胸の中の誓い
自分のせいで大怪我を負わせたと泣きながら友三郎が謝るのに閉口している朔夜に、助け船を出したのは任務から戻って来た志岐だった。
「だから、逆にあんたのお陰で朔夜は助かったんだってさっきから言ってるだろ。あんたが奴の術を止めて、さらに倒れたこいつを運んだんだ。大した働きだぜ」
「でも、私が取り乱しさえせねば……」
鼻を啜り上げながら、何度も頭をすりつける友三郎の言葉を遮って、布団の上に座る朔夜が首を振った。
「友、助けてくれたこと、礼を言う。お前がいなければ俺は今頃生きてはいない。友……」
すっと差し出した朔夜の手を、首を傾げて見た友三郎であったが、すぐにその意図に気がついて目を見開いた。
「朔夜……」
差し出された手をがばりと両手で掴んだ友三郎に向かって、朔夜が小さな笑みを浮かべた。
朔夜は他人が自分に触れるのを酷く嫌う。自分から触れるのを許すところなど一度しか見たことがない。
その朔夜が自らの手を差し出してくれた。まだ少し熱の残る熱い手をしっかりと握りしめた友三郎は、今度は違う涙を零した。
(――この友三郎を信頼した証しだよね、朔夜。高時様と私と朔夜と三人はいつまでも永遠であると、そう言いたいんだよね、朔夜。分かるよ。そう永遠を誓うんだよ!)
脳内、爆発状態で涙を流していた。
友三郎の去った部屋で志岐が水を手渡す。
まだ熱が残るから冷たい水が喉に心地良くて一気に飲み干した。口元を拭う姿を見ながら志岐が笑った。
「ちょっとだけ、変わったな」
「え?」
「上手く言えないけどさ、ちょっと当たりが柔らかくなった感じだな」
「はあ?」
「痛い目にあったのが良かったのか? まあ何にしろ早く治して、また酒を飲もうぜ」
「勝手に飲んでろよ。人の部屋で迷惑だ」
憎まれ口にも大きな声で笑って返す志岐に、呆れながらも朔夜は小さく笑った。
「そう、良い顔だ」
「は?」
「愛想笑いは反吐がでる。だが自然に浮かぶ笑顔ほど綺麗なものはない。俺は殺伐とした場所で日々を過ごす。たとえ死んでも誰も弔わない。それが忍びだからな。だからこそ本当のものを欲する。ニセモノなどに囚われて時間を無駄にしたくない」
「俺のところで時間を無駄遣いしてるように見えるが?」
「いいや、お前にはニセモノがない。不機嫌も不愉快も笑顔も言葉も、そこには嘘も虚構もない、すべて本気だ。それが心地良い。俺も嘘や愛想や気遣いや、そんなもので飾る日々が嫌いだ。だからお前といるのが楽なんだ」
自分の持つ醜さや隠すべき過去も、志岐となら、晒さずともどこか底辺で分かりあえる。それが一緒にいて気楽でいられるのかもしれない。
人が側にいる。それが嬉しいことなのだと初めて知った。
誰とも関わらず獣のように一人で生きて行けたなら、裏切りや猜疑に心砕くこともなく、それが最上の生き方だと思っていたが、高時がいて、友三郎がいて、そして志岐がいる。それがこんなにも満たされるとは、全く思いもしなかった。
『人と人は絆を結べる。人が獣でない証しは、絆にある』
いつか秀海和尚が朔夜にそう説教をしたが、全く意味が分からなかった。
だが、今は分かる。
絆――それは心のつながり。
親も、名も、何も持たなかった。どうでもいいと思っていた。
けれど、こうやって自分と繋がっている者がいるなら。
この名を大事にしよう。
姶良朔夜――与えてくれた人の為に。それを呼んでくれる人の為に。
龍堂高時は周辺諸国を押さえて京へ上るだろう。
今は伝手を駆使して京にいる将軍家の後見を引き受ける交渉をしている。昨今困窮している天皇家にも手厚い保護を申し出ているそうだ。
丹羽小次郎と時則が言っていたある者が、どこかの国の領主か何かは分からないが、高時の見る夢を壊さぬように働いてやる。
まだまだ強国は残っている。
霧雨が側にあるなら、きっと高時を守れる。
きっと。
守ってやる。
そう心に深く刻み込んだ。