朝の光の中で
早暁の読経を終えた和尚が戻るやいなや、一人の僧が駆け寄り、和尚の耳元で何かを話す。すぐに和尚の目が驚きに見開かれた。
「なに? 友三郎がおらぬとな? どう言うことじゃ?」
秀海和尚の部屋で朝餉の準備をしていた朔夜の耳に飛び込んできた和尚の声に思わず振り返る。
ごにょごにょと話し込んでいた和尚は慌ててどこかへと駆けだし、しばらくして高時を伴って部屋に戻ってきて朔夜を下がらせ部屋を閉め切った。
朝餉の準備もそこそこに追い出された朔夜は、ふんと軽く鼻をならせると晴れ渡った空を仰ぎ見た。
***
「あのチビ、逃げ出したのか?」
和尚の部屋から出たところで朔夜から声を掛けられた高時は、立ち止まって相手をひたと見据え、ゆっくりと腕を組んだ。
「おまえは、何か知っているのか?」
壁際でそっぽを向いたままの朔夜に鋭い視線を投げる。声にはわずかに怒りを含んでいるが、元々地声が大きくて力強いだけに、まるで詰問のようになってしまっている。
「知らねえよ。でも最近毎日沈んでたし、空見上げて泣きそうになってたから、親でも恋しくなったんじゃねえの? まだチビだし」
「沈んでいた? 友三郎が?」
「なんだよ、あんた気づいてなかったのかよ。そりゃ逃げ出したくもなるな」
壁にもたれていた朔夜がゆっくりと顔を上げて高時を見つめた。
「あのチビはお前しか見ていない。あんたがちゃんとあいつを見てやらなきゃ、あいつは誰を頼ればいいんだよ。一人にしてやるなよ」
白く輝くような朝の日差しの中で、射抜く瞳がやけに威圧する。心を突き刺してくるようだ。
この獰猛で野蛮な目が高時を責めている。責めるこの瞳が憎い。だがそれ以上に、魅了されてしまう強さがある。
「――俺の、せいだと?」
押し出すように呟く高時に応えもせず、朔夜は体を起して高時の脇を通り抜ける。それから背中のままで告げる。
「あいつが必要なら迎えに行ってやれよな。それはあんたの仕事だ」
正確な年齢は分からないが、見てくれはまだ十歳かそこらだ。背も小さくて華奢と言うよりは痩せすぎだ。その朔夜がとてつもなく大人に感じて、高時は息をのんだ。
(なんだこの威圧? こいつの生き様が俺よりも深いからか?)
高時は敗北に似た感情を年下の子供に感じて戸惑う。だがそれも仕方ないのだとも思える。
以前、剣術稽古の後に「ここに来るまで何をしていた?」と問いかけた時、さらりと朔夜が言ったのだ。
『ここに来る前は盗賊の仲間だった。生きるために人を殺して殺されかけて、そんな生活だ。こんな呑気で怠惰な毎日など、反吐が出そうだ』
あの時は単に『すげえな、おまえ』などと単純に言ったが、あんな言葉を何の感情も表わさずに淡々と告げる程に朔夜は壮絶な時間を過ごしてきたのだろう。否応なく早く大人びてしまわなければならなかったのだろう。
それを羨むことなど高時には必要のないことだ。
「朔夜! 付いて来てくれ。今から迎えに行く」
小さな背中に投げつけられた高時の声に、朔夜は軽く両肩を上げただけだった。