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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
戦国を駆けろ
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二人の距離


 高時は本拠を駿河本城に移した。


 佐和姫が時折高時の部屋へとまだ幼い高時の妻、友姫を伴って顔をだすようになり、そしてそこで仲良く二人で遊ぶのだ。

 その様を見ているだけで高時の心は和む。友姫を妻として扱うにはまだまだ幼すぎるし、佐和姫同様に妹の一人として可愛がってやりたいと思う。


 そして佐和姫。

 折々に彼女のまなこが朔夜へと流されることに高時は気がついていたが、当の朔夜は全く気がついていないのか、気がついていて無視を決め込んでいるのか、そこまでは高時には分からなかった。

 互いに何か不自由な壁でもあるかのようにぎこちない風が二人の間にあるように感じて、けれどそれは自分が口出しをするものではないだろうと何も関わることはなかった。

 

**


 夏が間もなく過ぎ去ろうとしていることを朝夕が控えめに教えてくる。けれど昼間は焼けるような真っ白な陽射しが変わりなく注ぐ、晩夏のある日。


 高時は家臣を一同に集めてゆっくりと瞬きをする。

 以前は時則が家臣を見下ろした場所から高時は皆を見渡しながら告げた。


「今や近隣に敵対する者はいなくなった。美濃、信濃、越前周辺は同盟国となっている。我らが支配は駿河、相模、甲斐と広い。が、これでは充分ではない。まだまだ不足だ。俺は今後、畿内に進み中国方面を支配する盛一成もりかずなりをいずれは破ろうと思っている」

「なっ、それは……」

「そうだ。言いたいことは分かるな」


 俺は天下を狙うーーと朗々と告げた高時に家臣が絶句する。


「そこに至るにはまだまだ多くの戦をせねばならぬだろう。時もかかるであろう。それでも俺に付いてきてくれないか。俺とともに駆け巡ってくれぬか」

「な、なんと言う……」

 まだ領主となって半年。あまりにも広げすぎた大風呂敷に誰もすぐに返答できない。

 その唖然とする様を睥睨しながら口元に笑みを浮かべた。

「何の為に龍堂高時がこの位置に座っている。何の為に兄弟で相争った。皆よく考えろ。あの食えぬ親父様がこの駿河一国を守る為だけに兄弟を争わせるようなことをすると思うてか。俺には聞こえていた、親父様の声が。守り、そして攻めよと。分かるか? 俺は攻めてやる」

「恐れながら高時様……。それがいかな困難かをお分かりですか?」

 平伏しながらも高時を諫めるように進言した黒田を見つめ返す高時の顔は余裕を持っていた。黒田の左腕の傷はもう完治しているようだ。

「俺が安易に考えているとでも?」

「いえ、そうとは言いませぬが、時期尚早ではと……」

「ではいつならいい。明日か? 来年か? 十年後か? いつならいい?」

それとも、と片膝を立てながら黒田の方へとずいと体を乗り出して続ける。

「俺には無理だと、そう言いたいのか? 黒田? 答えよ、黒田!」

 高時の声が響いた瞬間、黒田が息を飲み込んだ。

 圧倒的な威圧感に押しつけられた。


 だがすぐに高時が威圧を緩めた。

「いや、答えずとも良い。俺はもう決めているんだからな。夢と言いたいなら言えばいい。なあ、そうだろう? 自分の信じた道を行かずして、いかなる生き様だと言えるのか。俺はそんなつまらん生き方はせぬ。改めて諸将に願おう。俺と共に駆けてはくれぬか。共に夢に向けて駆けてはくれぬか? その為に皆の力を貸してくれ」

 ニッと悪戯いたずらを企むように笑った。その笑みに過剰な気負いも、迷いも一切なかった。

 皆の心を開く。


 高時の放つどうしようもない存在感。群れを率いる頭抜けた光。仰ぎたくなる。

 たとえ騙されたとしても後悔などしないと思える。この人と共に駆けたこと、それだけで後悔することなどない、そう思わせる力を持っている。


 皆が頭を下げたのを一番下の座で朔夜はただ黙って高時を真っ直ぐに見つめた。それに気がついた高時も朔夜を見る。低頭する諸将の上を越えて二人の視線が絡まりあう。

 高時から少し離れた位置に座っていた友三郎には二人の絡まる視線が見えた。


(――高時様。朔夜を殺さないでください。いつから憎しむようになったのですか? 朔夜は何をしたのですか? まさか高時様の奥方様と仲良くしたのでしょうか? 朔夜は確かに美しい男ですが、高時様の方が凛々しくいらして……)

 そこまで考えて我に返った。妄想している場合ではないと。


 友三郎には以前、朔夜の首を絞めていたのを見たことと、血塗れで戦から戻った朔夜を殴り飛ばした高時の姿が忘れられなかった。

 だが一方では高時と朔夜が地図を見ながら額を付き合わせて何事かを話し合っている時に、誰にも踏み込めないような独特の空気が二人の間に漂うのを何度も感じていた。二人の距離には特別な空気が漂う。


 二人の複雑な関係が掴めない友三郎であった。


 高時は僅かに顎を動かして部屋へ来るようにとの合図を送った。それを正しく受け取った朔夜が他の家臣と同じように頭を下げた。


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