この光の側で
雨の音がする。
暗い。
ここは、どこだ?
匂いは記憶を呼び覚ます。
この僅かな香り。
安堵する人の匂い。
「気がついたか、朔夜」
うっすらと目を開いた朔夜は、覗き込んでくる高時の顔を認めた。
暖かな日なたのような匂い。
「たか、とき……」
「肩を深く刺されて、傷は縫った。熱がある。しばし休め」
友三郎は大丈夫だったのだろうか。丹羽小次郎の遺骸はどうなったのか。顛末も報告せねばならない。色々と言わなければならないことが沢山ある。 だが上手く言葉が紡げず、声も出ない。
口を開いて掠れた声で話そうとする朔夜を押しとどめた高時が、静かで穏やかな声で告げた。
「お前が俺の為に動くのは有難い。だが俺の為に死ぬようなことはしてくれるな。お前を失う苦しみを俺に与えるな。それ以上の苦痛はない」
高時の目が苦しそうに歪み、右手を伸ばして朔夜の頬を包む。
「則之兄は自害される前夜、こうして俺の頬に手を当てながら、俺を好きだと言ってくれた。俺は嬉しかったんだ。ああ、兄上の心が満たされている。そう感じた。だからお前も感じてくれ。俺はお前が生きて側にいる。それで満たされている。わかるか、朔夜。俺がどれほどお前を思っているか」
薄暗い部屋なのに高時から放たれる強い魂の光が眩しくて、朔夜は静かに目を伏せる。
熱があるからだろう。高時の手はひやりとしていて心地良かった。
もしかしたら、本当に醜い過去の自分を全て消してしまい、この男の隣で真っ白な自分を作り上げて行けるかも知れない。この光と同化して自分を新たにできるかもしれない。この光からもう逃げなくてもいいのかもしれない。
――人は信じるに値する。
この男が言った言葉だ。
本当にそうなのだろうか。
裏切り、欺き、猜疑、妬み、そんな感情ばかりに囲まれてきて汚れきった自分を、こんなに真っ直ぐ受け入れてくれる。この心地よさはなんだ。受け入れてもいいのか? 受け入れられていいのか?
「生きても……いいのか?」
おまえの側で……
熱のせいのうわごとだ。
冷たい手のひらが熱を受けて同化していく。同じ体温で生きていってもいいのか? そんなにも汚れなく誇り高いお前と同じ場所で、生きてもいいのか?
落ちていく意識の中で高時の声がする。
何かを言ったようだ。だが聞き取れないまま深い眠りについた。