表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
戦国を駆けろ
58/67

志岐

 朔夜たちの窮地を救ったのは垂水たるみ一族の者であった。


 垂水一族は忍びの者で時則に仕えていたが、家督相続が決着するまでは手を出すなと言われており里で身を隠していたそうだ。そして高時に決着したとの知らせを受けて里を出たところで、この戦の報を聞き駆けつけた。


 垂水一族の事は時則から聞いていた高時ではあったが、対面するのは今夜が初めてのことであった。

 首領の垂水甚斎たるみじんさいは時則と同い年くらいの壮年のガッシリした髭男であった。その下には何人の部下がいるのかは明かしてはくれなかったが、主な者数人を顔合わせしてくれた。


「今後はどうぞ我らをお使い下さい」

 そう挨拶する甚斎の目は、高時を値踏みしているようだ。忍びの者にとって主とは主従というよりは雇い主との感覚だ。力ない者ならば見捨てるぞ、とその目が告げているようだ。

 高時はその目を見返して不敵に笑う。

「俺の期待に背かぬよう努められること願おう」

 瞬間、甚斎の眉をピクリと上げる。だがすぐ元に戻して何食わぬ顔で平伏した。



 井戸端で赤く腫れた頬に当てる手ぬぐいを絞っていた朔夜の隣に一人の男が立つ。

 細身で背が高く眉の太い男だ。高時より一つ二つ年上だろうか。朔夜を見下ろしながらニヤニヤと笑っている。

「よほど強く叩かれたな。真っ赤に腫れているぞ」

 笑いながら自分の頬を指さす。

 その男を無視して手ぬぐいを絞る朔夜にニヤニヤしながらまた話しかけてくる。

「まあまあ邪険にしなさんなって。俺は垂水一族の者で志岐しきってんだ。あんた、姶良朔夜ってんだろ? いくつだ? まだ十三、四ってとこか?」

 無視し続ける朔夜にもめげずに一人で喋り続ける。

「メチャクチャ強いな、お前。南條軍に囲まれてたろ、あん時に見てて驚いた。一人小さい子がいるな、と思ってたら、そいつが一番強い。剣は神業かみわざ、一気に薙ぎ倒す。信じられない速さで振るう剣。それに周囲へとバンバン指示を飛ばす。本当に夜叉かと思った」

 ふん、と朔夜がそっぽを向いてもう一度井戸水を汲み上げようとしたが、左肩が痛むのか力が入らない。それをさっと脇からさらって軽々と水を汲み上げた志岐が桶を朔夜に渡す。

 ちょっと嫌そうな顔をしただけで朔夜は大人しくその桶を受け取った。


「でさ、後で聞いたらさ、その剣。妖刀なんだってな。ああ、そうかって納得したよ。いくらなんでも斬れすぎだったもんな。数十人、もっとか。そんなに斬っても一太刀で胴を真っ二つなんて、普通の刀じゃ無理だもんな。しかもその幼さで隊を率いていたんだってな。ほんとすげえよな」

「うるさいな」

「え?」

「うるさい。独り言ならよそで言ってくれ」

「うっわあ、愛想ねえなあ。俺、あんたのことを誉めてるんだぜ。ちょっとは話をしようかな、とか思わないわけ?」

「思わない」

 不機嫌極まりないとの顔で朔夜が志岐を睨み付ける。その鋭く獣じみた瞳を見た志岐は目を見開いて声を上げた。


「あんたの目、すっごい綺麗だな!」

「はあ?」

「強くて獰猛で強靱な目だ。うん、いい。これはいいな。あんた、俺の友になってくれ。子供かと思ったが、凄くいい」

「お前……」


 朔夜は呆れて物が言えなかった。

 頭がおかしいのか、こいつ。そう思って無視する事に決めた。が、志岐は無遠慮に話しかける。

「お前、いくつだ? 俺は十八。多分な」

「多分とはなんだ?」

 妙な言葉尻に、つい反応してしまった朔夜であった。


「ああ、俺さあ拾われっ子だったんだってよ。親父が忍びの仕事で行った村で拾ったんだって。まあその拾ってくれた親父も仕事で数年前に死んじまったがな。その後はかしらが俺の養父だ。ほんと頭には感謝してんだ。親父もそうだったけど、忍びなんて使い捨ての道具にしかならない仕事だ。でも俺は頭がいるからこの仕事は嫌いじゃないさ。お前は? そんな幼いのに先陣切って戦うのは、あの若い領主に恩でもあんだろ? でもひでえ主だよな。命がけで戦って戻ったのに、その部下を殴りつけるなんてな」

「違う」

「え?」

「あいつは俺の主じゃない」

「は?」

「高時は……あいつと俺は主従ではない。それに殴られても当然だ。今回はちゃんと情報を集めずに動いた俺の失策だ。俺に付いてきてくれていた男を五人も失った。殴られてもそんなものでは足りない」

「お前……」


 俯いてしばし唇を強く噛み締めていた朔夜が、顔を上げて真っ直ぐに志岐を見返して告げた。


「……俺は十四だ、多分」



 南條軍の八千は壊滅した。


 高時はこの機を逃さず、すぐに相模を攻める。力を半減してしまった相模側から、光虎の息子の首を渡すからとの和議が持ち込まれたが、これは高時を怒らせた。

「そんな首など欲しくない! この龍堂高時を愚弄しているのか! 光虎公の息子などこの俺に微塵も関わりなきことだ!」

 和議は決裂。激昂した駿河から精鋭の大軍が侵攻してくるとの情報で、すっかり怯えた南條方は、遂に降伏を申し出た。


 長い敵対関係が終結した。

 相模は龍堂家の支配下に降った。


 今や龍堂の支配は相模、伊豆、甲斐に及び、この怒涛の快進撃を聞いた諸大名からは同盟の申し入れが相次ぎ、家督を継いで僅かの間に、周辺に敵なしの大大名に成長した。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ