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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
その大切な時を
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晩夏の風に安息を


 ーー龍堂時則を殺めたのは丹羽小次郎だった。


 朔夜から一部始終を聞き終えた高時はじっと考え込んだ。


 父は何をしたのか。自分に求めていたのは何か。小次郎の亡くなった今はもう確認するすべはない。ただこの国を、自分の守ろうとする国を、その者が蹂躙じゅうりんしようとするならば戦うのみである。


「朔夜、その話を聞いてますますもって俺は強くなりたいと思う。どんな妨害だろうがどんな戦だろうが、絶対に負けぬだけ強くなりたい。そのためには兵の力はもちろんだが、己の胆力たんりょくも常に強くならねばならない」

「そうだな。お前の親父の残した相手もそうだが、百戦錬磨の猛者がひしめく大舞台に出るのだ。ヤワな気持ちではどうにもならないだろう。だが俺は、不破島城の戦の時にお前が感じた怯えを忘れずにいて欲しい」

「分かっている。お前が言った言葉は全て俺の血となり肉となっている。嘘も揶揄やゆ追従ついしょうもない裸の言葉だ。俺は全て受け取っている」

「高時……」

 見つめた朔夜の瞳が柔らかく光った。いつもの怜悧な鋭い光ではなく、雪解けの清水に反射した春の柔らかい光のようだった。


 晩夏の陽射しが部屋の深くまで射し込んで、朔夜の茶色い髪をきらめかせる。襟元からはまだ傷を覆う晒しが見える。

 凛とした美しさと、まだ成長しきっていない危うさが朔夜を他の誰よりも際だたせて、その存在を強く主張する。


 いつまで側にいてくれるのか。

 それを考えると気がかりで胸が塞がれる。だが今はただここに美しい獣が強く存在している。それだけをおもえばいい。


 開け放たれた部屋から富士の峰が見える。もうすぐ山頂に雪が積もり始めるだろう。

 いずれこの駿河を出て京へと向かう。

 たとえいずこに行こうとも心はこの美しい富士の峰の元にある。

 朔夜の心も、同じようにここにあればそれで幸いだ。


「朔夜、俺はここが好きだ」

 突然の宣言に驚いたように顔を上げた朔夜が、高時の目を見て何かを感じたようだ。

 ゆっくりと綺麗な瞳を伏せると、僅かに口元に笑みをはいた。


「……俺も、好きだな」


 それを聞いた高時は、心底満足した。


 高時が告げた「ここ」とは、駿河であり、この城であり、この部屋であり、今この時間であり、そして目の前の朔夜と過ごす時間のこと全てであった。

 きっと、朔夜もそれを理解した。理解してその上で言ってくれた。


 ――俺も、好きだな、と。



 一陣の風が吹き抜けた。

 しばし安息の時を享受する二人は、また激動の中へと走り出す。

 歴史を作る為に。


 高時の野望はいかな決着を見るかはまだ誰も知らない。

 晩夏の陽射しに照らし出される美しい富士の峰だけが、穏やかに流れる二人の時間を見下ろしていた。

 


             一部完

ここまでお付き合いありがとうございます。

ここで一部を完結いたします。

一部は「出会い編」でした。この後は二部に続きます。

どうか続けてお付き合いいただきますようお願いいたします。

読者の皆様に感謝です。寿葛


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