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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
戦国を駆けろ
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確執



 駿河の自分の居城・満願寺城まんがんじじょうに戻った高時を、飛びかからんばかりに喜んで迎えたのは友三郎であった。


「よう城を守ってくれたな。ご苦労だ、友三郎」

此度こたびの勝利、高時様の見事な手腕で敵味方共に負傷者も奇跡的な少なさだと聞き及んでおります。素晴らしい事でございます。友三郎、高時様にお仕え出来て幸せにございます」

「明後日には駿河本城で家督について兄上、繁則も交えて話し合いをすることになっている。明日は友三郎も共に本城まで来い」

「はい! もちろんお供仕ります!」


 高時は、出立前より一回り大きく見える。戦の経験が彼を大きくしたのだろう。

 友三郎はうっとり頼もしくなった高時を見上げる。

 周囲に控える歴戦の家臣を率いてひとつも見劣りしていない。王者たる風格がいや増している。

「皆、今日はゆっくり休んでくれ。明日は本城に向かうので、そのつもりで宜しく頼むぞ」

 言い置いて高時は素早く立ち上がり、平伏する皆の前を退室する。


(ああ、本当に男らしくなられて一層端正なお顔が凛々しくなられた。もしや甲斐の姫などが高時様に懸想けそうされ、そして高時様はその方とこの友三郎が想像も及ばぬような夜をお過ごしになられて……ああ、それですっかり男ぶりが上がられたのですね! 高時様のあのお美しい黒髪が乱れて姫君を虜にされて、「行かないでくださいまし」などと泣きつかれてしまって――)


「……ぶろう!」


(そして二人は泣く泣く離れてしまうのですね……ああ、これは悲恋なのでしょうね)


「友三郎!」

「え?」

「え? ではないわ。また何かつまらぬ事を考えていたな」

 妄想世界から我に返った友三郎に、甘やかに笑みを送るのは野間義信のまよしのぶであった。今回は繁則らと共に国内を防備するための隊に付いていたので、彼も高時とは久しぶりの再会であった。


「義信様もお疲れさまでございました」

「ああ、それよりも朔夜を知らぬか? 先程から姿が見えない」

「そう言えば朔夜に会っておりません。朔夜が何か?」

「いや、甲斐よりの帰路にあった朔夜の様子が少々気になったと父が申されておられたのだ。どうも少し様子がおかしいと。それで話してみようと思ったのだが見あたらぬ」

「そうですか。では私が探して参ります」

「では友三郎に任せよう。私はあの者は少々苦手だ」

 眉を下げて困ったような顔を作るが、その表情も女が見ればうっとりするような甘い雰囲気であった。

「ははは、朔夜は傍若無人で態度が悪いですからね」

 笑って受け流してから友三郎はすぐに立ち上がって城内を探し始めた。



「……ではないのか?」

「そうじゃない……」

 ぼそぼそと話し合う小さな声が聞こえた。


(今のは朔夜の声かな?)


 声のした部屋の前まで行く。

 締め切られた部屋の中に人の気配がする。また小さな声が聞こえた。

「これはっ!」

「……はなせ」

「……っこれは、許せない!」

 ガタンッと何かを倒したような大きな音がして、朔夜の呻き声が聞こえた。

 驚いた友三郎が慌てて襖を引き開けて部屋に飛び込むと、そこには朔夜の上に馬乗りになった高時が朔夜の首を絞めているところだった。


「高時様! 何事がございましたか!?」

 友三郎の乱入で、我に返ったのか高時がすぐに朔夜の首から手を外した。

 喉を押さえながら起き上った朔夜がきつく高時を睨みあげる。

 その目は敵を威嚇しようとする野獣の強さがあった。光が差し込んで、瞳を薄茶色に輝かせた。

「二度と俺にさわるな!」

 憎悪が籠った朔夜の言葉を平然と受けた高時が、一言も発せずに荒々しく部屋を後にする。それを呆然と見送った友三郎が振り返って朔夜の異変に気がついた。

「朔夜、首に絞められた時の痣が。指の痕かな。大丈夫か?」


 ハッとしてすぐに痣の辺りを手で隠した朔夜が視線を床へ落とす。心配そうに覗き込む友三郎を拒絶するように、じっと身動きもせずに口を閉ざしている。

「大丈夫? 朔夜、何が起きたの?」

 おずおずと問いかけるが、朔夜は何の反応も返さない。しばらく沈黙を落としてから、朔夜が小さな声を上げた。


「悪い。もう大丈夫だ」

「でも高時様があのような事をするなど――」

 余程の事情があるのでは、と言いかけたが、すぐに遮られた。

「何でもない。心配するな」

 首を押さえたままで立ち上がると、軽く身なりを整えて部屋を後にしてしまった。それ以上の詮索を一切拒んでいるのが去りゆく背中が如実に語っていた。


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