穏やかなつながり
駿河本城に集まったのは則之、高時、繁則とその主だった家臣、それに本城で時則に仕えていた重臣の面々である。
翌朝から家督についての話し合いをすることになっているが、前夜である今は皆で酒宴が開かれて、腹の中は別として和気藹々(わきあいあい)とした和やかな宴席が設けられていた。
高時の隣で則之は終始上機嫌であったが、盛り上がる宴席の途中で高時を別室へと誘った。
「いかがなされたか、兄上」
「少し、おぬしとさし向きおうて飲みたいと思うてな」
「それは良きことにございますな」
賑やかな笑い声がいくらか届いているが、夜の静けさが十分に感じられる。部屋を開け放てば、降ってきそうなほどに見事な星空が広がり、穏やかな冷えた風が酒で火照った頬に心地よい。
高時の杯に酒を満たした則之が、軽く杯を上げた。そこに軽く杯を合わせた高時が心底嬉しそうに笑う。
「兄上とこうして酒が飲めるのは嬉しいことにございます」
「私もだ」
くいっと杯を傾けると一息に酒を飲みほした。空になったところへ高時が酒をなみなみと注ぐ。
しばらく星空を肴に互いに静かに酒を呷る。横たわる沈黙も心地よい時間であった。
「のう高時よ……」
穏やかな落ち着いた声で則之が空を見上げながら話しかける。
「私はあの父上の息子として時臣兄上を補佐しながら駿河を守って行こうとずっと思っていた。だが、まさか兄弟で家督争いすることになるとは、夢にも思わなんだわ」
「ははは、まことにあの親父様は喰えぬお人であったですからね。俺も本当は争わずにこうして穏やかに酒を酌み交わすのが、何よりだと思っておりまする」
「そうか……」
酒を呷りながら静かに相槌を打つ。高時は旨そうに酒を飲んでいる。その様を横眼でチラリと見た則之がゆっくりと瞑目する。
「私は、本当はお前が羨ましい」
「は? 俺が?」
「お前は強い力を持っている。それが羨ましかった」
「兄上……」
目を開けると真っ直ぐに高時を見つめて、杯を膝の前に置いた。
「持たざる者のほうがその価値を知る。お前が持っているもの、その価値を一番知っているのは私だと思う。持つお前を憎もうとも思った。お前を見ないようにしようとも思った。だが、それは自分を惨めにするだけだ。逃げる自分が醜いだけだ。お前に咎はない。それに気がついた。いや、気付かされた。だから――」
そっと手を伸ばして高時の頬に軽く掌を当てて、引き結んでいた唇を僅かに緩めて微笑んだ。
「だから今はお前が好きだと、ちゃんと言える。それが……嬉しい」
兄として、ちゃんと向き合える。それが嬉しいと、そう言った。
軽く頬を撫でるようにはたいてから手を引いた。
それからは何も言わずに夜が更けるまで酒を酌み交わした。高時もただ黙って静かに酒を飲んだ。
翌朝。
龍堂則之、自刃。
家督の件は全て龍堂高時に任せる、との書付を残して自刃して果てた。