな」


「うん……わああ、緊張してきたー」


 そんなこんなでバリバリに緊張しながら街門でチェックを受け、王都に足を踏み入れた2人だったが、そこでまた、この都市の活気に圧倒されることになる。

 行き交う人の密度が、村の比ではないのだ。


 往来の交差点。

 視界内だけでも数十人の人々が、それぞれの思惑で好き勝手な方角に歩いたり、立ち止まったり、会話したりしている。

 中には少数だが、エルフやドワーフ、獣人といった亜人種の姿も見受けられる。


「はー……ところで学校って、どっちだっけ?」


「えっと、確か……あっち」


「うかうかしてると迷いそうだし、とりあえず学校行こうぜ」


「うん」


 2人は王城のある都市中央部ではなく、右手に曲がって都市の東部に向かって歩いてゆく。


 パン屋、靴屋、服の仕立て屋、篭編み師の店などが立ち並ぶ職人街を抜けて、河を横断する木造の大橋を渡ったあたり、ほとんど都市の南東の端といった場所に、アルベール王立冒険者養成学校が見えてくる。


 石造りの壁に覆われた広大な敷地は、およそ500m四方ほどにも及ぶ。

 王都アルベールは、大陸中の都市の中でもトップクラスの広さを誇ると言われているが、その端から端まで歩いても3kmほどなのだから、この学校の敷地がいかに広大なものであるかが伺える。


 その広大な敷地の中に、いくつかの校舎や体育館、校庭や、学生たちが住み込みする寮などが用意されていて、この学校で学ぶ者たちに利用されている。

 この学校で学ぶ者の多くは、王都の外から来るため、故郷を離れて寮生活を送ることになるのが普通だ。


 そしてエヴァンたちも、これからこの学校で、4年間の寮生活を始めることになるのである。


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