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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
戦国を駆けろ
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丹羽小次郎

 夏、高時は祝言を上げた。


 同盟国の美濃から送られた姫、美濃の伊藤宝山いとうほうざんの娘の友姫ともひめが嫁いできた。

 高時十七歳。友姫十三歳であった。

 まだあどけない姫の様子に、皆は少々苦笑した。


 その少し後には相模の南條家からも是非にと押しつけるように一人の姫が送られていた。

 南條家の長男、南條氏由なんじょううじよしの長女、珠姫たまひめである。

 こちらは二十歳で実は出戻りの身であったが、驚くほど美しい女人であった。

 艶やかな黒髪と潤んだ瞳、白い肌理きめ細かい肌は匂い立つようだった。


「南條にこのような美しい姫がいたとは知りませんでしたな」

 と、家臣は口々に喜んだ。高時も美しい姫を手に入れて満更でもなさそうであった。



「ねえ、姶良殿」

 甘ったるい猫なで声に、うんざりとした様子で朔夜が顔を上げた。そこには予想通りに丹羽小次郎にわこじろうが満面の笑顔で佇んでいた。

 それをちらと見ただけで、また手元の本を読み始める。それを見つめていた小次郎が、急に朔夜の側へ歩み寄るなり置いてある霧雨に手を掛けた。

「何を!」

 朔夜が言葉を発する前に、スラリと鞘を抜き放ち刃を陽光に晒す。朔夜が息を飲み込んだ。


「何て……綺麗なんだ……」


 小次郎の目が輝いている。

 禍々しい刃を一心に見つめながら、スッと指先を滑らせる。鋭い刃は小次郎の指先を真っ直ぐに切り裂いて溢れた血を啜る。

「いい、いい。何て美しいんだ……」

 僅かに血塗れた霧雨を狂気にも似た目で見つめる。しばし呆気に取られていた朔夜が、すぐに霧雨を取り戻そうと立ち上がった。

 が、その首元にすぐさま霧雨が突きつけられた。


「邪魔しないでくれるかな」

 見下ろす瞳は憎悪を含んでいるような目であった。


 舌を出して己の指先から滴る血を舐めると、満足そうに吐息を洩らした。

「ああ、凄いね。そう、血が好きなんだろう? ああ、そうなんだ」

「お前、何を……」

 首を狙われながらも朔夜が動こうとした瞬間、小次郎の手が朔夜の頭を掴んで床に押し倒した。

 したたかに頭を打ち付け倒れた朔夜に、膝をついた小次郎が霧雨を突きつける。


「こいつを殺したら私のものになってくれるかい? 私ならもっとお前に血を啜らせてあげるよ」

「何を……」

「静かにしてよ。私はこの霧雨と話をしているんだから」

「お前……」

 霧雨の声が聞こえるのか? 問いかけると、小次郎はにっこりと笑って頷いた。


「私はね、小椋山城で霧雨を見て以来忘れられなくてね。これを自分のものにしたくてしたくて仕方なかったんだ。でも、霧雨はお前を選ぶと言い張っている。どうしたらいいと思う? これ、欲しいんだけど」

「俺に聞くな。霧雨の意志があるならそれに従え」

「あなたから霧雨に了承するように話してよ」

「断る。俺は霧雨を使ってやると約束をした。それは破らない」

「なら、ここであなたを殺してもいい?」

「殺されても霧雨は渡さない」

 何の怯えもなく睨み上げてくる朔夜に、不愉快そうに眉を寄せた小次郎が霧雨を鞘に収めた。

「高時様の寵愛を得たら霧雨がもらえるかと思っていたけれど、高時様は男をお抱きにならない上にもう妻を娶られてしまったし、霧雨はお前の命は奪わないと言い張るし、もう少し様子を見ることにする。でも私は霧雨を諦めるわけじゃないから、覚えておいてください」

 最後に愛おしそうに鞘に収まった霧雨を撫で上げると、床にそっと置いて部屋を後にした。


 倒れたままでそれを見送った朔夜が体を起こして霧雨を取り上げる。


「あいつ……」


 霧雨を抱き込むように抱えると、そこに残された気を敏感に感じ取る。ぐっと眉間に力を入れて小次郎の消えた廊下を睨み付けた。


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