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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
戦国を駆けろ
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雨中の刃


「このような雨の中、何を聞きたいの?」

 木々の間で立ち止まった朔夜の背に小次郎が冷えた声を掛けた。


 重なり合う木々の葉で雨はそれほど気にならない。

 一際大きな木の幹を背にして朔夜が振り返り小次郎を射すくめるような瞳で睨み付けた。

「龍堂時則の事だ」

「時則公の? その何を聞きたいのですか?」

「死因だ」

 瞬間、小次郎の目が見開かれた。だがすぐに口元に笑みを浮かべる。

「よくわかったね、私だと」

「どうやったかは分からないが、お前と同じ気が時則の部屋に残っていた」

「ふーん。さすが霧雨を扱えるだけはあるんだね」

 いつもの人前で見せる無垢を纏った笑みを浮かべながら、近くの木に体をもせ掛ける。口とは裏腹に目は朔夜を見下した冷たい視線を投げつけた。


「お前は一体何者なんだ? なぜ時則を手に掛けた?」

「何者って、私は人だよ。ただ少し呪術に通じている。それであるお方から時則公の暗殺を頼まれたんだ。時則公の施した禁術はひどく堅牢なものだったから、破るのは何年もかかってしまったけど、あの日にようやく術が完成して彼の暗殺に成功してね」

「あるお方とは誰だ?」

「それは言えない。私の主人だからね。私はまだまだ主人にこの国の事を報告しなければならない役目がある。だから――」

 と言いざま、腰の脇差しを抜き放ち、朔夜へと向ける。


「その妖刀も返してもらう。それは元々我が主の物だ」

「なに? 霧雨の主?」

「そうだ。二十年前に時則公が主とある約束をした。その時にこの霧雨は封印されたのだ。約束を反故ほごにした時則公と、その息子が守るこの国を滅ぼし尽くすまで恨みは消えぬと主は申している。その為にも私はお前をここで殺す」

「脇差しだけで霧雨を持つ俺を殺せるとでも思っているのか?」

「思っているよ。さっき言っただろう。私は呪術に通じているって」

 構えている脇差しをすっと垂直に持ち上げるや、口の中で何かを呟く。


 その途端――


「なに!?」

 木々が意志を持ったように枝を振るわせて朔夜を襲う。


 細い枝が鞭のようにしなりながら背を叩き、太い枝が朔夜を払い飛ばす。

 したたか腹を打たれて転がった朔夜が、口からぺっと血を吐き出した。

 そこにまた枝の鞭が降りかかる。容赦なく霧雨で切り落とす。次々と襲い来る木々の鞭を神速の技で切り落とす朔夜を見て、小次郎が感心した声を上げた。


「凄いね! 血を吸わなくても霧雨がちゃんと従ってる! あなたは相当気に入られてるんだね。あははは、楽しいね! まるで踊っているみたい! いいね、いいね、美しく華やかなあなたに似合いの死に舞だね! ああ、とても美しいよ!」

 小次郎は目を見開いて声を上げながら残忍な笑いを零す。

 何度も枝に打たれて転がりながらも懸命に立ち上がり木々を払う朔夜を笑いながら見ている。


 このままでは埒があかない。術を解くには術者を倒さなければ! 


 そうは思うが、一歩でも小次郎の方へと近寄ろうとすれば、容赦ない枝の攻撃で阻まれる。斬れども斬れども、あちらこちらから際限なく現れる。分が悪い。

 霧雨を細く幼い体で扱う為に、朔夜は人の数倍は鍛えている。だがこれだけ動き回れば息も上がり、目が霞む。もう限界か――。


 その時、唐突に木々の攻撃が止んだ。


 驚いて小次郎の方を見た朔夜の目に、肩から血を流してばったり倒れた小次郎と、その背後に呆然と佇む友三郎の姿が飛び込んできた。

 友三郎は呆然として虚空を見つめていて、血の付いた脇差しを両手で握り込んだまま棒立ちに固まっている。

 肩で息をしながら朔夜が一歩足を進めた。下草ががさりと音をさせた途端、友三郎が声を上げた。


「あ、あぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ!」


 叫びだった。

 初めて人を斬った事で恐慌状態に陥ってしまっていた。

 叫びながらも手にした脇差しを放すことが出来ないのか、握る手が力を入れすぎて白くなっている。


「友! 落ち着け!」

 駆け寄る朔夜の姿もどう見えているのか、ガタガタと震えながら恐怖に目を見開いて叫ぶ。

「あぁぁぁぁぁ!」

 力任せに友三郎の両手をきつく握りしめる。

「大丈夫だ、大丈夫だからゆっくりと手を開け」

 がっちりと脇差しを握る手を、解すように一本ずつ指を開いてやる。

 半分開いたところで朔夜が力任せに脇差しを抜き取った。

 その途端、友三郎は力尽きたようにその場に膝を付いて、ほうけた顔で朔夜を見つめ上げた。


「さ、さくや……」

「俺が分かるか? ゆっくり、ゆっくり息を吐くんだ」

 顔を覗き込むように朔夜も膝をついて、友三郎の両肩に手を置く。もう一度朔夜が大丈夫だ、と言った瞬間、

「ぐっ!」

 くぐもった声が朔夜の口から漏れた。

 肩に、小次郎の脇差しが刺さっている。

 だが膝立ちのままに振り向いた朔夜の霧雨が、寸分過たず小次郎の心臓を貫いた。


 驚いたように目を見開いた小次郎はそのまま仰向けに倒れて息切れた。


「さ、朔夜!」

 抜き身の霧雨を握ったままで、朔夜がゆっくりと倒れ込む。友三郎が慌てて朔夜を抱き留めた。

「……心配ない。丹羽は、生きていた……」

「え?」

「お前は殺していない……。俺が、斬った……から。気に病むな……」

「朔夜!? さ、さくやぁぁぁ!」


 肩に深々と脇差しを刺されたままの姿で朔夜は友三郎の胸の中で気を失った。



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