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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
戦国を駆けろ
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窮地


 崖の上から落ちてくる大岩に右往左往する南條兵。そこへ大勢の兵が斬り込んでくる。逃げるも崖に落ちゆく者、戻ろうとして背後から槍で突かれる者。

 南條軍は人数では負けてはいないが、完全に意表を突かれて混乱しきっていた。黒田の策は面白いほどに南條軍を翻弄し、このまま一気に攻めて完勝するかに見えた。

 だが、南條軍が徐々に勢いを盛り返す。

 いや、死に物狂いになった兵に、黒田の軍がされ始めたのだ。


 狭い山中だ。人数と具えで優る南條の軍が決死の覚悟になった途端、狭い道は黒田の側に不利に働いた。

 南條軍の将が思いの外勇猛果敢で、弱腰になる兵を叱咤しながら先陣切って戦う。その姿に南條の兵が気力を盛り返す。


 味方が数を減らしていく。

 しかばねが狭い山道を塞ぐ。

 雑木林の中では思うように足が動かない。

 黒田を援護する光元が激しく舌打ちをした。


 相手の詳細もわからぬままに兵を動かすのはいけないのだ。強く反対出来なかった自分を叱責しながら、刀を振り回す。相手も必死だ。右肩を矢で貫かれて上手く動けない。


 ーーここまでか。


 その時、目の前で刀を構えていた兵がばったりと倒れた。

「なに!?」

 見れば背中に矢が突き刺さり胸まで貫いていた。


 驚いて顔を上げた光元の目に馬上の朔夜の姿が飛び込んできた。

 すぐに馬を乗り捨てると、飛び降りざまに刀を薙ぐ。鋭い唸りを上げて囲む敵兵を一気に斬り伏せた。


「馬を下りろ! 狭い道では動けないぞ!」

 朔夜が後ろに付いてきた若い兵へと声を上げる。

 彼の指示をすぐに受け入れた兵が次々に馬から飛び降りて、勇猛果敢に敵兵に飛びかかり切り崩していく。狭い道では扱いづらい長槍ではなく短槍か刀を持たせている。

 朔夜自身、走りながら夜叉の如く兵を切り崩す。戦いながらも目は周囲を見渡しているのか、次々と指示を飛ばす。


「身を低くしろ! 左から弓が来るぞ!」

「屍を踏むな! 血溜まりに気をつけろ足が滑るぞ!」

 その声は高時のような大音声ではないのに、一筋の光明の如く耳に飛び込んでくる。それを受けて若い兵がすぐに反応して応戦する。一糸乱れぬ連携がある。


 朔夜達の猛攻を受けて、敵兵の気概が失われだした。わらわらと逃げ出し始め、誰かが背を向けて逃げ出すと、我も我もと一斉に逃げて行く。

 それを猛然と追いかける若兵に朔夜の指示が飛ぶ。

「深追いはするな! 巻き込まれるぞ!」

「了解っ!」

 数人が返事をして、逃げる兵を追って走って行った。後には敵味方大勢の屍と、黒田・光元隊の生き残りが残されただけだった。


 ゆっくりと進み出た朔夜が、膝をついて呆然としている光元に声をかけた。

「生きていたか」


 戦場に、夜叉がいる。

 鬼だ。鬼の眷属だ。


 朔夜を見上げた光元は恐れに近い身震いを覚えた。左手を斬られた黒田が顔を歪めてこちらに近づいてきた。

「おぬしの持ち場はここではない! それに深追いするなと申しておったな。今、この時こそ追って追って敵を殲滅せんめつさせるべき時じゃ。早う追って行かぬか!」

 ちらりと黒田の傷をみてから、きつく目を光らせて睨みあげた。

「敵のひとりだに逃げて来ないから、本隊が苦戦しているだろうと思って駆けてきた。それに逃げる兵には特に狭い道の両側に弓隊を潜ませて討つように指示している。深追いして自軍の者を死なせる訳にはいかないからな」

 そう言い捨てて自分が率いていた兵の集まる方へと歩いて行く。

 何か指示を出している。指示を受けている者達の目は、憧れ、尊敬、崇敬、そのような輝きに満ちていた。


 光元にも黒田にも、朔夜の背中が必要以上に大きく見えていた。鎧兜よろいかぶとが重そうに見える細い首も、まだ子供の幼さを残す顔も、そこから湧きたつ強い陽炎かげろうを纏い、光っているようであった。


 黒田の元に戻ってきて

「いくらかの兵が落ち延びているようだ。面倒のないように討ってくる」

 そう告げる朔夜に黒田が自分も行くと言い張る。だが、すぐに冷たい目で切り返された。

「その怪我では馬も操れない」

「では、我が隊をいくらか連れて行け」

 あくまでも喰い下がる黒田の言葉に、小さくため息をこぼしてからそれを了承した。


 怪我を負った者を引き連れて光元と黒田が去ってから、朔夜は追撃に出た。

 逃げおおせた兵はいくらもいない。すぐに終わると思われたその追撃が……

「なに! 援軍?」

「援軍と言うよりは待機していた隊があり、逃げた兵からの報告でこちらに向かって来ているとのこと」

「数は?」

「五百は下らないと」

 こちらは二百をいくらか超えているだけだ。まともにぶつかっては全滅してしまう。


「すぐに黒田へ知らせてくれ。引き上げるのは負傷者がほとんどだから、その足で本城まで駆けて援軍を請うんだ」

「分かりました」

 そう答えた兵士の足元に弓が突き刺さる。

「なっ!」

 もう既に包囲されていた。


 この少し開けた周囲には南條軍の残りが、弓と刀を構えて朔夜の一隊を取り囲んでいた。

「これは……」

 絶句したが、朔夜はすぐに数名を援軍要請の部隊に指名して、戦っている間に走るように指示した。

「姶良殿、我らも残って戦います!」

 この人数で、こうも囲まれていては援軍が来るまで到底もたない。援軍要請の指示を受けた若兵は半分泣きそうになりながら、死ぬまで共に戦う覚悟を訴える。

 が、朔夜は頑として受け付けない。

「いずれにせよ、この状況を駿河に伝えなければならない。行ってくれ。お前達に頼んだぞ」

 朔夜の命を受けて覚悟を決めた兵が、なだれ込んでくる敵兵の合間をぬって駆けだした。それを阻もうとする敵を斬り捨てながら、数人の男が駆けた。


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