一撃
「おい、お前。足を痛めたのか。それでは歩くのが辛いだろう」
「なに? 足を見せてみろ」
何度か転んで傷だらけの足だが、足首が特に赤く腫れていた。木の根に足を取られた時に捻ってしまっていたようだ。言われて気がついてしまうと、そこがジンジンと痛み出した。
「これでは歩けまい。どれ俺がおぶってやろう。さあ友三郎、俺の背中につかまれ」
「いえいえ! 滅相もございません。そんなことできません! これくらい大丈夫です」
「いいや遠慮などするな。俺はこれからおぬしの人生を負う覚悟じゃ。それに比べればおぬしの体など軽い軽い。おぬしが大きくなって背負えぬようになる前におぶっておきたいのだから、俺の為と思うて背負われてくれ」
「いえ、そんな!」
しゃがんで背を向けてくる高時に、滅相もないと首を振るが、木のそばから離れた朔夜が友三郎の横にしゃがみ込むと足を見た。
「この足ではそうは歩けねえな。日暮れも近い、迷惑をかけたくないなら大人しく背負われろ」
「うっ……」
言いざま腫れた部分をぎゅっとつかまれ、思わず痛みにうめき声を上げる。
「痛いだろう。足手まといになる。早く背負われてやれ」
それに山中では魑魅魍魎が跋扈する。急がなければ厄介なことになる、と朔夜が続けるものだから、あらぬことを想像した友三郎はすっかり怯えてしまったようだ。
「……お、お願い致します高時様。それでは失礼いたします」
しっかりと背中にもたれかかり腕を肩に回すと、高時は軽々と立ち上がり、満足そうに振り返って笑顔を見せた。その背中は広く逞しく、暖かかった。
(この方のお傍を二度と離れはしない……。私はあなたに嫁ぎます! 高時様あ!)
小さな胸に想いを刻み込んだ。
「しっ!」
突如、朔夜の体に緊張が走る。静かになった藪の中でわずかに草を踏み分ける音がした。
「……隠れてないで出てきたらどうだ? さっきの旅人のおっさんだろう?」
朔夜が唸るような低い声で薄暗くなり始めた藪の方へと声をかけると、今度はガサガサと大きな音をさせながら旅姿の男が現れた。
「へえ、早々に気がついたのかい」
旅姿とは言えどこか崩れた雰囲気を持つ男は、じっくりと三人を舐めるように見て、高時の前で目を止めた。
「チビはどうでもいいが、そっちの兄ちゃんの着物は高そうだな。身ぐるみ全部置いて行きな。そうすりゃ命は取らねえからよ」
「さっきすれ違ってからずっとつけてきたのか?」
「ああ。身なりの良い小僧だからな。ま、運のつきだと思って諦めな。下手に抵抗すりゃ要らぬ怪我するぜ」
男が腰に佩いていた刀を抜いて見せびらかすようにこちらへ向ける。高時は友三郎を背負ったまま少し後ずさったが、朔夜は逆に一歩前へと踏み出し、高時達を背に庇うように立ちはだかり、腰にいつも挿している脇差へと手をかける。
「おっさん、盗賊の真似ごとなんて下手にするんじゃねえよ」
「なにっ? ガキが生意気言うんじゃねえぞ。俺は腕にはちと自信がある。てめえらなんか一瞬で血祭りに上げるくらい訳ないんだぜ?」
「そうかよ、でも盗賊ってのは――」
言いさして腰を低く落とした途端、ヒュンと朔夜が地を蹴った。
「ぐわっ!」
一瞬で脛を鋭く斬り裂かれた旅姿の男が、傷口を抑えながら転がりのたうちまわる。それを冷たい表情で見下ろしながら
「こっちが本業なんだよ」
朔夜の冷えた声が、男の背筋を凍らせたようだった。たかが小さな子供なのに、威圧と脅しと容赦ない冷酷さを持つ迫力に、男は怖気づいた。
「殺さねえよ。殺すなら最初から一撃で殺している。じゃあなおっさん」
苦悶する男にもう一瞥さえもくれずに、朔夜は高時らを促してさっさと道を戻り始めた。