壊滅
「なんだと!」
追撃に走った朔夜の隊が残党に囲まれている。そう報告を受けた高時は絶句した。
「多分、壊滅かと……」
知らせを受けた黒田はすぐに引き返し、光元が駆けてきた若兵と共に本城の高時の元へと駆けた。
取って返すにはあまりにも兵が疲れていた。怪我を負い疲弊した兵を連れて行っても死者を増やすだけだ。そう言って黒田は単身朔夜たちのほうへと駆けてしまった。
数の差を思えば。
「壊滅……」
その言葉を高時は反芻するように口の中で繰り返す。
「……すぐに……野間春義の、隊を……」
切れ切れに指示を出す。それを受けた光元がすぐに駆けだした。
呆然とする高時が、小さな独り言を吐き出した。
「……朔夜……」
覚悟などしていなかった。
いくさで兵が死ぬ。
それは当然のことでもある。
これまでも、敵味方といくつの命を散らせたか。だが、その中に朔夜が入る、その覚悟などしていなかった。
鋭い光の瞳。真っ直ぐに人を射抜く目。細く柔らかい髪。そっと触れた細い首。孤独を刻み続ける鼓動。
その全てが失われるなんて!
何者をも恐れないあの言葉を聞けないまま、このまま奪うのか! 俺から朔夜を奪うのか!
戻れ、戻れ朔夜。勝手に死ぬなんて、許さない!
*
城の庭の方で何か騒ぎが起きている。誰かが走って来る音が響く。だが高時の意識はそれを遠くで聞いているだけで、その騒ぎに何の興味も惹かれない。
そのざわめきが、押し寄せる波のように近づいてきた。
「高時様ああ! 黒田様、姶良様がご帰還にございます!」
足音高く駆け込んで来た家臣の言葉が、理解出来なかった。
「え?」
惚けたように見つめ返すと、瞬時戸惑いを表した家臣が再度ゆっくりと告げた。
「黒田様、姶良様、無事にご帰還なさりましてございます」
弾かれたように部屋を飛び出すと、脇目もふらずにざわめく門の方へと駆ける。
門の前で戸板に乗せられた黒田の姿を認めた。
左腕は酷く斬られ、他のあちこちも傷だらけだが、何とか息はある。
痛ましい黒田の姿を見送り、そして顔を上げた先に、朔夜が佇んでいるのを捕らえた。
髪は乱れ疲れた表情をしている。左の肩に血がべっとりと付着している。その肩を押さえながら真っ直ぐに高時を見据えていた。
変わらぬ、力強い獣の瞳が見ている。
ズカズカと朔夜へと近づくと、騒然としていた周囲の者がピタリと話を止めた。それほどまでに高時の放つ気が厳しかった。
朔夜の正面に立つと、ただ黙ってじっとその血塗れた姿を見下ろす。そしておもむろに。
パーンッ!
平手で思い切り朔夜の頬を張り飛ばした。
飛ばされた朔夜が砂埃を上げて倒れ込み、全員が息を呑む。
水を打ったような静寂に支配された中で、高時が冷たく朔夜を見下ろしながら告げた。
「後で報告に来るように」
それだけを告げると、振り返りもせずに城へと姿を消した。
残された者はただ呆然と見送ることしか出来なかった。